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救急医療を受ける方へ(1) [救急医療]

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今回のエントリーは、割り箸民事訴訟に関するメディア報道の姿勢の問題を指摘しようと思っていましたが、止めにします。それは、なな先生のブログ:風邪をひいた妊婦さんへを読んで感動したからです。

マスコミを批判するのは簡単です。しかし、マスコミ(一部)は、医療を批判し、私達は、またそのマスコミを批判する。 人類の歴史が示すように、これまで、世界から、戦争は決してなくなりませんでした。このことは、人間同士の不毛な批判も決して無くならないという結論を帰納的に導き出せると思います。私個人の気持ちとしても、徒に異業界の人達を批判するのは、あまり気持ちがいいとは思っていません。

だから、書こうとは思いつつも、ためらいがあったのです。そんな中で、なな先生のエントリーを読みました。なな先生は、こう語りかけています。

限られた医療資源=医療設備と医療者の労働力を、本当に必要な患者さんのために使えるよう協力して下さい。

私達医師ブロガーが、今の厳しい医療事情の中でできること・・・・それは、メディアバイアスを解さない現場の医療者の声をできるだけ多くの一般の方々に伝えることではないでしょうか?

なな先生のブログから、私は、「はっ!」と気がつきました。だから、今後のエントリーでは、救急医療を受ける方々に、『こうしてほしい、こうするといいよ』という主旨のエントリーも交えながら、書いていきたいと思います。 これまで、この視点では、エントリーを入れてきませんでしたしね。

そこで、本日のエントリーは、薬と救急医療を話題にしてみたいと思います。

ある程度の年齢になると、普段から、定期的に薬をもらうことも多いと思います。お薬手帳をもらってる方も多いでしょう。 

そんな皆さん方は、自分が飲んでいる薬を、かかりつけではない医師に的確に伝えることができますか? 参考エントリー 内服薬にもご注意

何も丸暗記していろと言っているわけではありません。 お薬手帳をいつでも携帯しておくとか、メモを財布の中にいれておくとか、そういう具体的な工夫をしてほしいのです。

皆さん方が、何がしかの急な身体症状が出たときに、私は、皆様と出会います。そう、救急診療という現場で出会うのです。私の皆様との出会いはいつも、予定された出会いではなく突然の予期せぬ出会いです。

私は、その突然の出会いの中から、皆様がお困りの身体症状をスタートラインに、その場その時の実情に応じた最もベターな解を捜しに行きます。 それは、決してベストではないかもしれません。 そのことは、救急診療や時間外診療を受ける以上、そんなもんだと思っていてほしいのです。

大事なことがあります。 私達、救急医の判断は、皆様が提供してくれる情報如何によって、大きく変動することがあるということです。 そういう意味では、救急の現場で、最適解を目指すのは、救急医と皆様の共同作業であるという自覚をもっておいてほしいのです。

自分の飲んでいる薬は、ワーファリンなのかバファリンなのか はっきりといえるようにしてほしいのです。これは、発音が似ているので、私達も患者さんからあいまいな返事しかない場合、困ってしまう場合があります。

自分の飲んでいる薬の名前を言えるようにしてください。薬の形じゃだめですよ。 赤と白とか、丸いとか楕円とか言われても、私達医師は、薬の形状のことは、ほとんど知りません。なぜなら、薬を実際に調剤し処方するのは、薬剤師さんの仕事であり、私達医師は、薬は処方箋を通してしかなじみがないのです。

なんらかの症状で不定期にある医療機関を受診したとします(例:急性胃腸炎)。最初に受診した病院で薬をもらったとします。そして、今度は違う病院を受診する状況になったとします。そんなときは、必ず薬を持参してください。前医の投薬情報は、診療の際の重要情報です。

もし、救急車を自宅から呼ぶことがあったとしましょう。 ご本人、またはご家族の方は、どうか一緒に薬を持ってきてください。急なことで気が動転することもあるでしょう。たとえ動転しても薬の情報を忘れないようにする工夫をしておいてください。

普段の生活の中で、もし救急車を呼ぶことになったら・・・・というシュミレーションをしておいてください。 そうすれば、薬のこと、連絡してほしい大事な家族のリスト、延命処置に対する自分の希望・・・ いろんなことに気がつくと思います。

いかがでしょうか。いくつか思いつくままに書きました。 医療を受ける方々も、医療者に協力できることがあるのです。 何かあったら医療者まかせという発想ではなく、まず自分で出来ることをひとつひとつ考え、そして実践してみてください。 

私は、そういう自己努力をしている患者さんに現場で、出会うと、いつも誉めています。 大げさかもしれませんが、やっぱり嬉しいのです。 

私を嬉しくさせてくれる患者さんが増えることを祈っています。


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看護師が見つけた地雷 [救急医療]

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時間外診療の場には、地雷疾患が容赦なく紛れ込んでくる。そして、その地雷疾患は、何も救急車で来院する患者さんだけに潜んでいるわけではない。徒歩来院の患者さんの中にも確実に紛れ込んでくるのだ。徒歩来院の患者さんの場合、最初に患者さんに接触するのは、看護師であることが多い。バイタルサインや予診をとるためだ。

その看護師のセンスが、時に患者と医師の両者を地雷疾患から救うこともある。過去のエントリーでそんな例を挙げている。 

医師を助けた看護師の一言

看護師の機転が救った命

思い込みという落とし穴

このエントリーの中にも少し書いているが、私は、看護師が看護師の立場でおこなうべき地雷回避の術を日常のやり取りの中でそれとなく伝えているつもりである。プロ野球で考えてみよう。一つのファインプレーの背後には、何千何万の繰り返してきた素振りや守備練習の積み重ねがきっとあるだろう。同様に、地雷回避というファインプレーを一つ成功させるためには、普段の症例で繰り返し「回避の型」を粛々と行っていくしかないと思う。しかも、それが個人レベルではなくて、救急の場全体として、自然にそう動けるような組織作りが必要なのだと思う。

そんな考えがあるので、私は、日々、救急の現場が暇なときは、看護師達に、あーだこーだと講釈をたれ続けている。

それが功を奏したのだろうか? 

つい最近、S看護師がいい仕事をしてくれた。
本日は、 そんなS看護師のファンプレーの実例をお届けしてみたい。

ある忙しい日勤午後の時間外診療の日。診療していたのは私。救急車来院の患者が3名立て続けに入り、てんやわんやの状況だった。やることはいろいろあって忙しいが、まあそんなに重症でもなく地雷的でもない患者であることが救いだった。しかし、たとえ重症でないにしても、病歴をとりそれをカルテを書いたり、身体診察をしたり、防衛医療を意識した脇をしめたカルテ内容の構成を考えたりといろいろと大変なのだ。というわけで、場が忙しくなると、徒歩来院患者には、どうしても長い待ち時間が発生してしまう。

話がそれるが、そんな待ち時間の間に、地雷に当たってしまった不幸な病院がある。このエントリーだ。待ち時間に潜む地雷

話を元に戻す。 そんな忙しい中、ある80代の高齢女性が、
「胃が痛い」とだけ
受付で手渡された小さな予診票の紙切れに書き込んで、長いすにちょこんと座っていた。

S看護師は、その予診票に書かれている内容と、本人の様子をみて、すぐに患者を救急外来の空いていた観察ベッドに寝かした。そして、バイタルをとるとともに速攻で12誘導心電図をとった。

「胃痛を訴える中年以上の成人に対しては先ず心電図」という救急診療独特の診療の型
の実践だ。

S看護師は、この心電図をもって、他の患者の診療中であった私の所へやってきた。

「胃痛の高齢女性だけど一応心電図をとってベッドに寝かしています」

彼女から渡された心電図をみて私は顔色が変わった。

これだった。

ST上昇心筋梗塞である。 なんと患者を見る前に診断がついた。後は、循環器専門治療にいたるまでの時間勝負だ。それでも併せて、「どんでん返し地雷(解離の合併、実はSAHの心電図)も気をつけねば」と、ちらっとは、そんな思考が私の頭をよぎる。

私は、診察中の他の患者達には、診療の一時中断を告げたうえで、患者のベッドサイドへすぐに行った。

私:「痛みはまだ続いていますか? 冷や汗、嘔気はどうでしたか?」
患者:「はい続いています。はい、どちらもありました。」

私:「いつから痛み始めましたか?」
患者:「2時間前からです。」

この時点で、静脈ラインを確保したり、除細動器をスタンバイしたり、もろもろの急性心筋梗塞の初期対応を始めながら、すぐに、循環器当直医をコールした。

「発症2時間のST上昇型心筋梗塞の82歳女性です。バイタルは安定していますが、痛みはまだ持続していています。」

と電話で簡潔に告げた。循環器の医師がすぐに飛んでやってきた。

治療の説明は、循環器医師に任せて、その間、私は患者急変に備えて、患者の様子とモニタで不整脈の様子をじっと伺っていた。いつ心室細動になっても、すぐ動けるようにだけはしておく必要があるからだ

そうして、S看護師が、自分の判断で心電図をとってから約40分後に患者はカテ室へ行くことが出来た。救急室在室40分は、ほぼ最速に近い所要時間だ。その後、治療は上手くいき、今現在は、循環器外来に元気に通院中である。

いかがでしょうか? 

S看護師の初動がなければ、この患者に私は気づいてあげることが決して出来なかった状況である。 もしかしたら、待合中に心室細動を起こして急変したかもしれない。そういう意味においては、この患者さんを救ったのは、S看護師とも言えるのではないだろうか。もちろん、循環器の医師達の力が最も大きいのは言うまでもないが。

救急診療のファインプレーの難点は、野球と違って、地味であることだ。 メディアは飛びつかないし、患者さんにも伝わりにくいから、どうしても地味になる。

それでも、私は次なるファインプレーに遭遇する日を楽しみにしながら、地味な診療を続けていきたいと思う。

本日の教訓
胃痛に心電図は、大切

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つい思い込んでしまうとき [救急医療]

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人間誰しも、つい思い込みをしてしまい、何らかの失敗をする。つまり、人は誰でも間違うのである

当然、診療行為の中にも思い込みは存在する。今回のエントリーは、あるドクターのそんな思い込みが入った症例を紹介してみようと思う。 その前に、今回のエントリーを理解するための関連医学知識を少しだけ解説しておく。

糖尿病は、生活習慣病としていまや国民病の代表である。ここで糖尿病についての詳細を語ることは割愛するが、この病気にも緊急事態なるものが存在する。その代表が、高血糖による糖尿病性昏睡だ。インスリン作用不足に乗じて脂肪分解が促進され、その結果ケトン体が多量に生じることで生じる糖尿病性ケトアシドーシス(DKA:Diabetic ketoacidosis )と高血糖から脱水そして高浸透圧に至ることで生じる高血糖高浸透圧性昏睡(HHS:hyperosmolar hyperglycemic state)とに大別される。

このあたりの知識は、医学部での学習知識の範囲内であるが、もう少し臨床実践的な話では、DKAでも腹痛をきたすことがある という話がある。 確かに次のように教科書に書いてある。

UpToDateから引用する。

Abdominal pain in DKA — Patients with DKA may present with nausea, vomiting, and abdominal pain; although more common in children, these symptoms can be seen in adults [28]. Abdominal pain is unusual in HHS. In a review of 189 consecutive episodes of DKA and 11 episodes of HHS, abdominal pain was reported in 46 percent of patients with DKA compared to none of the patients with HHS [29]. The presence of abdominal pain was associated with the severity of the metabolic acidosis (occurring in 86 and 13 percent of those with a serum bicarbonate 5 and 15 meq/L, respectively) but did not correlate with the severity of hyperglycemia or dehydration.

Possible causes of abdominal pain include delayed gastric emptying and ileus induced by the metabolic acidosis and associated electrolyte abnormalities [6]. Other causes for abdominal pain should be sought when it occurs in the absence of severe metabolic acidosis and when it persists after the resolution of ketoacidosis.

※ 腹痛とDKAの現象そのものは、多くの本に記載があるのですが、その理由に関しては、あまり本に書いてありません。UpToDateによると、どうも代謝性アシドーシスが悪さして、胃腸の運動が影響をうけて腹痛になるということのようです。(私は自分で調べて今回始めて知った知識です)

また、名著として名高いロングセラーの急性腹症の早期診断 監訳 小関一英 P68にもこんな記載がある。

糖尿病性ケトアシドーシスの急性発症期には、激しい腹痛と時に腹壁の硬直を認め、急性虫垂炎のような限局性の炎症性疾患と類似した症状を呈する。尿中に糖やアセトンを認めれば糖尿病を疑う。

このあたりの臨床的知識を事前に分かったもらった上で次の症例を眺めてみよう。ただ、この臨床知識は、超基本というわけではない。これを知った上で、すぱっと診断ができたら、「おお!」とか「やるねえ!」とか周りから賞賛に値する声がかけられてもおかしくないレベルの知識であるとは言っておこう。

症例 45歳男性  臍周囲の痛み

腎結石、胃潰瘍の既往あり。胃薬を定期内服している。ヘビースモーカーで大酒家。糖尿病をこれまで指摘されたことはない。ここ最近、のどがよく渇き、水分を多く取るようになったという。昨晩より臍周囲の痛みと嘔吐が出現した。下痢はなし。痛みは間歇的であり持続的ではなかったが、だんだんと程度がひどくなるため、翌朝の朝7時に時間外外来を独歩で受診した。今日の当直医は、卒後4年目で消化器内科専攻のレジデントであるU医師であった。

来院時バイタル BP 100/72 HR 109整 KT 36.5 SpO2(room) 99 呼吸数 未測定
意識は清明。 胸部は特に所見なく、腹部は軟であるが、臍上部を中心に強い圧痛を認めた。

U医師は、口渇と腹痛で、ピピっときたのであろう・・・・・。速攻で、血糖デキスタチェックを行っていた。BSはHi(ハイ:つまり測定振り切れ)だった。

「おお! DKAによる腹痛や! 彼は確信した。」

彼は直ぐに生理食塩水でルート確保するとともに、血液ガスの検査を行った。
PH 7.130 PCO2 25.5 PO2 96.0 HCO3 14.2 BE -12.7 AG 30.1

U医師は、AG開大をともなう代謝性アシドーシス を確認できたことをもって、直ぐに、DKAに対する初期治療を開始した。

すなわち、生理食塩水の急速投与と、インスリンの持続投与の開始だ。

そんなこんんなでばたばたしているうちに、朝の内科カンファの時間となった。
幸い、もう治療の流れはできているので、彼は、いったん外来の場を離れ、カンファレンス室でいつもの内科当直の申し送りを行った。

U医師は皆に言った
「今、外来に、DKAの45歳男性の方がいます。内分泌のグループで入院が必要だと思います。」
と皆に送った。

もし、皆さまが、この送りを受けたとすれば、どうします??
(2月8日 記)

(2月9日 追記)
たくさんのコメントをありがとうございました。いち救急先生が、救急の現場において極めて重要なことをコメントしてくれていますので、それを引用します。

この症例は腹痛の一般的な鑑別をすべきですが

何気ないことですが、これに尽きると思います。地雷をかわすためには。この症例は、つい嬉しくなって、腹痛をDKAのせいと思いたくなるものです。 そこをぐっとこらえて、一般的鑑別に入れるか、このまま、DKA腹痛決め打ちで走ってしまうかが、運命の別れ目になるのではないかと思います。

U医師は、あまりにビンゴなので、これ(DKA)しかないと思ったといってました。確かに、腹痛の診断をDKAとすることは魅力的な仮説でついそうしたくなる気持ちも分かります。

実は、この症例、日勤帯で、私達が関わり、最初にU医師に言ったこと。

「だめだよ、確かにDKAかも知れないけど、腹痛の地雷をきちんと引き算することの方が現場では大事だよ」

引き算診療の考え方についてはこちらをどうぞ⇒ 引き算診療という考え方

ということで、腹痛についての一般的な鑑別を私達が始めました。

心電図では、ST上昇心筋梗塞は否定。 臍部を中心にかなり強い圧痛ありで、これは絶対にCTが必要と判断。ただ、腎機能が悪く造影は断念。

というわけで、単純CTをとりました。 答えは一目瞭然の画像です。

急性膵炎です。 画像で診断がついた後は、つぎは重症度分類です。それを丁寧にやって、Stage 3 重症急性膵炎と診断しました。 参考URL http://www.osaka-med.ac.jp/deps/emm/pancreatitisguide.htm

というわけで、当院でDKAの治療ではなくて、高次救命センターで集中管理が必要な患者だったのです。当院での入院をキャンセルにして、高次救命センターに治療をお願いした次第です。

患者さんは、かなりてこずりましたが、なんとか救命していただきました。紹介したかいがあったものです。これをもしうちで、漫然とDKAの治療をして患者を失っていたら・・・・・と思うと・・・・です。

こんなわけで、魅力的な仮説には要注意ですね。まとめます。

本日の教訓
魅力的な仮説には、つい思い込みが入りやすいので注意!

 


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腹痛って難しい [救急医療]

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時間外診療で、腹痛患者を診察することはとても多い。 そんな時、確定診断にこだわるよりも、待てるか待てないかを的確に判断をすることのほうが大切だ。 一例一例、現場で具体的にその判断をするという立場にたったことがある人なら、よくお分かりのことであろうが、その判断は容易ではない

いかに医師によって意見が分かれるか! 最近、このブログにおいて、ある腹痛の女性症例を提示し、読者の方々から多数のご意見をいただいた。そのネットアンケートの実際の声を見ていただくとよくわかるだろう。 参考エントリー:結果と考察-ネットで診療評価- ここで示したデータの数字をクリックするとアンケートの生の声にリンクできる。

今日は、こんな症例を提示してみる。 純粋に当てものクイズと考えてもらったらいい。

症例  81歳 女性   腹痛、嘔吐   (年齢、性別、病歴、検査結果など、随所にフィクションあり)

ADLは完全自立。当院は初診。 何らかの血液疾患で近医かかりつけらしい(詳細不明)。 開腹オペ歴はなし。 昨晩23時ごろから、臍の下あたりがしくしくと痛み出した。その時点では、下痢なし。嘔吐なし。 日が変わった直後、午前1時ごろ、嘔吐を一回あり。その後もしくしくとした痛みがあるため、午前5時30分に時間外を受診した。
 
来院時、バイタル 血圧 146/78、脈 68整、体温36.8度、SpO2 97%、呼吸数 18回。意識は清明。痛みは自制内。胸部特記すべきことなし。 腹部 平坦、軟。 腸音 正常。 臍周囲とそのやや右上側部位にかけて圧痛あり。腹膜刺激症状は認めない。背部の叩打痛は認めない。

この所見で、この時間帯。先のアンケートではないが、皆様ならどうするでしょう?あと数時間待ちを許してもらって、朝の日勤に確実につなぐという方針で許容かもしれない。私なら、そうしたかもしれない。

担当したのは、3年次内科レジデントのU医師。 U医師は、手堅い対応だった。心電図、レントゲン、採血などの検査を出した。 エコーも自分で当てていた。時間外でこんな手厚い対応をしてくれるU医師のことを決して当たり前のことと思ってほしくない。「ありがたい」と感謝の気持ちをもってほしい

採血
WBC 7600 (Neu 84%) CRP 0.8。 Hb 11.2 Plt 17.4。AMY165、T-bil 1.0 AST 20 ALT 14 ALP 239。BUN 17 CRE 0.8。

心電図 WNL (正常範囲内)。 
レントゲン 腹 腹部異常ガスなし。胆石?と思える影あり。二ボーなし。
       胸  心拡大なし。うっ血なし。 フリーエアーなし。

U医師が自らみたエコー  胆石は小さいものが多数。壁肥厚なし。緊満なし。
                 胆嚢部に一致して圧痛は認めない。
                 総胆管はよくわからず? 肝内胆管拡張なし。
                 両側水腎症なし。上腸間膜動脈の血流(+)。
                 腹部大動脈瘤(-)。
                 虫垂の腫脹所見をさがしたが同定困難。

U医師は困った。 絞り込める所見が出てこなかったからだ・・・・・。

こんなとき、「急性腸炎でしょう」と患者に説明して、フォローなしの様子見のみを指示して帰宅させるのが、一番地雷を踏みやすい対応といえるであろう。

彼は、またもや堅かった。 日勤帯の我々に、 「よくわかない腹痛」として、申し送りをしたからだ。
ゴミ箱診断的な意味で、腸炎という言葉を使って、申し送りすることは、送られたほうに余計な先入観を与えてしまうことになるので要注意なのだ。 そういう意味で、彼の送り方は、堅いといえるのだ。

朝8:30 私達日勤の医師がこの患者を引き受けた。 

バイタルサインを再確認したが、変化はなかった。お腹をさわると、柔らかい。そして確かに上記部分に圧痛があるが、腹膜刺激ははっきりしなかった。腹の所見は、自ら確認するのが鉄則だ。

私達は、場所と痛み方、すでにある検査所見などを総合して、大腸憩室炎を最も疑った。確定させるためにCT検査をすることにした。合わせて、かかりつけ医に連絡をとり、既往歴の情報と、過去の採血データをゲットした。 それでわかったことは、血液疾患は、鉄欠乏性貧血で鉄剤内服中であること。 そして、最近半年間のデータから、普段の白血球値は、4000くらいであることが判明した。 このことで、一見正常に見える白血球値も、この人にとっては高値であることが推認された。 

つまり、ほどよい炎症所見とほどよい腹部所見・・・・ 大腸憩室炎として話があう。 合わせて急性虫垂炎は検討しておく必要がある。 そのためには、CT情報が極めて有力だ。 だから、CTをとった。

CT検査は、情報が極めて多い。だから、画像専門の放射線科医でないと、所見を読み取れない場合も多々ある救急診療において、100%の読影を期待するのは、幻想であることをわかっておいてほしい。CTさえとれば、医師ならば、だれでも何でも簡単にわかるというのは、大きなまちがいなのだ。

また、そもそも人間の体は、バリエーションに富むものである。決して、機械ではない。だから、CTをとっても各臓器というパーツが、いつも同じ場所に同じような様子で存在するとは限らないのだ。機械のパーツならば、同じものが同じ場所にきちっとそろっているのが当たりまえだ。しかし、

人間の体には、そんな当たり前は通用しない

今回の症例で伝えたいことが、まさにそれである。 

さあ、何がどうなっているのでしょう。この症例のCT画像をアップしました。 どうぞご検討ください。
こちらです。 (あえて回盲部の場所は明記しておきました) 

診断はいかがでしょう。また、診断のみならず、この症例の腹部解剖学的イメージを想像してみましょう。

個人的には、大変興味深い経験だったので、今回の紹介とさせていただきました。

(1月30日 記)

(1月31日 追記 )

たくさんのコメントありがとうございました。 術前診断は、虫垂炎でした。 術後病理診断は、まだ不明です。

問題は、画像の解釈でした・・・。 腎臓の下に怪しい盲端構造もあるし、アッペくさいぞ・・・ というのは、最初数人で見てすぐわかりました。ですが、回盲部との解剖学的オリエンテーションがなかなかつかずに悩みました・・・・。

下図は、通常の回盲部と虫垂の位置関係です。 回盲部と虫垂の位置関係に注目ください。

回盲部が見つかれば、その骨盤側を追えばどこかに虫垂の根部がみつかるはずというのがわかるはずです。CTをとった場合、腫大していない虫垂を画像的に同定できれば、虫垂炎を除外できます。だから、私達は、腹痛患者にCTをとった場合は、虫垂炎を除外するために正常虫垂を画像的に同定することをよくやっています。その場合の捜し方の一つに、回盲部をまず見つけるということがあるわけです。

では、この症例の画像ではいうと・・・・画像4より骨盤側の画像1-3において虫垂根部らしいものがまったくありませんねえ・・・・・ その辺で???となったわけです。

部長がつぶやく・・・・
「なんで、colon(大腸)が二つあるんや・・・・?」

「う・・・・ん」
しばらくして、部長が

「わかった!?」と叫びました。

「上行結腸が反転してるんや!」

なるほど、そうであれば、虫垂根部が回盲部より横隔膜側に位置することにしっくりとくる。
つまり、こんな走行だ。

moto先生、元ライダー先生 たった8枚の限定写真にもかかわらず、お見事です!

ここまで、救急部で読影して、放射線科医師の意見を確認した。 同じだった。
そして、外科医により手術適応ありと判断された。

手術は、患者の強い希望で、過去に入院したことのある総合病院でやってほしいとのことであったので、そちらの外科の先生に紹介の運びとなった。

いかがでしょう。こんな大腸の走行を事前に予見することは、100%不可能です。いかに人間の体がバラエティーに富むものなのか、機械とは同じでないことが、おわかりになっていただけたでしょうか?

こういうことも、医療行為を行うに当たっての不確実性の一つです。

医療の結果に完璧を期待して、それが期待はずれになっただけで、医療者を責めるのは極めて筋違いです。この症例でいえば、虫垂炎が見逃された場合、その責任を医療者に求めるのは筋違いということです。

この症例は、我々の診療のファインプレーだと自己認識しています。
でも、残念ながら、患者さんと家族には、感謝してもらえませんでした。 
初診で、信頼関係ができていないからでしょうね。

それでも、私達は見逃さなかっただけ良しとしておきたいと思いました。この家族だったら、もし見逃していれば、すごい責められただろうなとも思いました。

個人的には、すごくためになった症例でした。

まとめます。

本日の教訓
人間の体は、機械でない。いつ想定外の出来事があるかわからない。それは、医療の不確実性の一つである。

 


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CPA原因検索の落とし穴 [救急医療]

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今、臨床研修指定病院では、どこでも、ICLSコースという心肺停止患者の初期対応を学ぶシュミレーション形式の実習を行ってることと思う。2000年以降に、この学習形態が全国ブームとなり、2004年からは、救急医学会が学会を挙げて整備を行い、現在に至っている。この学習形態の本家本元は、アメリカ心臓協会(AHA)にあることは、忘れてはならないが。

ここでは、コース内容の詳細を述べることはしないが、その学習項目の一つに、心停止の原因を探すということがある。

ICLSコース のリンクからICLSコースの内容の段にある行動目標のところを見てみよう。

治療可能な心停止の原因を知り、原因検索を行動にできる

この原因検索に関しては、5H5Tとか6H6Tとか本には書いてあるが、記憶術としてはいまひとつ使えないと個人的に思っている。私が開催するICLSコースでは、こんな覚え方を紹介している。私の創作した記憶法である。皆さんもためしにこれで覚えてみてはどうでしょう。その記憶法を、過去のエントリー 心停止原因の想起法 から再掲する。

私の想起法は、 目の前の患者処置をみながら2つ、心肺停止の「心」をイメージして2つ、心肺停止の「肺」をイメージして2つ、重症患者は必ず血液を見るので、血液をイメージして3つ、最後に外的要因をイメージして3つ、以上12個の原因を想起する方法です。表にまとめます。
目の前の重症患者につながれた酸素と点滴をみながら・酸素→低酸素
・点滴→脱水・出血などの体液減少
「心」をイメージながら・血管のトラブル→心筋梗塞
・心の周囲 → 心タンポナーデ
「肺」をイメージしながら・血管のトラブル→肺血栓塞栓
・肺の周囲(=胸腔)→ 緊張性気胸
「血液」をイメージしながら低/高血糖
低/高カリウム血症
アシドーシス
外的要因をイメージしながら・外的エネルギーという要因 → 外傷
・環境という要因 → 低体温
・薬という要因 → 薬物中毒
いかがでしょうか? 一度眼を閉じて、この順番で想起してみてください。きっと12個全部想起できることだと思います。私のところのコースでは、受講生に必ず覚えてもらっている方法です。

そろそろ、今日の症例。

52歳男性   心肺停止(CPAOA)

糖尿病で近医かかりつけらしい患者(詳細はまだ不明)。当院は初診。心肺停止とのホットラインがなった。以下経時経過。

午前7時14分 119 夫が突然倒れた。
午前7時18分 救急隊到着。現場でPEA(無脈性電気活動)を確認。妻によるCPRあり。
午前7時25分 当院着。PEA。直ちに二次救命処置(ALS)を開始。
午前7時35分 ルート確保と気管挿管処置、その確認およびアドレナリン投与などが行われた。
午前7時45分 心拍が再開した。最初の測定では、収縮期血圧90程度だった。

当直医師リーダーのU先生は、原因を考え始めた。50代男性で、糖尿病という冠血管リスクがある人の突然の卒倒である。当然、最もありそうなものとして心筋梗塞が頭をよぎる。救急隊からの情報から、脱水(1)外傷(2)薬物中毒(3)の可能性は低いと判断した。血糖値は、298。直腸温36.4℃。 血液ガスにてPH7.33、PCO255、PO2 260、カリウム値4.3。これで、低血糖(4)低体温(5)高カリウム(6)、が消えた。アシドーシス(7)低酸素(8)も消えた。呼吸音は左右良好で、胸郭の挙上も良い。皮下気腫もない。したがって、緊張性気胸(9)もなさそうだ。

U先生は、家族からも情報収集に努めた。以下、妻からの情報。
「昨日朝午前7時と、昨晩21時との2回にわたって、左肩から頚部にかけての痛みを訴えていました。病院いはいかずに様子を見ていました。本日は、ばたんと洗面所で大きな音がしたので、急いで駆けつけてみるとすでに夫が倒れていたんです。」

心拍再開後にU医師は心電図をとった。 右脚ブロック気味に加えて、aVRが微妙にST上昇?だった。U医師は決断した。これは急性心筋梗塞だ!すぐに循環器医師の応援を呼ぼう!

循環器のT医師が呼ばれた。 T医師は心エコーをした。 心のう液貯留や、右室負荷所見は認めなかった。これで、心タンポナーデ(10)肺血栓塞栓症(11)も否定的だ。

心エコー所見で、左心室に壁運動の異常(asynergy)を認めた。心筋梗塞を支持する重大な所見だ。さらに、妻の話も放散痛と考えれば、心筋梗塞として矛盾はしない。

あわせて、上記赤字(1)~(11)の通り、他の原因疾患も否定的の雰囲気だ。

以上の様な診断思考プロセスにより、U医師もT医師も心筋梗塞が心停止の原因であるとほぼ確信した。

緊急の冠動脈血管造影検査(CAG)へ向けて段取りが進められようとしていた。

完璧な原因検索である・・・・ と思いたいところだが。

もし、皆様方が、ここから、指導医として、この診療に参画するとするとすればどんな意見を言いますか?

(1月27日 記 続きは後日)

(1月29日 追記)

今回もたくさんのコメントをいただきました。皆様の的確なコメントを通して、多くの方に気がついてもらえただろうと思います。ありがとうございます。 

とりあえず、続けます。

患者は、結局そのまま、緊急冠動脈血管造影検査の運びとなった。

心臓の冠状動脈には、有意狭窄を認めなかった。

「冠動脈のスパスム(攣縮)だろうか?」

そんな意見も出るには出た・・・・・・

「それにしては、意識レベルが悪すぎやしないか??」

こちらの意見が優勢だった・・・・・・

血管造影室から、今度は、CT室へ患者は運ばれた。

「くも膜下出血か・・・・・」

ようやく確定診断が付いた。 

脳外科対応が可能である総合病院へ、患者は転送された。


結局、この症例は、くも膜下出血に続発した心停止症例でした。まさに、皆様がご指摘くださったとおりです。この症例では、心拍再開後のバイタルが非常に安定していたことと、エコーで心のう液の貯留もなかったことから、大動脈解離の線は、あまり考えていなかったようですが、皆様のコメントを拝見すると、今後似たような症例に遭遇したら、大動脈解離の線も、きっちりとCTで決着をつけておいたほうが、より堅い対応と思いました。

ちなみに、私は、この事例を翌日知らされました。 自分はこんなブログを書いているから、この事例もありそうなことだなと思えるのですが、初期対応したU医師にとっては、かなり意外な出来事のようであった様です。

病態的には、このエントリーと同じことだろうと私は思っています。
心電図変化に潜む地雷

さて、ここからが、このエントリーの主旨です。

突然のCPAの原因として、くも膜下出血は、十分にありえる地雷疾患です。
なのに、なぜ、上に上げた心停止の原因12個に入っていないのでしょう?

私の私見ではありますが、心肺蘇生処置において、原因疾患を考えることは、即対応を行うこととリンクしているからだと考えています。つまり、具体的には、次のような対応です。
 
  原因   ⇒   対応
脱水・出血 ⇒ 急速輸液、輸血の準備
低酸素   ⇒  緊急(外科的)気道確保、異物除去
心筋梗塞  ⇒ 循環器召集、PCPSスタンバイ
心タンポナーデ ⇒ 心のう穿刺、心のう開窓
肺塞栓  ⇒ 循環器召集、PCPSスタンバイ
緊張性気胸 ⇒ 緊急脱気
高カリウム ⇒ メイロン、カルチコールなどの薬剤、場合により透析
高血糖  ⇒  インスリン、輸液

などなどです。 蘇生中にくも膜下出血を疑ったとしても、手がないですよね。くも膜下出血に関しては、患者の心拍が再開して、CT室へいける状況になって、初めて疑っても許容範囲内だろうというのが、私の考えです。はっきりといえることは、蘇生処置しながら、CT室に移動して、CT撮影を行うなんてことは不可能です
だから、蘇生学習の教科書の中にある心停止原因のリストからはずされていると勝手に解釈しています。まあ、すべての本をチェックしているわけではないので、確かな話ではないかもしれませんが。

しかし、言い方をかえると、こうもいえます。

心停止患者の心拍が再開したら、くも膜下出血も考えてみよう

今回の症例も、こういう認識を皆で共有できていたら、心カテに走る前にわかっていたのかなあ?と思います。もちろん、私のこの意見も、後出しであることは明らかです。

まとめます。

本日の教訓

心停止からの心拍再開患者 : くも膜下出血も考えよう

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いけてる問診(5) [救急医療]

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内科診療において問診は、一つの技術である。 だから、的確にそれを行えるようになるには、相当の熟練を要するものなのだ。時に、診療は、アートと称されることもある。絶妙の問診が決まったときなんかは、まさにアートといってもいいのではないだろうか? ということで、私は、絶妙の問診を日ごろ決めてみたいと思っているのが、いかんせん、空振りのほうがはるかに多い。まだまだ修行が足らない。いや、これからもずっと修行は続くのだと思う。

いけてる問診シリーズとして、これまでこんなことを書いてきた。

いけてる問診(1)
いけてる問診(2)
いけてる問診(3)
いけてる問診(4)

さて、本日は、久々の第5弾とする。シンプルに短い症例エントリーとしてみたい。

症例  75歳男性。  主訴 唇が急に腫れた

ADLは自立の男性。当院は初診。夜、安静にてTVを見ているときに、突然唇が急に腫れてきたため、受診した。呼吸苦なし。来院時、バイタルは安定。

こんな感じです。

対応したのは、当時、ER後期研修中の3年目レジデント。彼は、レジデントの中でも知識量は豊富なやつと評価されていた。そんな彼が、バイタルが落ち着いていると確認した後、速攻でこんな問診をした。

○○○をお持ちではないですか? (病名)

患者の答えは、イエスだった。

さらに、彼は続けた。

XXXXXXというお薬を飲んでいませんか?

患者は、お薬手帳を彼に手渡した。

ビンゴだった。

単なる偶然かもしれない。しかし、見事な問診だと思う。

ここまで、自分で決着をつけたあと、彼は私の所へ報告に来てくれた。

患者には応急処置を施して、かかりつけ医に手紙を渡して帰宅してもらった。

知識として頭に入ってたら、速攻でわかる質問だし、知識がなければ、けっして出来ない問診ですよね。

皆様方、いかがでしょう?

(1月25日 記)

(1月26日 追記)

またまた、たくさんのコメントをいただきました。 moto先生、専門家としてのご意見ありがとうございました。
とりあえず、続きです。


高血圧をお持ちではないですか? (病名)

患者の答えは、イエスだった。

さらに、彼は続けた。

ACE阻害剤というお薬を飲んでいませんか?

患者は、お薬手帳を彼に手渡した。

ビンゴだった。患者は、レニベースを飲んでいた。

患者には一般の蕁麻疹と同様の処置を施して、かかりつけ医に、ACE阻害剤(レニベース)の副作用によるクインケ浮腫(angioedema)の可能性を記述した手紙を渡して帰宅してもらった

皆様のご指摘の通りです。
この症例は、ずいぶん昔の出来事でしたが、もし今のご時勢なら、 Masa 先生のおっしゃるように、最低一泊は入院させて気道緊急が起こらないことを確認するかもしれません。(エビデンスではありません、単なる感覚です)

もちろん、これは、遺伝性の場合もあるので、家族歴も聴いておかねばなりませんね。

ACE阻害剤に関しての参考URLです。ACE阻害薬による血管浮腫  血管浮腫とは

遺伝性のものは、遺伝性血管神経性浮腫 (hereditary angioneurotic edema, HANE) と呼ばれるものがあります。

薬剤性であれ、遺伝性であれ、気道緊急となってしまった場合は、地雷です。しかも、この両者で、使用薬剤が異なるというのは超やっかいです。後者は、ステロイドなどの一般アレルギー対処ではダメで、ベリナートPという特殊な製剤がキーとなります。

私達は、こういう情報を日々吸収し、使える知識としていかねばなりません。ただ、情報は増えることはあっても減ることはありません。ということは、情報収集を怠ると、すぐに浦島太郎になってしまうわけです。正直言って膨大な負担ですし、永遠にゴールはありません。 しかし、そういう我々の努力目標を逆手にとって、訴訟という形で叩かれるとその学習意欲を、激しくくじかれます。 この前のこのエントリーなんかがいい例です。⇒ AED訴訟がついに発生!

我々が、意欲を持ち続け、学習し続けられるためにも、今の訴訟社会がなんとかならないか・・・・。そう思います。

 


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地雷の中の地雷 [救急医療]

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最近は、一般の方々からも多くコメントをいただくようになってきた。 マスコミ報道の問題、診療関連死法案という政治的な問題、死生観という個人的・倫理哲学的な問題などを話題に取り上げたことが影響しているのだろうとは思う。しかしながら、このブログの目指すところとしては、時間外診療や救急初期診療という診療環境の場で、日夜働いてる主として若手の医師の方々に、診療上に役立つ情報を少しでも届けたいということだ。日々、そう思っている。

本日のエントリーは、最近少し自分でも遠ざかり気味かなあと思っていた純医学的なエントリーとしてみたい。そういうわけで、今回は、少し専門的な内容が登場するかもしれないが、どうかお許しを願いたい。

一口に病気といっても、それには、それぞれ重症度がある。だから、地雷疾患も、それなりに重症度があるのだ。まあ、そういうことを意識して、次の症例を考えてみよう。

53歳 男性  胸痛

元来健康。数日前から、安静時胸痛を自覚するようになった。時に冷や汗も伴うとのこと。そんな患者がある総合病院の内科初診外来を受診した。たまたまその日の、初診外来は、神経内科部長のK先生だった。この病院のルールとして、部長クラスが初診外来を持ち周りするようになっていたからだ。

K先生は、カルテに簡単に「安静時胸痛、時に冷や汗あり。来院時、症状なし、心電図異常なし」とだけ書き、患者を帰宅させた。 この病院の初診外来は、忙しい。半端な数ではない。そういう診療状況を考えれば、K先生の対応は、責められるべきものではないのかもしれない。 しかし、これから述べる出来事を知ってしまえば、「もしあのとき・・していれば、きっと・・・・だったはずだ」という構文で、K先生を批判したくなるかもしれない。それも後知恵バイアスの一つであるとここでは言っておく。

さて、この患者は、K先生の診察を受けたその日の晩に再来した。 
午後8時に、救急車で救急外来を受診したのだ。

帰宅後の午後7時30頃に、突然強い胸痛が出現し、発汗多量、顔面蒼白状態になり、妻がたまらず救急車を要請したのだった。

患者が到着した。胸痛持続。血圧80台。発汗多量。誰もが一見してわかるただならぬ状況だった。明らかな心原性ショックだ。

本日朝の初診外来時での心電図は、確かに異常はなかった。
救急車到着後、直ちにとられた心電図は次の通り。
※心電図は、胸痛診療のコツと落とし穴 P110 左主幹部急性心筋梗塞の早期診断のために 門田一繁 光藤和明(倉敷中央病院) の記載から引用させていただきました。


これを見た当直だったT医師は、つぶやいた。
地雷の中の地雷かもしれない・・・・・・

とにかく大至急、循環器当直医に電話で一報を入れた。そして、T医師はこんなプレゼンをした。
「53歳男性、胸痛で只今来院。血圧は80台のショック状態です。
心電図にて、右脚ブロックパターンで、        の所見を認めます。」

それを聞いた循環器医師は、大慌てですっとんできた。
そして、緊急の冠動脈造影検査の段取りが進められた。

T医師は、心電図から何を感じて、あんな呟きをしたのだろう。
そして、どんなプレゼンをしたのだろう。
(1月23日記 続きは後日)


(1月24日 追記)
たくさんのコメントありがとうございます。今回のエントリー趣旨とは離れますが、いち救急医先生が大変重要なことをご指摘くださっていますので、その部分を引用させていただきます。ありがとうございました。

安静時というのと冷や汗というキーワードがありますから、来院時に心電図に変化が無くても、リスクファクター次第ですが、不安定狭心症を疑う必要があります。
(中略)
原因不明の胸痛は家に基本帰さない。この簡単な原則だけで、マニアックな心電図など読めなくても、かなり安全に外来を管理できるようになると思っています。

循環器を専門としていない医師が、時間外診療の場において、AMIという地雷を踏まないための大変重要な診療スタンスだと思います。 私もだいぶ前にこんなことを書いています。あわせてご参考下さい。→初回検査異常なし≠緊急性なし 

さて、本題です。これは皆様のご指摘の通り、左冠動脈主幹部(LMT:Left main trunk)病変の急性心筋梗塞症例でした。急性心筋梗塞の中でも最重症です。なぜでしょうか? 非医療者の読者のために説明します。心筋梗塞とは、冠状動脈が急に閉塞して、心臓の筋肉に急に血が行かなくなり、さまざまな状況を引き起こす病気です。ですので、血管の閉塞により影響をうける範囲が広ければ広いほど、厳しい状況になることは容易に理解できます。次に、冠状動脈の解剖学的走行を理解しておく必要があります。下図上段のように、冠状動脈は、右冠状動脈と左冠状動脈があります。さらに、左冠状動脈は、左前下行枝と左回旋枝の2本に分かれます。だから、我々が病状説明する際には、「心臓を養う血管には、3本あって・・・・云々」とするのです。今度は、下図下段を御覧下さい。左冠状動脈の根元部分の拡大写真です。2本の左冠状動脈は、その根元で一本になっているのです。その根元部分を左冠動脈主幹部(LMT:Left main trunk)といいます。

さて、ここが閉塞したらどうなるでしょう? そうです。LADとLCXの2本分同時に閉塞したのと同じ意味なります。つまり、実に広範囲な心筋に影響します。だから、LMTを責任病変とする心筋梗塞は、最重症の心筋梗塞に位置づけられるのです。 地雷の中の地雷といえる所以はそこにあります。


(元写真は、http://blog.goo.ne.jp/yamane34/e/5a887987201b31611eabf5ccf4a27f52 を使わせていただきました。ありがとうございます。)

T医師はこんなプレゼンをした。
「53歳男性、胸痛で只今来院。血圧は80台のショック状態です。
心電図にて、右脚ブロックパターンで、aVRST上昇の所見を認めます。」
T医師は、「LMTかもしれない・・・・・・・・」と呟いた。

直ちに緊急冠動脈造影検査が施行された。
最初の造影画像が映し出された。カテ室に緊張が走った。予感は的中した。左主幹部(LMT)の完全閉塞だった。いろいろと手をつくしたが、患者は死亡した。左主幹部急性心筋梗塞恐るべしである。

普段、我々が心筋梗塞患者の心電図をみるとき、ST上昇部位と梗塞部位を連想して考えるのだが、その中に、aVRはあまり表立って出てこないものだ。

しかしながら、この症例のようにaVRのST上昇は、この恐ろしい左主幹部心筋梗塞を疑う手掛りを与えてくれるということは、非循環器医師でも知っておいて損はなかろうというのが、今回のエントリーの主旨である。

調べてみると確かにいろいろと書いてある。例えば、日常診療のよろずお助けQ&A上級編P107にも明記してある。それによると、aVRのST上昇所見のLMT病変に関する感度と得意度は、それぞれ78%、86%とある。また、別の論文では、感度と得意度を、それぞれ80%、92.3%と報告している。

さらには、いつもするどいお話をするmedtoolz先生もしっかりと指摘しておられる。
⇒ aVR誘導のST上昇はLMTの可能性がある  ・・・さすがである。

http://www.lifescience.co.jp/cr/zadankai/0708/2.htmにも大変有用なことが書いてあったのでリンクを張っておく。特に、最後の部分は、ここでも引用する。

それこそ心電図で,たとえば aVRが上がっている,あるいは II,III,aVF,前胸部誘導の広範囲で ST が下がっている。そういう LMT や,本当に重症な 3 枝病変を疑わせるようなものを見落とさない。それらは,ある意味では STEMI よりも緊急でやらなければいけない場合があるわけで,そういったもののリスクの層別化をしっかりしなければいけません。 (注 STEMI:ST上昇型心筋梗塞)   

まとめます。

本日の教訓
心筋梗塞患者 aVR ST上昇をみたら、LMT警戒せよ

ここまで書いていたら、NYAO先生が、実に大事なことをコメントしてくださいました。

心電図所見はLMTらしいと思いますが本来心電図だけで責任病変決めるのは無理です。

おっしゃるとおりです。心電図診断の限界も私達は合わせて意識しておかねばなりません。私達は、知識も仕入れつつ、つねに限界も忘れない。そういうバランス感覚が、いけてる臨床判断につながるものだと思います


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結果と考察-ネットで診療評価- [救急医療]

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ネット上で診療を評価する にて、ある夜間診療の適切性について、ネットアンケートをとるという試みをしました。N=125の回答をいただきました。ご協力ありがとうございます。質問2においては、大変考えさせられるコメントが目白押しです。回答者の特段の反対がなければ、アンケートの結果をPDF化して、このブログ上で公開したいと思うのですが、いかがでしょうか?一般の方々にも、現場の医師がこれだけ真摯に判断をしているということが分かっていただけるのと思います。もちろん、発信元のIP情報などは公開しません。コメントの反応をみて検討します。
※検討の結果、1月21日20時40分に皆様のコメントをアップしました。
  表のデータの数字をクリックすると自動的にリンクします。

【背景・目的】
なぜ、このような試みをしたかということを説明しておきます。
医事紛争が生じたとき、当然、その時の診療行為が評価されます。ですが、そのときは、すでに「悪しき結果」が生じた後のことです。つまり、評価に加わる人たちは、どの立場(患者、医師、弁護士、裁判官)であれ、すべて結果を知った上で過去のことを検討するという特徴があります。ただ、医師だけは、通常の業務において結果はまだわからないという状況下で種々の判断を行って診療行為を行います。これは、他の評価者(患者、弁護士、裁判官)とは、決定的に異なることです。人間は、だれでも後知恵バイアスをもってものを考えるという特性をもつといわれています。私は、実際の症例検討で、本当に、「診断結果」が診療行為の適切性の判断に影響を及ぼすのか?ということを調べてみたいと思いました。 

【方法】
回答フォームを2種類用意しました。回答するためにブログ内で指定箇所をクリックすると、ランダムにどちらかの回答フォームにリンクするように仕込みました。これで、回答者を無作為に二群に分けました。その2種類の回答フォームを示します。

 

<診断結果を知って回答する群>

この患者は、日勤帯に再来し、採血をしました。WBC22000、CRP28でした。結局、CT検査にて、急性虫垂炎穿孔と診断され、緊急手術となりました。穿孔後であったため入院期間が長めになってしまいました。患者は、夜間の時間外診察で採血や画像検査をしなかったために、虫垂炎が見逃された。その結果、穿孔までしまったと主張。だから、当直医師の診療が不適切だったとクレームを病院に申し立てました。あなたは、そのクレームを受け、当直医師の診療が適切な診療であったか否かを評価する立場です。中立の立場から、ご判断ください。適切性の判断は、時間外診療レベルとして平均的であるかどうかを基準でお考え下さい。

質問1(必須) ○診療は適切である ○診療は不適切である
質問2(必須)質問1でどうしてそのように判断したかを教えてください

<診断結果を知らずに回答する群>

さて、この時点でまだこの患者の転帰はわかっていません。それをふまえて、この時間外診療が適切な診療であったか否かを評価してみてください。中立の立場から、ご判断ください。適切性の判断は、時間外診療レベルとして平均的であるかどうかを基準でお考え下さい。

質問1(必須)○診療は適切である ○診療は不適切である
質問2(必須)質問1でどうしてそのように判断したかを教えてください。
質問3(任意) よろしければ、鑑別診断として重要と思われるものを3つまで
         挙げてみてください。重要とは、確率的にありそうな疾患や
         現実的に除外しておきたい地雷的な疾患などとお考えください

この二つの設問の回答を検討し、もし回答に差が出れば、それは、「診断結果」が診療行為の適切性の判断に影響を及ぼすと結論できるのではないかと考えました。

【結果】 
総回答数 N=125です。 質問2の判断根拠の自由記載から、あきらかに不適切と思える回答はカウントしない予定でしたが、全員が誠実な回答と判断しましたので、すべての回答を検討対象としました。より厳密な調査ならば、重複回答の有無までチェックすべきとは思いますが、その検討はしていません。わざわざ何度も投票する人はいないだろうという判断です。125回答の分布は、次のような結果となりました。

 適切不適切
結果を知らない群352661
結果を知っている群501464
8540125
(表内の数字をクリックすると回答理由のPDFファイルにリンクします)

カイ二乗値=6.1786 (P=0.0129)。 危険率5%の水準で、有意差を認めました。つまり、「診断結果」が診療行為の適切性の判断に影響していると判断しました。

【考察】
今回いただいた回答の中で、医師でないとコメントしていた方は一人。あとは、判断根拠の文章内容から推察すると医師、それも現場・現役の医師が多いように思いました。 上記結果は、回答者の背景がそのようであることを考えておく必要があります。

まず、結果を知らない群について考えます。
感想は、自分の予想を超えて不適切が多かったことです。 適切・不適切の分かれ目は、とにかく検査をする・しないをどう考えるかということでした。 結果を知らない群で、不適切な理由として多いなあと思ったのが、婦人科地雷である子宮外妊娠に対して脇が甘いという指摘でした。腹エコー、尿検査くらいはやるべきやろという指摘です。虫垂炎を積極的に疑って検査すべきという意見はほとんどありませんでした。それは、一般の方々にいかに虫垂炎の判断が難しいものであるかということを伝える客観的な証拠ともいえます。他には、血液的にも安全という証拠をとって帰すべきだといういわゆる血液検査にアラームサインとしての役割を期待して、血液チェックを夜間で行うべきという意見が多かったように私は感じました。

次に、結果を知ってる群について考えます。
私の想定外の結果でした。こちらの方が、適切と判断した人が有意に多いという結果となりました。なぜでしょうか?やはり、今回の回答者が、「明日はわが身」の心境で、現場にいる医師であったからであろうと考えてみました。ですので、悪い結果が出てしまった後で、中立に考えようとしても、無意識のうちに、「自分も当事者になったらたまらない」という防衛機制が判断に影響するのではないでしょうか? たとえ、中立の気持ちで「検査をしなかったのが悪い」といったとしても、それは後医は名医だといって、他の医師から非難ごうごうになるのではないかと、身をもって感じることが出来る人たちが今回の回答者の主体であったからこそ、こんな結果になったのでしょう。これもある意味後知恵バイアスと考えます。

まったくの推察ですが、同じ主旨のことを、一般の方々を対象に検証すれば、典型的な後知恵バイアスがかかった結果が出ると思いました。つまり、結果を知っている群のほうが不適切と考える人が多いということです。

今回のことでわかったことは、やはり後知恵バイアスを取り除いてものを判断するのが難しいということです。

私は、適正、公平な診療行為の判断というのは、複数の医師がその結果をまだ知らされていない段階で行うことが重要と考えます。そのためには、将来、第3者機関ができたとき、次のような提唱をしてみたいと思います。

<提唱>
診療判断をする医師複数を、分野に応じて事前登録
しておきます。そして、何がしかの事例が発生したら、誘拐事件が起きたときにメディアが報道自主規制をするのと同じ倫理に基づいて、いっさい報道は行わずに、登録医師に有害事象の結果を知らせないままで検討し、複数の評価を集めます。そして、統計的に判断をくだします。

そういうシステムが整えば、後知恵バイアスを取り除いた形で、診療行為の妥当性を論じることができると思います。 結果が出た後で、権威がしゃしゃりでてきて、あれこれ言う評価システムでは、多くの医師を納得させることができないと思います。ましてや、評価の中に、遺族代表(例え当事者外でも)が混ざると最悪だと思います。後知恵バイアスに基づいて、強大な判断の捻じ曲げが行われ、まとまる話も、必ずまとまらなくなります。

この小スタディーの結果は、医師さえも、後知恵バイアスをコントロールするのが難しいということを伝えています。遺族代表が入ったらどうなるか予想つきますよね。

もちろん、遺族代表のかかわりは、別な意味で必要です。それは、医学的判断への介入ではなく、喪の作業の援助です。これは、遺族代表のかかわりが極めて重要です。医療の中で家族を失った遺族へ、死の受容、つまり喪の作業が適切に進めば、不毛な医療裁判は激減すると思います。

現状の、診療関連死法案では、以上述べたような視点のかけらすらありません。だから、私はこの法案に断固反対です。

【結論】
結果を知った上で診療行為を評価するときは、どうしても後知恵バイアスがかかってしまう

【個人的な社会への提起】
適正・公正な診療評価を行うために、後知恵バイアスを取り除いた診療評価システムの構築が必要。ITは、そのシステム構築の実現可能性をもつ。このような診療評価システムを社会的に推し進めたらどうだろうか


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ネット上で診療を評価する [救急医療]

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今、診療関連死法案の動きが、多くの医師の注目の的である。私自身も、多くの議員の先生に失礼ながら、メールをして、自分の声を届ける努力をしている。少なくとも今の案のままでは、まともな診療評価ができるのであろか?はなはだ不安である。

では、ある診療行為が、適切な診療であったかどうかは、どうやったら評価できるのだろう
最近、それをよく考えている。

裁判なんかで、出てくる医師の鑑定書なんていうのも、正直言って、???であるとも思う。
それは、現場を離れた権威というものは、得てして、現場の医師と感覚が解離してしまっていることが多いと思えるからである。

2006年秋、大淀病院の一件が報じられたとき、毎日を初めとする一連の報道が、不適切な報道であったことをあばくことが出来たのは、多数の医師間によるネットコミュニケーションだった

というわけだから、私は、医事紛争が生じた際、その医療行為が適切であったかどうかを公平に評価するのに、現場の医師の声をできるだけ多く集め、統計的感覚と手法で、診療行為が評価できるとよいかなあと思っている。

ネットを上手く使えばそれが可能になるのではないだろか?

私のブログで、そういうネットを使った診療評価なるものの可能性を検討してみたいと思う。
これが、本日のエントリーの主旨である。

ある症例を提示する。 診療評価に参加したい方は、最後の「診療評価へ」というところをクリックして、後の指示に従ってほしい。 診療評価に参加する方は、どなたでもいい。一般の方でもぜんぜんかまわない。

今から提示する症例の診療の場をあらかじめ説明しておく。

500床の規模をもつ地域の急性期病院。3次救急対応の救命センターは、近隣に救急車で30分以内に存在している。3次の適応がある患者が出れば、適宜そちらへ転送する。

時間外の医師マンパワーは次の通り。
内科系の外来当直一名。病棟当直一名。外科系の外来当直一名。外科系の病棟当直一名。麻酔、外科各科は、オンコール体制。

時間外の検査体制は次の通り。
検査技師当直一名。放射線技師当直一名。 末血、生化学、血液ガス、検尿、心電図、レントゲン、造影CTなどは24時間利用可能。 腹、心エコーについては、医師自ら行うことができるが、技師に依頼することはできない。

さあ、そんな体制で、こんな患者がやってきた。内科外来当直医が対応した。

症例  31歳 女性  下腹痛

元来健康な女性。特記すべき既往歴無し。昨晩18:30頃より、へその下正中部分の下腹痛あり。20時ごろ、痛みが増強(激痛ではなく鈍い感じの痛み)。しばらく我慢していたが、続くので、22時頃、偶然持ち合わせていたブスコパンを内服した。すると、痛みはやや軽減したという。痛みは自制内だが、夜間で気になって眠れないので、未明の午前1:30に徒歩にて来院。腹満感あり。下痢はない。最終月経は25日前、規則的、量は普通。妊娠の可能性は患者自身が口頭にて否定している。

血圧120/70 脈84整 体温37.0 SpO2 98 呼吸数18回。 腹部は、軟でへその下正中を触診するも圧痛ははっきりしない。(本人曰く、そこには鈍い違和感があるという) マックバーニーの圧痛点は陰性。聴診上、腸音はやや減弱。腹部のどこにもリバウンドは認めない。腰背部叩打痛も両側認めない。咽頭、胸部異常なし。

担当した医師は、来院時間と病歴と腹部所見から、患者に次のような説明をした。
今の所、緊急性疾患の可能性は低いと考えられます。今は、時間外診療なので、詳しい検査をするよりも、まず家で様子をみることが可能な状況です。万一、ご帰宅後に、症状が強くなれば、また来院ください。今の症状で積極的に検査をご希望なさるのなら、夜が明けて平日の時間帯におこしください。」

なお、急性虫垂炎や婦人科疾患の可能性もあることは帰宅時にあわせて説明済みである。

患者は、痛み止めは自分でまだ手持ちがあるからいいといいって、結局、投薬もないまま、問診と診察のみの診察を終えて帰宅した。

さあ、いかがでしょうか。 
今回は、ブログ主のある意図のために、しばらくコメント欄を閉鎖にしておきます。
みなさん、是非、この診療の評価にご参加ください。

                            1月20日 午後19時50分現在 N=125 です。
               これをもちまして、評価意見収集を終了とします。
               多数のご意見ありがとうございました。
               同時にコメント欄開放します。

まもなく、集計を公表したいと思います。
1月21日 集計公表しました。 ⇒ こちらです

 


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若い女性と地雷 [救急医療]

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若年女性の多くは、何らかの主訴をもって病院の時間外来を受診したとしても、ある意味当然かもしれないが、軽症患者であることが圧倒的に多い。とはいっても、確率は高くないにしろ、容赦なく地雷疾患も混じっている。

というわけで、本日は、若年女性の症例を中心に紹介してみようと思う。


症例1  17歳女性  息切れ

17歳女性が、息切れを訴え、母親によって救急部へ連れて来られた。一週間前から、ときどき症状が出ていたという。明らかな風邪症状や咳などは認めないという。つい3日前、近くの開業医のところで診てもらい、不安神経症と診断され、あるカウンセラーを紹介されていたという。 救急外来受診時、血圧135/75、脈116/分、呼吸数28回/分、SpO2(room) 96%だった。診察が始まる際には、看護師がすでに、患者の口元に紙袋を当てていた。担当した医師は、病歴を確認する際の患者の印象は、大変に不安げな様子だったとカルテに追記した。身体診察で、肺雑音や心雑音などは認めなかった。 担当医は、セルシンの内服を指示した。30分後、患者は楽になったといい、帰宅していった。その際、担当医は、症状が続くなら、かかりつけ医のもとを直ぐに受診するように指導したという。

症例2   21歳女性  呼吸困難

ある深夜、一人の患者が、救急外来を受診した。担当したのは一年次女性研修医O医師。既往に喘息があるが、最近は落ち着いていたという。主訴は、呼吸困難感。風邪症状や胸痛などは認めなった。O医師の印象は、なんか唇の色はパッとせず、顔色悪いなあ~、この人って感じだったという。 バイタルサイン、血圧96/65、HR 103/分、呼吸数は記録無し、SpO2(room) 94。O医師は、レントゲン、ECG、採血などを一通り流した。 ECGは、洞性頻拍で109/分。レントゲンや採血には著変なし。肺にwheezeなどは聴取しなかったものの、既往歴と主訴から、喘息発作をまず疑って、点滴と吸入などの治療を開始した。未明3時の出来事。このまま、朝まで様子を見て、7時に、日勤帯のDrに、喘息疑いとして引き継ぐことになった。

症例3  23歳女性 嘔気

一人の女性が、嘔気を訴え、産婦人科医師の診察をうけた。妊娠5週と診断された。患者は、嘔気やめまいが強いと産婦人科医師に訴えたところ、つわりによるものだと説明をうけた。つわりも症状がひどい場合は、入院することもあるので、入院で様子を見ましょうと医師より入院を勧められたが、患者はその申し出を断り、帰宅した。

いかがでしょうか。とりえず、羅列的に記載してみました。 彼女達の運命は・・・・・?。
続きは、後日ということで。      (1月7日 記)

(1月8日 追記)

皆様、たくさんのコメントをありがとうございます。 皆さんから、すでにご指摘いただいていますとおり、今回の地雷疾患は、肺血栓塞栓症でした。 症例1は、ある本からの引用。症例2は、自験例。症例3は、訴訟報道記事からの引用。症例3の状況では、いかに肺塞栓を疑うのが困難であるかかが、皆様のコメントを通して、一般の方々にも伝わるのではないでしょうか?

肺血栓塞栓症は、地雷疾患の代表格です。当ブログの番付表では、堂々の横綱にランクしています。

なぜでしょう?

第一には、致死的疾患でありながら、決め手になる自覚症状や検査所見(=特異性がたかい症状や検査所見)に乏しいことです。 

第二には、検査や手術の合併症という形で発症することが多く、医療事故としての側面も多分に持っている疾患であることです。

肺血栓塞栓症は、問診、身体診察、ごく簡単な検査(血液、尿、胸部X線、心電図)だけで、確定診断を下すことはほぼ不可能です。 疑ったら、その検査前確率に応じて、次の手を考えていくしかないのです。 最終確定は、肺造影CTや肺動脈造影などで行えます。問題は、そこまでの検査に行くかどうかの判断が難しいのです。 なんせ、実際の診療中の状況において、考慮しなきゃならない地雷疾患は肺血栓塞栓症だけではないのですから・・・・。

というわけで、各症例について述べていきます。

症例1

ER・救急トラブルファイル case15 息切れ より引用しました。この患者は、結局翌日も、救急外来を受診し、そこで肺血栓塞栓症と診断されました。抗凝固療法が開始され、事なきを得ました。しかしながら、患者の母親は、救急部の診断が杜撰だったとクレームを入れたとのことです。テキストの中では、こんな記載があります。

呼吸音に問題のない健康な17歳女性の酸素飽和度が96%というのは、臨床家が眉をひそめる数値である。過換気を呈している10代の若者の臨床像には一致しない

コメントにて皆様が、きちんと指摘しておられる部分です。

初期診療において、バイタルサインの解釈の慎重さを改めて我々に教えてくれる症例ですね。

症例2

これは、7時で引継ぎを受けた際に、Dr間で検討がなされ、喘息でまとめるには、おかしいだろうと結論付けられました。日勤帯で循環器の医師とも相談し、結局、循環器入院で様子をみることになって、最終的には、肺動脈造影までいきました。それで肺血栓塞栓症が確定しました。抗凝固療法が開始され、事なきを得ました。正確な記憶はないのですが、凝固系の異常などは、特に何も見つからなかったようです。この症例でひとついえることは、Dr間の引継ぎがきちんと機能したということです。その結果、患者サイドには不利益は及ばず、研修医も、誤診という心のトラウマを受けることがなかったといえます。

症例3

これは、かなりつらい訴訟です。このブログにいただきましたコメントをみていただければわかりますように、この症例がいかに肺塞栓を最初に疑うことが困難であったかは、医師でない方にも、おわかりになっていだけると思います。では、元ネタである報道記事をご覧ください。 

夫がXXXX病院提訴 「肺こうそく」を「つわり」と誤診、妊婦死亡 
199X.XX.XX 地方版/XX (全707字) 
 妊娠5週間の妊婦(当時23歳)が亡くなったのは自己申告を過小評価し、つわりと決めつけ、肺こうそくに気付かなかったためなどとしてXX町に住む夫(21)ら遺族が8日までに、XX町の「XXXX病院」(XXX院長)に対し約7500万円の損害賠償を求めてS地裁に提訴した。
訴えられた病院側は「病院としてはできるだけの治療を行い、誤診もしていない」などとし、全面的に争う姿勢を見せている。訴状によると、妊婦は昨年10月、同病院で妊娠検査薬で陽性だったうえ、激しい吐き気や目まい、胸の苦しさを訴えたが、医師はつわりと診断し入院を勧めたが、妊婦はいったん断り帰宅。しかし翌日、妊婦はおう吐を繰り返したり、苦しんでいたので夫が再び同病院に連れて行き入院させた。点滴などの治療を受けたが、苦しみ出し、看護婦を呼んだが「これも母親になる時、だれでも経験する苦しみ」など取り合わなかった。回診に来た医師も肺こうそくと気付かず、つわりなどと誤診。その後妊婦の容体は急変し呼吸が停止。レントゲン検査で肺こうそくに気付いたが、妊婦はそのまま死亡した。遺族側は(1)妊婦の自己申告を過小評価し、つわりと決め付けて肺こうそくの発見が遅れた(2)呼吸停止になった時、手間取るなど適切な処置をしなかった(3)妊婦が重い症状になったのに、早急により高度な治療を行える病院に送らなかった、などとし、「診療上の過失」として約7500万円の損害賠償を求めている。訴状に対し病院側は「担当の医師から、初日に入院を勧め、その後もできる限りの適切な診断と処置を行い、最善を尽くした。こんな形で提訴されるのは残念だ」(XXXX務部長)などと話している。【高山祐】毎日新聞社

この提訴記事は、毎日のほかに、朝日と河北新報が報じています。

ですが、G-search(有料)で慎重に検索した結果、この判決記事を報じたのは、河北新報のみです。 では、判決文をご覧ください。

医療過誤の訴え棄却/S地裁
200X.XX.XX 河北新報記事情報 (全183字) 
XXXX病院の医師が肺塞栓(そくせん)の症状に気付くのが遅れたために、XX町の女性=当時(23)=が亡くなったとして、遺族が病院を運営するXXXXXに約7600万円の損害賠償を求めていた訴訟の判決が7日、S地裁で言い渡され、同地裁は「
病院側が症状を一時見誤った過失はあるが、死亡原因とは認められない」と原告の訴えを棄却した

病院の勝訴ですよ。報道は、どうしたことでしょう。遺族の一方的な訴えは、提訴段階で大々的に報道しておきながら、いざ病院勝訴となると、この取り扱いの小ささはなんでしょう。それでも河北新報は、報道しただけでも良心的ですね。それに比べて、大手二社は本当に最悪ですね。無責任報道の垂れ流しだと私は思います。こういう報道社会を憂えています。

提訴段階は報道し、病院勝訴は報道しない ・・ さ・い・て・い・な新聞社たちだと思います。

マスコミ報道が、医療不信社会をこうしてつくり上げているという一つの証明だと私は思います。

彼らには、今までの報道姿勢の誤りを世間にきちんと謝罪し、今後は、提訴の段階では、報道を自主的に控えるくらいの姿勢を示してこそ、医師からの信頼を復帰できる足がかりとなろう。

しかし、この妊娠と診断した女性が、翌日に肺塞栓で死亡というは、あまりに地雷すぎます。
肺塞栓・・・・本当に怖い病気です。

本日の教訓
肺塞栓は、まず疑ってみることから初めよう

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造影CTどうします? [救急医療]

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最近は、死生観を扱ったり、医療政策や医療報道問題などを扱ったりということがたまたま続いているが、当ブログの本来の趣旨は、ピットフォールに陥りやすい症例や地雷的な症例を中心に紹介することだ。その症例の多くは、自験例ではあるが、適宜脚色を加え、個人が特定できることは決して無いように配慮してある。また時には、医療訴訟の判決文をベースに物語的風にアレンジして症例を紹介する場合もある。

さて、本日のエントリーは、今年の最初の症例提示型のエントリーだ。

症例 52歳 男性(肥満気味)  右側腹部痛

10年前に尿結石の既往あり。他、特記事項なし。3日前の早朝4時ごろ、臥床中に突然の右側腹部痛が出現。しばらくしたら軽快したため、予定通り仕事に出かけた。一昨日、昨日も間欠的な右側腹部痛を認めていたが、仕事はできる程度の痛みであったという。本日、15時ごろ、再び突然の右側腹部痛が出現したため、救急車で来院。来院時も疼痛は持続。背部に放散あり。移動する背部の痛みはない。嘔吐(+)、冷汗(-)。

意識 クリア  
バイタル BP  lt .165/99 rt. 161/103 HR 70 KT 36.7 RR 18/min SpO2 97
やや肥満体系。 右側腹部の叩打痛(+)。他、特記すべき身体所見なし。

病歴的には、典型的な尿路結石の感じだ。

さっそく、エコーで腎臓を覗いてみた。 う~ん・・・・・、あるようでないような・・・・ないようであるような・・・
(※ 尿路結石?と思える人に、我々が何をエコーで真っ先に見にいくかというと、それは水腎症の所見です)若干、体型的にもエコーが入りにくいのか? 判断は保留。

ちなみに典型的な水腎症のエコー所見の写真を下に示しておく。こんな絵をゲットできれば、我々は、一気に安堵感につつまれるのだ。(患者さんは、痛みで苦しんでいるのに申し訳ないが・・・・)

この人は、こんなきれいな絵は得られず、次の手に進んだ。

速攻で、テステープで尿潜血の有無を見といて!

看護師がすぐに調べてくれた。
テステープでは尿潜血(-)だった。

とりあえず、痛み止めとして座薬の効果をトライすることにした。

座薬を入れて15分後、痛みは5/10程度に軽減したが、まだ続いている。

う~ん・・・・・担当医Kは考えた。

病歴と理学所見は、尿路結石として典型的だ。しかし、水腎症や尿潜血陽性などの他覚的な証拠はない。

腎梗塞は? そうだ、脈は??
検脈をしてみた。レギューラーだ。心電図をみるまでもなく心房細動はない。
もちろん、12誘導心電図でも異常なしだった。

う~ん・・・・・と考えているうちに血液データも出てきた。

血液データ  WBC 9200 CRP 0.5  他特記すべきことなし。

血液データでは、大きなアラームサインといえる所見がないということはわかったものの、診断的に寄与する情報には乏しかった。造影CTを行うにあたり腎機能の問題はないことは確認できた。

この時点での、F医師の印象はというと・・・・
尿路結石くさいんだけどなあ・・・・。でも証拠がねえ!」といったところ。
「でも、そんなの関係ねえ!」と、もう尿路結石にしてしまいたいという誘惑に駆られるのだ・・・。
現場が多忙であればあるほど、どんどん小島よしおみたいになるのだ。

臨床の現場で、こういうことはよくある。まさに、我々の日常である

ここで、同僚のF医師が悩んでいるK医師を見て、患者にちょっといけてる質問をかました。
ビタミン剤を飲んでいませんか?
患者が、ちょっとびっくりした様子で
「ええ、飲んでますけど・・・それが??」と怪訝な顔。

F医師は、そおらビンゴだ。尿潜血(-)はそのせいじゃないの
といって、またどこかに立ち去っていった。

さすが、物知りのF医師だ・・・・と思いたいものの
K医師は、にわかには、F医師の質問の意図がわからなかった。

さて、K医師が、今すぐに決断しなければならないことはといえば・・・・
・この時点で、尿路結石としての暫定診断で話をまとめるのか?
・さらに、造影CTで、診断に寄与する情報を集めにいくのか?

悩みどころである。 皆さんなら、この方に造影CTとりますか?

造影CTには、患者側のリスクもある。不快感もある。コスト(患者負担)も増大する。
やるにしても、やらないにしても、それぞれ一長一短だ・・・・・・・

●造影CTをやったらやったで・・・・・ こんな紛争に巻き込まれるかもしれない。

A市に330万賠償命令 「十分な説明なく苦痛」
200X.XX.XX 共同通信 (全438字) 
 H県A市が運営するAA病院で、男性=当時(76)=が胆管などの
造影検査を受けた直後に死亡したのは、必要のない検査をし、経過観察を怠ったのが原因などとして、遺族が市に計約三千七百万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、K地裁H支部は四日、市に三百三十万円の支払いを命じた。判決理由でM.T.裁判長は、検査の副作用について病院の医師が事前に男性に説明しなかったと認定。「検査を受けるか病状の推移を見守るか、自ら適切な方法を選択する機会を失い、精神的苦痛を受けた」として慰謝料を認めた。しかし検査の必要性は認め、経過観察の態勢についても過失はなかったと判断。「仮に十分な説明があっても、男性が検査を受けた可能性があった」として逸失利益などの請求は退けた。判決によると、男性は一九九八年四月、胆管炎の疑いで入院。造影剤を投与する検査を受けた直後に、副作用による強いアレルギー反応で死亡した。同病院は「判決文を見ていないのでコメントできない」としている。共同通信社

このように、造影剤のリスクは0でない。検査を受ける方は、そのリスクは自分で背負い込むつもりで検査を受けてほしい。

●では、造影CTをやらないなら、今度は、こんな地雷疾患を引き当てるかもしれない・・・・

4千万円の支払いで和解  医療過誤訴訟、T高裁
200X.XX.XX 共同通信 (全370字) 
 S県H市にあるS病院で
大動脈瘤(りゅう)を見逃され死亡したとして、同市の主婦=当時(50)=の遺族三人が病院側に損害賠償を求めた訴訟は七日、T高裁(A.N裁判長)で和解が成立した。遺族の代理人弁護士によると、病院側が損害賠償金四千万円を支払う内容。訴状によると、主婦は二○○X年X月X日未明、背中の痛みを訴えて同病院に運ばれたが、救急外来の医師は腰痛と判断し、整形外科の医師も同様の診断を下した。主婦は一週間後、自宅で胸部大動脈瘤が破裂して死亡した。遺族側は「X日の時点で既に発症していた大動脈瘤を医師が見逃した」と主張したが、昨年六月の一審S地裁H支部判決は、医師の過失などを認めず、請求を棄却していた。S病院は「当初から誠意を持って対応してきた。和解という形で解決できたのは良かった」としている。

尿路結石?と思う患者群の中での最強の地雷疾患は、大動脈緊急だ。 過去のエントリーでは、尿路結石?に潜む地雷(その1) で触れている。しかし、この報道記事で私が思うこと-和解で解決でよかったという病院幹部の発言は、現場の医師の気持ちを踏みにじるものではないだろうか-。一審、請求棄却 ⇒ 遺族控訴 ⇒ 高裁で和解 っていうのも、現場の医師の感覚からすると違和感を覚える。あまりに患者救済色が強すぎはしないかということである。医療の限界を認めない社会が作られていくのは、こういう裁判事例とその報道を通してなんだなあ・・・・とつくづく私は思う。

さて、このように、私達の判断は、何かをやるにしろ、やらないにしろ、どっちを選んでも、その結果、何らかの有害事象が発生するリスクがあるのだ。これはまさに医療の不確実性の一つなのだ。その中で、我々は、最善をめざそうと努力しているのだ。医療を受ける人、裁判を起こしてやろうという人、自分は医療被害者だと思い込んでいる人、裁判に関わる専門の方々(裁判官、弁護士、検察官など)および報道関係者の人、こういう人たちに特に、私は声を大にして言いたい!
患者に不幸な転帰が訪れないように、我々は、せいいっぱい医療の不確実性と戦っているのだ。

そう、患者のためにがんばっているのだ。”誤診だ!”、”ミスだ!”等と結果論のみからで、(意図的にしろ、無意識のうちにしろ)我々の診療を否定する人たちにこそ、我々のこんな現場の悩みをわかってほしいものだ。

さて、症例の話に戻します。

皆さん方にお伺いしてみたいこと3点です。 
一応、造影CTは即とれるという診療環境においてとの設定とします。

1)さて、皆様がK医師の立場なら、もうここで診断を決めますか? つまり、造影CTをとらない
2)さらに、造影CTまで行って、まだ診断を追っかけますか?     つまり、造影CTをとる
3)ちなみに、F医師はなぜあんな質問をしたのだろう?

1)、2)以外の選択として、何かアイディアはありますでしょうか? ご教示ください。
(1月5日 記)

(1月6日 追記)

皆様、コメントありがとうございました。なるほど、確かに、単純CTを考えてみるのもいいかもしれないですね。ありがとうございました。

とりあえず、症例の続きです。

K医師は、F医師の発言が気になったので少し調べてみた。

「なるほど、ビタミンC(アスコルビン酸)が尿潜血反応をマスクすることがあるのか・・・」

K医師は、患者さんは、本当は尿潜血陽性という診断に重要な証拠が、ビタミンCのためにマスクされてしまっているとすれば、結局、尿路結石で診断を確定させていいように思えた。 

しかし、こういう魅力的な仮説があると、ついそのためにかえって視野狭窄になってしまうリスクがあることにも注意しないといけない。

K医師は、そう思いとどまって、尿沈査もきちんと確認した。

微妙な結果だった。 赤血球 5-10/HPF だった。

血尿があるといえばあるが、結石だとすれば少し少ないような気もした・・・・。

悩んだ挙句、やっぱり地雷を踏みたくなったK医師は、患者と相談の上、造影CTを行うことにした。

結果は、写真の如くである。

K医師の第一印象は、結局正しかった。 造影CTにより、大動脈緊急を完全否定でき、同時に尿路結石も確定した。

患者は、明日泌尿器科を再診の方針の下、帰宅していった。

結果さえでてしまえば、なんでもない症例である。 しかし、何でもない症例でも、普段私達はこうして悩んで、決断しているのだ。ぜひ、多くの医療をうける方々に、私達のそういう思いを伝えたくて、今回のエントリーとさせていただいた。

こういう地道な思考に基づいた診療を繰り返してこそ、地雷疾患の早期発見早期治療というファインプレーが初めて生じるのである。そういうファインプレーは、派手ではないので、なかなか多くの人にわかってもらえないのが寂しい限りである。


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患者紹介と地雷 [救急医療]

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急性期の総合病院は、近医よりの紹介を受けて、救急患者の診療に入ることも多い。その際、紹介元から紹介先への情報の送り方は、様々である。救急患者(と紹介元医師が考えている場合)の情報伝達の主な3パターンを挙げる。

1)紹介元が、紹介先の病院の紹介受付部署(地域医療連携部署など)に文書で紹介する。
2)紹介元が、紹介先の病院に直接電話して、診療を依頼する。
3)紹介元が、紹介先の病院に事前連絡を入れずに、患者に手紙だけ持たせて受診させる。

1)について
一番オフィシャルな形であり、紹介先病院の実情をよく知らなくても、紹介元の医師が紹介しやすいというメリットがある。時間的猶予が許される病態の紹介患者であれば、送り手、受けてともに一番負担の少ない紹介方法だと思われる。ただ、直接ドクター間のコミュニケーンが介在しない故のデメリットも存在する。

こんな例を紹介する。

76歳 男性  胸痛
ある先生が、狭心症の疑いと診断した患者。地域連携を通して文書で紹介。その先生は、循環器系の患者を日ごろ診療することのない背景にある先生。それゆえ、その先生は、その患者の病態が非常に緊急度が高いものという認識をもてなかったのだろう。そのためか、患者自身の車の運転で、紹介先の病院に向かわせてしまった。しかし、紹介をうけた循環器の医師が、その先生の所でとられた心電図を見ると、ST上昇型心筋梗塞であったそうだ。その循環器の医師は、紹介元の医師に対して本当に滅茶苦茶怒っていた。

「患者に、車を運転させるとは、何事だあ!!!(怒)(怒)(怒)」

気持ちは、わかる。しかし、紹介してくれた先生も、知識・経験として知らなければどうしようもないのかもしれない。とはいうものの、紹介元での緊急度の判断が甘かった故に起きてしまった患者状態の悪化も、紹介の受け手側の医師がリカバリーしなければならず、受け手側の医師の気持ちとしては、何か割り切れないものが生じる。 私の今の部署では、こういうことが起きるリスクを少しでも減らすために、当日の紹介依頼の救急患者がファックスで飛び込んできた場合には、その内容にチェックを入れ、必要に応じて、こちらから積極的に紹介元の医師と直接話をして、情報収集に努めている。こういう作業も地雷回避対策の一つである。地味ではあるが・・・・・。

2)紹介元が、紹介先の病院に直接電話して、診療を依頼する。

2)について
紹介元が紹介先の医師と顔見知りの関係にある場合によく使われる紹介方法。紹介元の診断が確実で、紹介先の医師がその専門治療にすぐ入れるような場合は、非常に効率の良い紹介方法となるのが大きなメリットだ。例えば、次のような場合である。腕の変形が明らかで、骨折の存在がレントゲンをとらなくても一目瞭然で、他の外傷は全く想定しなくてもいい受傷機転である場合は、紹介元⇒紹介先(整形外科)の流れが最もスムーズである。
別のメリットもある。受け手側も、相手のことを知っている場合なら、「あの先生なら・・・・」というすでに出来上がった信頼関係で話がスムーズになりやすいということだ。
しかし、デメリットもある。しかし、専門医は基本的に、救急患者に対応するために待機しているわけではないので、紹介元が直接連絡しても受け手側の連絡や対応がスムーズに行かないことが多いのがデメリットの一つといえる。

3)紹介元が、紹介先の病院に事前連絡を入れずに、患者に手紙だけ持たせて受診させる。

3)について
いわゆる「投げ込み」と称され、紹介をうけた医師たちからは最も歓迎されないタイプの紹介の型。まあ、言ってみれば、救急車が連絡もなく病院へやってきて、いきなり患者診療を要請するようなものだ。時間的緊急性も緊急入院の適応もないという判断に基づいて、正規の外来受診に紹介する場合には、この形も許容範囲だ。しかし、救急診療や時間外診療の場で、緊急性が高い病態にある患者や明らかに入院が必要と思える病態の患者を、このタイプで紹介する場合、紹介元と紹介先病院の医師間の信頼関係が破綻する場合さえある。それは、こういう紹介経路の途上で、不幸にも患者が地雷疾患で急死した場合などだ。この場合、患者-医師関係だけでなく、紹介元医師-紹介先医関係にもトラブルが生じるかもしれない。だから、紹介を受ける立場の者としての私個人の意見は、極力このタイプの紹介は辞めてほしいと常々思っている。もちろん、「紹介する側の事情を知りもしないくせに勝手なことを言うな」というご批判もあるだろうとは思ってはいる。それでも、私は、救急患者として救急病院に紹介する場合には、「一言」直接のコミュニケーションがほしいと思っている

次の経験も、私が日ごろそう考えるようになった大きなきっかけとなっている。それを紹介する。ちなみに当院には、脳外科がないということを付しておく。

56歳 男性  頭痛、嘔吐、意識障害
とある医院の紹介状をもって、家族の車で来院。当院には、何の連絡もなし。いわゆる「投げ込み」型の紹介。 紹介状の内容。 冒頭に、くも膜下出血の疑い と書いてある。

来院時、血圧160/100。意識は、来院時は清明。話を聞くと、突然の最悪の頭痛で嘔吐があったとのこと。病歴とバイタルを自分で確認して、たしかに紹介元の先生の言い分には納得。しかしだ・・・・・・!。ならば、脳外科へあるところに紹介すべきではないのか? なぜ、脳外科のないうちへ紹介?もしかしたら、紹介元の先生は、当院に脳外科があると思い込んでいたのかもしれない。そうとするならば、もし紹介の際に「一言」コミュニケーションがあれば、紹介元の先生はうちに紹介せずにすんだであろう。これが「投げ込み型」ゆえの紹介だから、このようなことになるのだ。患者側にしたら、迷惑な話である。

私は、すぐに脳外科のある病院に連絡を取って、この患者の転送依頼をした。CTすらとらなかった。それは、CTが陰性でも十分にくも膜下出血を考えるべき強い病歴とバイタルだったからだ。また、CTをとるという行為も当然絶対安全なのものではなく、再出血予防に注意を払うという観点にたてば、治療をすることのない当院でCTは不要というのが、私が即座に出した判断だった。脳外科の先生も、私の電話での話を聞いて、CT無しで受け入れOKの返事をくれた。こんなときは、専門医の先生は、本当に心強く感じるし、頼りになる。絶対安静と血圧コントロールは即開始して、私が救急車に同乗して、患者を搬送した。

後日、返事をもらった。場所は覚えていないが、脳動脈瘤のクリッピング手術無事成功したとのことだた。 何はともあれ、患者が助かったことをよしとしよう。

年末の休み前の時期になると、救急病院でよくささやかれる言葉
「この時期忙しくなるんだよねえ。投げ込みが増えるから」

もう、今年もこんなシーズンだ。患者を紹介する側も受ける側も、相手の立場を考えた仕事をしたい。

地雷来疾患で不幸な転帰をとる人を一人でも少なくするために

今年のエントリーは、これで最後にします。3月にブログを始めて、多くの方とお話をすることができました。ありがとうございました。多くのことを皆様方からのコメントから学ばせていただきました。それでは、皆様、よいお年を。





 


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検査前確率という考え方 [救急医療]

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医師の仕事の一つとして、患者の訴える症状から、病気を診断するというプロセスがある。診断がつけば、次は治療のステップということであるが、本エントリーでは、診断というプロセスのみにフォーカスをあててみる。患者側の立場にある方々に、医師の診断思考プロセスを少しでも理解してほしいというのが、切なる私の願いである。だから、本日はそういう目的でこのエントリーを書いてみた。

患者の年齢、性別、既往歴、症状などから、我々は、無意識のうちに、病名の仮説を立てる。そして、その仮説をさらに検証していくために、必要な検査、さらに必要な病歴、さらに必要な身体所見などを追加して、そしてその情報をもとに、その仮説を適宜修正していく。

この思考プロセスは、仮説⇒検査⇒検査結果の検証⇒仮説の修正⇒・・・(以下繰り返し) というイメージである。

仮説に挙がる疾患は、決して一つではない。必ず複数あるのだ。これを私たちは、鑑別診断といっている。だから、私たち医療者は、複数ある選択肢から、どれかに絞り込んで、最初の行動をはじめるしかないのである。

医療の診断プロセスを批判したいならば、「どう鑑別を立てて、どう優先順位をたてて、診療をすすめたか」という点を検証のうえ、批判するべきである。結果(=診断名)から時間を遡って、批判するべきでない。

このブログ上でも何度でもいっているように、悪い結果がでたことのみをもって、我々を批判するのは、極めて的外れである。人間には、後知恵バイアスなるものが、もともと備わってるのだから、患者側が医療者を批判したい気持ちに駆られるのは、私は理解できる。しかし、公正中立な判断が理性的かつ論理的に求められるべき法曹の方々、世間の感情形成に莫大な影響力を及ぼすメディアの人々、とくに情報発信の最終権限をもっているメディア組織の中でも比較的上層部の人たちには、私のいう医療者の思考回路を、是非とも理解していただきたいと思う。その上で、自分達の仕事の社会的責任を果たしてほしい。

医療者が、鑑別を立てるとき、現実的なものから妄想に近いものまで、とりあえずいろんなものを自分の思考回路の遡上にいったんは上げておくことは、私は容認である。しかし、現実的には、ありそうなもの、対応可能なものを、選別し、自分の頭の中にあがったものを取捨選択して、現実的な診断に向けて行動を起こさねばならない

その鑑別の取捨選択を行う際の重要な考え方が、診断理論の中の検査前確率という考え方である。

この検査前確率は、言い換えると、診療の場(=患者母集団)を考慮した疾患存在確率ともいえる、この確率が、病気の診断過程に多大な影響を及ぼすということを知っておくことが重要である。

それを、計算で示す。

その具体的計算として、心筋梗塞を血液検査で診断する状況を例示する。

心筋梗塞の血液検査的な診断には、CK-MBという物質が血液中にどれだけ漏れ出ているかを指標にして行われる。通常高ければ、心筋梗塞の診断に有用である。

そこで、ある人が、こんな仮説を立てた。
「心筋梗塞の見逃しを防止するために、来院患者すべてに、この検査をすれば、確実に心筋梗塞を診断できるあろう」と。

結論から言う。これは、誤りである。

では、証明しよう。 

発症4時間後の急性心筋梗塞に対して、CK-MB高値の感度、特異度は、それぞれ55%、97%である。
Diagnostic Strategies for Common Medical Problems P64よりデータ採用)
このデータは、正しいものとして以下話を進める。

計算のプロセスは、こちらをどうぞ。
診断とは確率にすぎない
http://sakura.canvas.ne.jp/spr/space_yhnt/index.html

さて、この計算プロセスを実行するに当たり、必要なパラメーターが、検査前確率である。
これは、先ほどいったように、診療の「場」を考慮した確率であるともいえる。

次の二つの母集団で、心筋梗塞の人が多い集団(=検査前確率が高い集団)はどちらだろうか?

母集団A:ある内科クリニックに徒歩でやってくる患者全体を母集団とした場合
母集団B:冷や汗を伴う胸痛を訴えて、救急車で病院に搬入した患者全体を母集団とした場合

当然、後者であることに異論はないであろう。 この直感を計算に乗せるために、これらの母集団における急性心筋梗塞の検査前確率をそれぞれ、1/1000、6/10としてみよう。 上記リンク先に示した方法で実際に計算すると、計算結果は次のようになる。

        検査前確率 ⇒CK-MB高値⇒ 検査後確率
母集団A    1/1000   ⇒CK-MB高値⇒ 16/100
母集団B    6/10     ⇒CK-MB高値⇒ 96/100

このように、CK-MB高値という結果は同じでも、検査前確率が違うだけで、こうも検査後確率が違うのだ。
つまり、かたっぱしから母集団Aの人に検査をし、そこでCK-MB高値の結果が得られても、その84%の人は、心筋梗塞を発症していないのだ。つまり、母集団Aでは、CK-MB高値という結果でもって、確実に心筋梗塞と診断できないのだ。一方、母集団Bでは、この検査が診断確定に極めて有用であることを示している。

このように、検査結果というものは、いつも即診断と直結するとは限らないのだ。 診療の場の違い(=母集団の違い)によって、たとえ同じ検査結果でも、診断確率は大きく変わってくるのだ。だから、我々は、検査結果の解釈に慎重を要するし、時には、検査前確率を考慮のうえ、ある検査をあえて行わないこともあるのだ。

その例を挙げる。 

例1:25歳女性、既往歴に特記事項なし、立ち仕事中に失神をした。

鑑別をあげると

1)神経調節性失神(心抑制型、血管拡張型、混合型)
2)不整脈の出現(頻拍性、徐拍性)
3)転換性障害(俗にいうところのヒステリー発作)
4)脳血管障害
5)低血糖
6)子宮外妊娠
7)肺血栓塞栓
8)過換気症候群
9)消化管出血
10)大動脈弁狭窄症
11)摂食障害をベースにした脱水
12)多発性硬化症
13)状況性失神(排便、排尿、咳など)
14)心筋症、先天性心疾患  
・・・・もうこの辺でやめておく・・・・・

まあ、挙げだすと、いろいろある。妄想レベルまで良しとすればさらにいろいろと出てくる・・・。これらの中で、一般的に言うと、この症例で、検査前確率として最も高いと思われるのは、神経調節性失神である。救急初期診療で、マークしておきたいのは、2)、6)、7)は、はずしたくないといったところか。 4)は、疾患存在確率的には相当に低く、失神ということだけをもって頭部CT検査を直ちに行う意義は、ほとんどない。それでも、患者側の希望に合わせたりとか、医師側の頭部疾患への思い込みが強い場合などは、現実的にCTをとることはあり得る。もちろん、何にでも例外はある。だが、このエントリーでは、そういう例外の各論には触れないことにする。よくある失神の患者において、研修医に、失神=頭CTと短絡的な思考にならないようにするのが、救急の現場での指導の重要項目の一つである

さて、次の状況ではどうか?

例2:25歳女性妊婦38週、既往歴に特記事項なし、分娩中に失神をした。

鑑別を挙げると 

1)子癇(前兆も含めて)
2)神経調節性失神(心抑制型、血管拡張型、混合型)
3)不整脈の出現
4)転換性障害(俗にいうところのヒステリー発作)
5)脳血管障害
6)低血糖
7)予期せぬ大量の出血
8)肺塞栓(塞栓子:血栓、羊水など)
9)下大静脈圧迫による静脈還流の低下
10)過換気症候群

等などである。産科の現場は、非日常なので、これらの鑑別リストは、ちと的外れなものかもしれない。現役の産科の先生のご意見を伺いたいところだが、どんなものであろうか?私には、5)の検査前確率が高いとは思えない。 だから、1)よりも5)を優先して行動を起こすことはありえないのかなとは思う。

つまり、私が言いたいのは、症例1においても、症例2においても、仮に、患者が結果的に脳出血であったとしても、最初の失神の時点で、

『失神出現で、直ちに、脳内病変を疑って脳CT検査を行い脳内出血と診断すべきであった』

と主張するのは、以上に述べた検査前確率を考えた視点からすれば、まったくもって的外れな主張だと思う。
なお、例2においては、1)を想定して、安静を優先とするなら、なおさら、緊急にCTをとる選択はあり得ないと思う。

我々は、複数の選択肢の中から、患者にとって最善と思える方法を取捨選択して、行動を決定する。しかし、多くの場合、結果(=主たる確定診断)は一つである。

ということは、他の鑑別に挙げたものは、すべてはずれということである。つまり、我々の診断思考回路において、検査結果のあてがはずれることは、全くもって日常であり、むしろ当たるよりも外れることのほうが多いという感覚である。

だから、悪い結果がおきてしまった場合に、
常に「・・・・を想定して診断すべきであった」という形で、医療者側の過失を主張することは、我々の思考回路に対する侵害行為ともいえないだろうか?

また、悪い結果を想定して検査を行ったが、それが幸いにも起きなかった場合には、
「・・・という不要な検査を行ったので、この検査の保険点数は認められない」と医療者側を経営的に締め上げることも容易に可能となる

この二つの主張に両立はあり得ない。しかし、この両者の視点で、医療者を責め続けているのが、今の日本社会でないのかと私はここに問題提起をしておきたいと思う。

裁判は、主張と主張のぶつかりあいの場なのかもしれない。だから、勝つためには、医学的な論理の整合性を意識する必要はないのかもしれない。ならば、裁判に、医学的な真実や思考プロセスは関係ないのかもしれない。
それでも、私は、医療という社会資源が、日本社会で危機にさらされている以上、関係者の賢明な判断に期待をしたい。我々が、医療者側の思考から見ておかしいと思える論理で、世の中が動いていく限り、医療の再生はありえないと私は思う。


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CT室で失われた命 [救急医療]

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医療を受ける方々の中には、CT室はただ単に検査をするだけの安全な場所と思っている方も多いのではないだろうか? 

一言、言っておく。大きな間違いであると。

検査なんかすぐ出来て、しかも安全・・・・・。こんな潜在意識を持っていれば、

どうしてCTをとらなかったのか?」 

「あのときCTをとっていさえすれば、助かったはずだ

こんな批判を、無配慮に無遠慮に、担当した医師に投げかけることであろう。

救急の現場の医師は、CT室が危険であることを、よくわかっていると思う。 CT撮影は、時に死のトンネルと化すこともあるのだ。

そんな自験例を本日は紹介する。

症例  48歳男性

自動車対自動車の交通事故。交差点で、直進中の車が左方から進入してきた車と側面衝突。搬入された傷病者は直進中だった車のドライバー。車は大破し、傷病者はシートベルトをしていなかった模様とのこと。来院時バイタル、sBP 108、HR124 KT35.6 RR 27 SpO2 100 (10L O2) 。意識は二桁だった。 バイタルは、プレショック状態だ。 

「おい、急げ! ラインをとれ、2本だ!」
「エコー、エコーを見るぞ、急げ!」
「気道確保も必要だ! 挿管の準備!」 こんな声を上げながら、複数の医師が患者に群がった。

搬送されるや否や、救急処置室は、戦場のようになった。 

当時、JATECなる日本の外傷初期治療など、まだ未確立の時代だった。
現場のリーダーの采配に、患者の命が握られている。 
リーダーの振る舞いは、その時、その時のリーダ次第・・・・・。
人によってやることがばらばら・・・・。
そんな時代だった。 

この患者の運命は、この日のERのリーダーだった私にゆだねれていたといっても過言ではない。

0分  バイタル 上記のごとく。 顔色不良。明らかな外出血はないが、右膝関節に変形あり。
     直ちに挿管の準備に入りつつ、一人はバッグで換気管理。
     二人は同時に左右からラインをとりに行った。
     ライン取れ次第、全開で輸液開始。

5分   腹部エコー。 脾、腎損傷が怪しい。 (今で、いうところのFASTに相当)
10分  ポータブルで、胸、頚部側面、骨盤 のレントゲンを撮影。 
              (JATECに準ずれば、ここでは頚部Xpは不要だったかも)
20分  気管挿管手技および確認作業完了
25分  レントゲン写真到着。 左血胸あり、恥骨結合に骨折あり。
              (ここで、トロッカーを入れなかったことは反省に値する)
30分  輸液が1000~1500程度入ったところで、血圧128 HR109

当時の私は、少し悩んだ。 何を悩んだか・・・・・

そう、CTに行くかどうかだ。 プレショックであり、多発外傷は間違いがないことはすでに判明している。頭は未評価だ・・・・・ でも、バイタルは輸液には反応してくれたようだ・・・・・・・
急性硬膜外(または下)血腫だって、十分あるかもしれないのだ・・・・

こんなことが私の頭をよぎった。

一般に、各臓器の専門医は、専門外の問題点に対して不安を抱くものだ。
腹部外科医は、頭のことを心配する・・・・・ 一方、脳外科医は、胸、腹のことを心配する・・・・・・
あたりまえのことだ。自分の知らないところで急変があったときに、だれもその責任を負いたいとは思わないだろう。多発外傷のマネージメントの最大の難しさは、その科間の舵取りであるといっても過言ではない。

とは、いうものの、悩んでいる時間はないのだ。 本当に何分間悩んだのか、私には記憶がない。おそらく、数十秒から数分以内の私なりの決断だったと思う。

「よし、CTで評価できる。GO!だ。」

当時の勤務先の病院は、救急処置室とCT室の距離は、廊下一つ分だった。救急室設計の時点で、処置室とCT室が最短になるように配慮されているためだ。
この距離の問題も、私にCT GO!を判断させた一因であったといまさらながらに思う。

外科病棟当直医と脳外科当直医に、この時点で同時に緊急コンサルトするとともに、患者をCT室へ行けと2名の医師に指示を出した。CTが出来るころに、二人の医師が降りてきて、主科の決定と優先治療順位を検討するという私の算段のうえのコンサルトだった。

その時点でのERは、この患者だけでなかった。 救急処置室に3~4名の診察が現在進行中の患者。やや離れたところの外来ブースでは、徒歩来院の患者の診察も進行中だ。
私の役割は、その全体の統括と管理だった。ERチームは、若手医師中心に私を含めて10名弱くらいだ。だから、私はこの患者だけにかまっているわけにはいかなったのだ。

CT室へ指示を出した時点で、私は、他の患者のマネージに走らざるを得なかった。こちらは、こちらで、またあれこれと指令をださないといけない・・・

ほどなくして、

「先生~~~~、心肺停止ですう~~~~!」


と先ほど指令を出したDrから、叫びにも近い連絡が入った。

55分 CT室から帰室。 脈が触れない。PEA(徐拍型)だった・・・・・・・・

唖然とした・・・・。 計算の上のCT GO!と判断したのに・・・・・・・あてが外れた・・・・・

降りてきてくれた外科当直医と脳外科当直医もこの患者の心肺蘇生処置に協力してくれた。私達は懸命にがんばった。しかし、患者の心拍が蘇ることはなかった。

122分  死亡確認。 

出来上がったCT像を見ると、左大量血胸、脾臓破裂、脳室内出血だった。

もし、これが今のご時世であったら、私の判断は、判断ミスとして糾弾され、訴訟にまで発展すれば、「CTをとらずに直ちに開腹術をすれば助かった。よって、○○○○円の損害賠償を命ずる」なんてなるだろうと思う。 本当に、恐ろしい世の中になったものだと思う。

CT室は死のトンネルという言葉はこういうことだ。 どんなに気をつけてもこんなことがあるのだ。

だから、現場を知らない人たちから、「CTをとりさえすれば助かったはずだ」なんて私は言われたくない。

シュミレーションで学ぶ救急対応マニュアル 千代孝夫先生編集 羊土社 P76~79から引用する

「CT」撮影中に呼吸停止!-「死へのトンネル」の配慮

●CTは、得られる情報と全身状態とを総合的に判断し実施すること
●あくまで、病態を優先し、全身の把握に努めること
●急変時には、あくまで基本に忠実であること

この症例は、私自身、患者を助けられたかもしれない・・・といまだに悔いている症例である。自分で思い、自分で反省するからこそ、次の診療のためにがんばろうと思えるのだ。
だが、他人から同じことを言われても、私の心には決して響かない。
むしろ、「だったら、お前がやれよ」としか感じないだろう。 人の心とはそういうものである。


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ある意識障害の患者 [救急医療]

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救急初期診療において、意識障害の患者の診療を行うことは、大変多い。意識障害の鑑別は多彩である。よって、医学生や研修医の間では、よく知られた意識障害の鑑別の記憶術がある。一般の読者の方も想定して、まずは、彼らがよくしっている記憶術をここに紹介する。 細かいところの記載においては、地方地方であるいは成書間によっても、違いがあるかもしれないことは、あらかじめことわっておく。

日本では、アイウエオチップス(AIUEO-TIPS)として有名であるが、英語圏の国では、ちょっと順番が異なり、AEIOU-TIPSとなっているようである。下記の表については、Clinical Practice of Emergency Medicine 4th ed. のP93にあるtableを、ブログ主が、日本語の順番に表を並び替え、拙訳をつけたものである。今回のエントリーの意図は、このアイウエオチップスに、ある個人的な提唱をしてみたいということである。

AAlcoholアルコール
IInsulin  インスリン(つまり、高/低血糖を意味する)
UUremia尿毒症
EEncephalopathy, Epilepsy, Electrolytes, Enviromental causes脳症(高血圧性、肝性など)、てんかん、電解質異常、環境要因(熱中症、低体温など)
OOpium麻薬
TTrauma, Tumor外傷、腫瘍
IInfection感染
PPsychiatric, Poison精神疾患、毒物
SShockショック

私が、初めて覚えた「アイウエオチップス」では、Sがsyncope(失神)だったように記憶している。微妙にバリエーションはあるようである。

この表からわかるように、救急外来に、意識障害の患者が搬入されると、いろいろと考えることが多いのである。まあ、実務的には、真っ先に血糖を図るのが先である。なぜならば、血糖は、ベッドサイドで簡易測定器で1分もあれば、測定できて、かつ、低血糖であるならば、速やかに治療のためにブドウ糖を入れることが重要だからである。仮に簡易測定器が手元になかったとしても、血糖値を検査で確認することなく、ブドウ糖を静脈注射するのは、容認である。低血糖が遷延することによる脳障害のリスクと高血糖増悪のリスクを天秤にかけた場合、圧倒的に前者を回避するほうが重要であること、および、意識障害の原因が血糖異常以外であった場合にでも、ブトウ糖投与の実害のリスクは限りなく低いからである。
救急医の立場から、「ああ~いけてねえ」と思ってしまうのは、意識障害=頭と短絡的に発想し、速攻で頭のCTに行ったはいいが、しばらくたって検査部から「先生、血糖値が15ですよ!」なんて電話をもらってしまうことである。こういうことは、失敗談としてうちうちに語り継がれている病院もきっと多いことと思う。

低血糖に関する参考エントリー :思い込みという落とし穴  ぜひこちらもご一読ください。


さて、本日の症例です。 意識障害の患者です。

75歳男性  主訴 意識障害

近医にて高血圧で通院中のADL自立の患者。21時20分、自宅の風呂場で、大きな音がしたため妻がのぞきにいったところ、脱衣場で、うつぶせに倒れている患者を発見。いびき様の荒い呼吸をしており呼名に応じない。明らかな痙攣などは認めなかったという。21時55分、病院到着。JCSⅢ-200、血圧128/60、脈58。

瞳孔正円右5mm、左7mm、対光反射遅延あり。右上下肢は弛緩性であったが、左上下肢は活発に動かしていた。不快刺激によって、除脳姿勢、両側Babinski徴候陽性であったという。

この時点で、どんな鑑別診断があがるのだろう? 

(12月12日 記 続きは後日)

(12月14日 追記)

皆様、コメントありがとうございます。 今回のネタ元は、急性死の症例 100 名古屋大学出版会 P150 からです。この本は、剖検に基づいているので、確実な死因をおさえた上で、患者の病歴を、時間を遡って(=レトロスペクティブに)検討ことができるのが大きなメリットだといえます。我々は、その知見を元に、今後の診療に生かすときには、今、現時点をみながら、患者の病状を予測しながら(=プロスペクティブに)、診察していくことになります。 

さて、症例の経過を続けます。

病院到着(4/27 21:55pm)の約6時間後(4/28 3:30am)には、意識レベルが次第に回復し指示にある程度従えるようになる。このころから右上肢を激しく動かすようになり、起き上がろうと暴れるため、四肢を抑制。入院の翌々日(4/29)には、意識レベルは明らかに改善し、指示にも従えるようになった。その日の晩(4/28 18:40pm)、家族と談笑中に、突然、呼吸停止、意識レベルⅢ-300、脈拍40となり、18:50pmに心停止。19:36pmに死亡確認。

こんな経過でした。実は、あえて抜いていた経過があります。それは、救急隊現着時のバイタルです。
みなさん、情報提示で、あれ?って思いませんでした? そう、わざとやっていたのです。

4/27 21:36pm 救急隊到着。 意識Ⅲ-300 血圧64/47 呼吸数20 脈拍34

これを出すと、皆様ならすぐわかってしまうだろうという思いもありました。 

これは、大動脈解離に続発した意識障害の症例でした。 大動脈緊急疾患は、地雷疾患の横綱です。

意識障害の患者にショックのバイタルの合併がないかどうかを洞察することはとても重要です。そして、もし合併があれば、ショックバイタルの鑑別を考えることを優先しなければなりません。 その意味で、pulmonary先生の次のコメントは、多くの時間外診療や救急診療に携わる方々、特に若手研修医の先生に置かれましては、深く心に刻んでほしいものです。

ただこの患者のvitalは微妙です。高血圧加療中ですから、もとの血圧次第ではshockかもしれません。また頻脈はないですが、βblocker、Ca拮抗薬などでmaskされているだけかもしれません。

この症例が、これに該当するかが問題ではなく、このような医師の思考回路が地雷回避に大きく役に立つということをいいたいのです

関連エントリーを二つ挙げておきます。いずれも自験例。 
 脳梗塞というふれこみ  答えは一つとは限らない

この症例の剖検所見とコメントを以下に引用します。

<この症例の剖検所見>
上行大動脈に解離がみられ、解離は、左総頚動脈および右総頚動脈および腹部大動脈にも認められった。左右の冠動脈口にもみられたが、その内腔を閉塞するほどではなかった。脳には特記すべき所見は認められなかった。

<神経内科医師のコメントからの引用です(抜粋)>
4月27日に脳への大血管の起始部を巻き込む形で大動脈弓、下行大動脈に解離が起こり、29日にさらに上行大動脈への解離が進み心のう内に破裂が起こった可能性が考えられる。一過性に見られた意識障害の原因としては、解離によるショック(救急隊が到着した際に血圧が低かった)か脳への大血管起始部が解離に巻き込まれることによって起こる急速な脳血流の可能性が考えられた。

私も同意です。しかし、もし、救急隊がショックバイタルを的確に医療機関に伝達できなければ、なかなかショック+意識障害として、鑑別作業を始めるのが難しかったかもしれません。 この症例は、CTやMRを撮っていたのかどうかが、本からはうかがい知ることができません。普通とりそうな気がするので、撮っていたと仮定すると、意識レベルが回復した経過、剖検で脳に所見がなかったことを鑑みると、きっと画像上の異常は出てなかったのだろうと思います。

ここから、教訓的になる診療上のパターンを拾い上げるとすれば、「あきらかに脳梗塞の所見があるのに画像上や臨床経過で?となることがあれば、大動脈緊急を疑ってみること」 と言えそうです。

さて、最後にまとめとして、このエントリーで言いたいこと。

AIUEO-TIPSのAには、Aorta(大動脈)のAも入れておこう 

ということです。つまり

AAlcohol Aortaアルコール、大動脈緊急

ということの個人的提唱です。


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吐血という触れ込み [救急医療]

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多くのブログですでに取り上げられている次の事例ですが、ここでは少し違った視点から話題提供してみたいと思います。ただ、その前に個人的な思いは述べておきます。

16病院が受け入れ拒否 66歳男性死亡 兵庫・姫路   魚拓

兵庫県姫路市で6日未明、肝臓に持病がある男性(66)が吐血し、救急車が搬送先の病院を探したところ、近隣の16病院が「専門の当直医がいない」「処置中」などを理由に、受け入れを拒否していたことがわかった。男性は約2時間後、約30キロ離れた同県赤穂市の病院に搬送されたが、死亡が確認された。

 姫路市消防局などによると、6日午前0時7分、同市内に住む男性の家族から
「意識がぼんやりしていて、吐血もした」と119番通報があった。救急車は3分後に男性宅に到着し、救急隊員が車内から姫路市、兵庫県高砂市、同県太子町の16病院に受け入れを要請したが、拒否が続き、午前1時20分、17病院目の赤穂市民病院が応じたという。このほか、2病院では電話がつながらなかった。

 男性は搬送中の同40分、
容体が急変。心肺停止状態に陥り、午前2時17分に同市民病院で死亡が確認された。同病院は死因を明らかにしていないが、男性は肝臓が悪く、3年前までほかの病院に通院していたという。

 病院側が断った理由は、「専門の当直医がいない」が5カ所、「ベッドが満床」が4カ所、「処置中」が4カ所、「処置困難」が3カ所だった。国立病院機構姫路医療センターは「症状が重篤と判断したため、内科の救急対応ができる病院へ搬送してほしい、と要請した」としている。

 姫路赤十字病院は脳外科医が当直で、「専門医がいる病院を」と回答。姫路聖マリア病院は夜間救急搬送先の輪番制で「内科・外科」の当番に当たっていたが、午前0時ごろから相次いで別の救急患者が搬送されるなど、医師7人全員が手術や救命措置にかかりきりになり、受け入れを断ったという。

 市消防局の浅見正・消防課長補佐は「救急隊員はみんな助けたいと思っていたので悔しい。全国的に医師不足が問題となる中、専門の当直医が減って受け入れを断られるケースが増えている。今回の事案を精査し、同様の事態を繰り返さないよう病院と協力する態勢を作りたい」と話した。

ここでは、この事例における社会構造的な問題は、いろいろとあるでしょうが、一点、私が感じていることは、日本社会そのものが、「病死という自然現象に直面化できていない」のではないかということです。だから、「社会として病死を受容できていない」と考えることができます。 「病死は避けるべきもので、あってはならないもの」というおそらく社会的な無意識の大前提を、本当にそれでいいのかと問い直す必要があるのかもしれません。現社会基準よりももっと病死が当たり前の社会ならば、この事例そのものに、ニュースバリューがなくなるわけで、ところが、現実は、毎度毎度大騒ぎです。特に大淀病院以降、マスコミの騒ぎ方はヒステリックなまでに顕著です。だからこそ、私は、「病死を今一度自然なものとして粛々と受け入れる社会」というのを、次世代にめざすべき社会像として個人的に提唱してみたいと思います。

救急隊からの第一報は、極めて不確実性に富みます。これを医師は救急隊の能力のせいにしてはいけません。 それは、現場の限界性から仕方がないことなのです。 だから、救急システムの理想を言えば、ER型救急システムなのかもしれません。 ER型救急システムの詳細については、こちらをご覧下さい。 理想を言うのは、簡単ですが、現状の医療資源とマンパワーでは、日本全国にこのシステムを張るだけの余力はありません。

私のブログ上では、この受け入れ不能の社会問題に対しては、これ以上、自分はコメントしないということをあらかじめ明示しておきます。私の気持ちとしては、ネット上の文字媒体だけで、不毛な議論をやりたくないからです。

さて、ここからが本日の本題です。多くの人は、この事例は、消化器の緊急と考えるでしょう。だから、受け入れは、消化器科専門医がいるのがベストだと考えるでしょう。 それは、それで、正論です。私も賛成です。ですが・・・・、時に意外なことが起きてしまうのも救急の現場の現実です。
そういう意外性をどれくらい考慮して、現場で立ち振る舞うか??難しいです。正解はありません。ただ、そういう気持ちが、診療上での地雷回避につながるものであろうと私は信じています。

私の自験例を紹介します。

56歳 女性  「吐血です!」と救急隊より受け入れ要請。

慢性C型肝炎、肝硬変で当院消化器科かかりつけ。 朝、朝食時に、気分不良で吐血した。当院がかかりつけであるため、救急隊は、当院を搬送先の第一選択として決定し、要請した。救急隊からの電話は、当院の看護師が受け取り、上記のような簡単なやり取りがなされた。かかりつけだったので、こちらとしてもあまり細々と聞かずに受け入れOKの返事をした。10分後に到着予定という。 初期対応するのは、私と一年次研修医Sの二人であった。

受け入れ決定から、患者到着までの待ち時間は、頭の準備体操の時間として有用だ。しばし、私は、この時間を利用して、研修医に頭の準備体操をしてもらっている。以下は、そんな準備運動の一こまである。

私 「おいS君よお、肝硬変の患者で吐血だってよ?何考える?」
S 「はい、そりゃ、食道静脈瘤の破裂に決まってますよ!
   簡単すぎますよ!」
私 「そうだなあ。正解だなあ。レベルがちょっとぼんやりって言ってたね。」
   「何、考える?」
S 「はい、そりゃ、高アンモニア血症ですね。簡単すぎますよ!」
私 「そうだなあ、正解だなあ。速攻で血糖に加えてアンモニアも出そうな」
   「で、患者がもし吐いてたら・・・・・・」
S 「 嘔吐ですか? もしかしたら、あれ・・・・」
私 「そう、あれあれ・・・・」
S 「 でも、静脈瘤でもあれでも内視鏡緊急で消化器コンサルトですよね。」
私 「最悪のエピソード考えてみようよ。」
S 「え?? ・・・・・・」

私の問いに、元気だったSからの解答が止まった。

待ち時間に、こんなやりとりをしていたのだが、なんと、患者は本当にその最悪のエピソードであった。
なかば、冗談半分で言っていたワーストシナリオが現実のものになろうとは思いもよらなかっただけに、私にとっても大変印象に残っている症例である。

私は、彼にどんなWorst scenarioに気がついてもらおうとしていたのでしょうか?

(12月7日 記 続きは後日)

(12月8日 追記)
皆様、コメントありがとうございます。最悪といえば、確かにAorto-enteric fistula(AEF)は最悪ですね。当時は、想定していませんでした。 私が考えていた最悪のエピソードとは、ずばり皆様のご指摘の通りです。

では、続けます。

10分後患者が到着した。救急車まで、私は患者を出迎えに行った。
救急隊が降りて来るや否や、私は救急隊に質問をかました。

私 「バイタルは? 意識は?」 
救急隊 「血圧は、230/110 です。 意識レベルはJCSの1群です。」

私 「吐血の量は?嘔吐は?」
救急隊 「はい、吐血の量は少量だったようです。嘔吐をしていたそうです。」

この時点で、やはり、これは頭のトラブルだ!と直感した。

患者が、救急隊のストレッチャーから、処置室のベッドに移された。
それと、ほぼ同時の出来事だった・・・・・

患者 「あ~あたまが~~、いた~~い」 とか細い声を上げた後
    「・・・・・・・・」

患者の反応が亡くなった。同時に失調性の呼吸になった。

私 「 おい! これは、頭だ! CTをとるぞ。S、段取りを頼む」
S 「あ、はい!!」

私 「いかん、CT室まで呼吸が持つか?、 バイタルは?」
看護師 「はい、血圧240です!」

私 「ペルジピン2mg 用意して。それと挿管する 」

一刻の猶予もない状況と判断して、ペルジピンをショットしつつ、私は気道確保を選択した。
その後、CTをとった。

予想通り、くも膜下出血(SAH)だった。 おそらく、私達の目の前で再出血を起こしたのだろう。
脳神経外科対応が可能な近隣の病院へ大至急転送の運びとなった。

この症例のまとめとして、次のパターンは抑えておきたい。地雷対策の公式のようなものである。

頭部緊急疾患の発症(SAH、小脳梗塞や出血) 
⇒ 頻回の嘔吐が出現
⇒ マロリーワイス症候群による吐血 
⇒ 主訴や触れ込みが「吐血」として来院

∴消化器疾患で思考停止すると地雷にはまるかも

このように、救急要請のレベルで、第一報が、吐血であったとしても、必ずしも消化器の専門医が対応するのがベストとは限らないのである。これが、救急の現場における医療の不確実性なのである。 この不確実性は、残念ながら、多くの人に理解されていない。 多くの人たちは、現場を体験しないので、ある意味当たり前なのかもしれない。しかし、世の中は、この不確実性を理解しようとしているだろうか? メディアは、世間に理解させようとしているだろうか?

答えは、Noである。 むしろ、その逆である。 この数年間を通して、メディアは、医療の現場を報道を通して叩き続けてきた。 裁判は、被害者救済の論理および法の論理に基づいていわゆる「トンデモ判決」なるものを出すようになってきた。それによって、我々は、現場を知ってる者のみしか身をもって感じることのできないであろう途方もない絶望感を味わってきた。

救急の現場から、医師がいなくなる・・・それは、ここ数年の社会情勢からすれば当然の帰結である

と救急の現場のど真ん中にいる私は、言わざるを得ない。

現場から医師がいなくなる。医療が、受けられて当たり前のものでなくなっていく。

この現実の流れに、私達は逆らうのではなく、この流れを仕方がないものとして受け入れていく心積もりをしていく必要があるであろう。もちろん、問題解決に対して精力的にがんばる人たちを、私は否定するつもりはさらさらない。ただ、仕方がないと考えたほうが、あなたの心が楽になりませんか?という問いかけだと思ってもらえればいい。

財政破綻や医療崩壊の社会問題を収束させる鍵は、 国の役人でもなく、国会議員でもなく、医師でなく、法曹でもなく、マスコミでなく・・・・・
国民ひとりひとりの心の中にある「あきらめと受容の心」を育むことなのかもしれない。これからは、生き方の価値観を変容させていく必要があるのではないだろうか?

私が好きな詩をここにもう一度引用する。

こちらを参照    今日は死ぬのにもってこいの日 ナンシー・ウッド(著)

元気なうちから死に時を考えるという気持ち・・・・日ごろの我々に欠けている視点ではないだろうか? 

(当エントリー No23 ある老人の突然死 からの再掲です )


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ある咽頭痛の男性 [救急医療]

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時間外診療において、咽頭痛を訴える患者を診療することは、ごくあたりまえの日常である。扁桃炎、咽頭炎でよく認められる症状である。こんなとき、我々は、息苦しさなどの症状がないこと、口腔内を観察し、著しい口蓋垂の変位を認めないことや、聴診で吸気性の喘鳴を聴取しないこと などを指標に上気道に深刻なトラブルが起きていないかどうかを診察にて評価する。万が一、こんな所見があろうものなら、red-flagである。耳鼻科緊急としての速やかな対応が要求される。裏を返せば、そんな所見がなければ、我々は、よくある咽頭炎、扁桃炎としての、ありきたりの対応をするしかないということになるのだ。

しかし、そういう我々としてできる対応をきちんとやっていても、中には、たいへんまれであるが、不幸な転帰となる患者も存在する。 最近のエントリーで紹介した「急性心筋炎」の症例もそんな不幸な転帰の一つだ。日常診療の中での医療の限界性の一例だ。 参考エントリー:あなどれない風邪

では、本日紹介する症例は、いったいどんな転帰になるのだろう?

31歳 男性(Yさん) 咽頭痛

前日は居酒屋で飲酒し、23時に帰宅し、0時に就寝した。翌日(日曜日)は、午前中より、喉の痛みを自覚。午後2時ごろ、救急外来の時間外外来を受診した。担当したのは、その日の内科外来当直であったD医師。

D医師 「今日は、どうされましか?」
Yさん 「喉が痛いんです。ちょっと声も嗄れてますし、痰もでます。」
D医師 「咳やお腹の症状はどうでしょう?」
Yさん 「咳もお腹の症状もありません」

Yさんは、普通に診察に入ってきて、普通にこのような診察上の会話をこなした。D医師は、特段Yさんの声に違和感を覚えなかった。
体温は37.2度、 血圧、呼吸数など他のバイタルに著変はなし。

D医師は、身体診察を始めた。 右頚部と右耳下部あたりに腫脹と圧痛を認め,口蓋扁桃の発赤を認めたが,扁桃の腫大は認められなかった。また,聴診の結果,呼吸音に異常はなく,心音にも亢進などの異常は認められなかった。 

Aさん 「 扁桃炎が考えやすいように思います。 今日は、そのお薬をだしておきましょう。
     薬のアレルギーはありますか?」
Yさん 「いえ、ありません 」

Aさん 「 消炎鎮痛剤と抗生物質をだしておきます。 今日は時間外ですし、
      あなたの場合は、耳鼻科の専門の先生に一度みてもらうのがいいかもしれませんが
      あいにく、今当院に、耳鼻科医は不在です。 症状が悪化するようであれば、
      次は耳鼻科の先生に診てもらってくださいね」
Yさん 「はい・・・・」

こうして、D医師の診察は、問診と身体診察のみで終了した。

Yさんは、一緒に来ていた友人と相談の上、自分達で調べて、休日診療をしている耳鼻咽喉科の医院を見つけて、午後2時半には、耳鼻科医であるK医師の診察をうけることが出来た。

K医師「 どうしました?」
Yさん 「喉が痛くて、先ほど内科の先生に診てもらい、扁桃炎といわれたんですが、
     できれば耳鼻科の先生のほうが良いっていわれましたので・・・・」
K医師「 そうですか。それでわざわざおこしになったのですね。
     呼吸困難や嚥下痛はありますか?」
Yさん 「いえ、ありません。」

K医師は、間接喉頭鏡により咽喉頭部を視診したところ、喉頭蓋を含む咽頭部の粘膜に発赤が認められたが、喉頭蓋に腫脹は認められず、その下部にある仮声帯や声帯を十分に観察することができる状態であった。急性喉頭炎、急性咽頭炎、鼻アレルギー、右急性中耳炎と診断し、好酸球検査のため鼻汁を採取した。処置としては、喉頭部に抗菌製剤のネブライザーによる噴霧などを行ったが、薬剤については、Yさんが前医で処方を受けたと説明したため、新たに処方することはしなかった。

わずか、10分のほどの診察であった。

Yさんは、友人と一緒に、自宅へ向かった。 その途中、Yさんは、喉の渇きを覚え、ペットボトルの水を購入したが、喉の痛みのため、飲みずらそうな様子であったという。
午後4時には、帰宅し、処方された薬をのんで、10分後には、臥床した。

午後4時40分ごろ、その自宅にて・・・・・・・

さて、Yさんの身に何がふりかかってきたのだろう?
(続きは、後日  12月3日 記)

(12月4日 追記)

皆様、コメントありがとうございます。 まずは、続きをどうぞ。

午後4時40分ごろ、Yさんは、突然起き出し、布団の上に座り、友人にもたれかかるように、

「く・苦しい!息が・・・・、救急車を」

と言い、口の中に手を入れながら・・・・

「口をこじ開けてくれえ・・・・・・」

などと訴え始めた。

びっくりした友人は、4時57分、救急車を要請した。

ほどなく、Yさんは、意識を失ってぐったりとした。

5時5分に、救急隊により心肺停止状態(CPA)が確認された。
5時32分、救急病院に到着。CPA継続。

引き続いて、心肺蘇生処置が施された。その際に施行された気管挿管時に、救急医が見たものは、著明に赤色に腫大した喉頭蓋だった。声帯の直視はできなかったが、なんとか挿管に成功。気道チューブによる気道確保がなされたとのこと。

しかしながら、懸命な蘇生処置にもかかわらず、Yさんは反応せず、6時6分、Yさんの死亡が確認された。

Yさんの死因は、急激に発症した急性喉頭蓋炎によって気道が閉塞したことによる窒息死であった。
こんな短時間で、窒息死を起こしてしまう急性喉頭蓋炎、まさに恐るべき地雷です。

この激烈な経過を医師が予見できると思われますか? 私は、まず不可能だと思います。 
二人の医師に落ち度があると思われますか? 私は、二人とも何の落ち度もないと思います。

この症例は、ある医事紛争の判決文をもとに書いています。 

つまり、こんな回避不可能な事例でさえ、裁判になっているということなのです。 確かに、残されたご遺族にとっては、医療機関にかかった直後に死亡という結果になれば、にわかには、その死を受け入れがたかったとは思います。裁判をおこすかどうかもきっとずいぶんと苦しみお悩みになったのであろうとは思います。

しかし、訴えられる側としては、たまったものではありません。 不毛な争いだと思います。
下手すりゃ、医療者は、マスコミの無神経無理解な報道による、報道被害も受けます。

病死は病死として、だれの責任でもなく、仕方が無いと思える心

こんな心が、今の社会には忘れ去られているような気がしてなりません

それは、ある意味当然かもしれません。 「死」を避けるべきもの、罰せられるべきものとして法体系が作られ、ひとたびどこかで事故死があると、マスコミにはヒステリックに、感情的に騒ぎ立て、だれが悪い、だれの責任だと騒ぎ立てる社会なのですから、仕方がないという心性が自然に育つ社会環境であるとは、私には思えません。

死による別離を受容していくプロセスに、もっと社会がシステムとして援助していけることが必要だと私は思っています。

たとえば、このYさんの事例、裁判なんかをするより、社会システムとして、のこされた家族が、Yさんの死を、どう意味づけ、悲しみの表出をどう援助していくのか、経済的な問題を福祉としてどうサポートしていくのか・・・
そういうシステムさえ、社会に存在していれば、医師と患者の不毛な争いなんて避けられないでしょうか? そうなれば、医師は安心して、患者の救命のために、自分のスキルを生かして援助できないでしょうか?

こんな事例が裁判になる時点で、多くの医師は、現場から引いてしまいます。私はそう思います。

遅くなりましたが、この裁判は、医師側の完全勝訴です。 報道はなされていないようです。そう考える根拠は、G-searchで見つけることはできなかったということです。

私自身、急性喉頭蓋炎の患者を前にしたとき、自分が救命できるかどうか自信がありません。もちろん、そのために、人形を使ってシュミレーションしたり、自分の医療施設で、すぐに道具が出てくるようにとかの準備はしています。

最初の頃に、こんなエントリーを書きました。こちらも御参考ください。もっとも当たりたくない地雷

窒息死をきたすほどの重症の急性喉頭蓋炎という疾患自体は、すごくまれだと思います。しかし、訴訟の割合はすごく大きいのかもしれません。 こんな訴訟例もありました。

「診断不適切で男性死亡」 遺族が病院側を提訴 
200X.XX.XX  
 急性喉頭蓋(こうとうがい)炎の診断が適切に行われなかったため死に至ったとして、XX市の会社経営の男性(当時58)の遺族が2日、市内の民間病院を経営する法人と診察した医師を相手取り、約5700万円の損害賠償を求める訴訟を地裁XXX支部に起こした。訴えによると、男性は昨年1月、夜間にのどの痛みを感じて病院を訪れたが、当直医は簡単な問診をするだけだった。帰宅後も痛みは続き、男性は翌日未明に救急車で別の医療機関へ搬送される途中に呼吸停止。12日間入院し、死亡した。喉頭蓋は、のどの奥にある舌状の突起。喉頭蓋が炎症を起こす急性喉頭蓋炎は、窒息死の危険があるという。原告は、医師が急性喉頭蓋炎を疑って検査をするか、専門の医療機関への転送手続きを取るべきだったと主張。転送中の症状悪化に備えた気管切開、気管内挿管の準備も必要だったとしている。病院側は「訴状を見たうえで、見解を述べたい」としている。朝日新聞社

「症状見落とし」遺族の請求棄却 地裁XXX支部判決
200X.XX.XX  
 のどの痛みを訴えてXX市内の病院で診療を受けた男性(当時58)が死亡したのは急性喉頭蓋(こうとうがい)炎を見落としたためだとして、遺族が病院側に約5700万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が28日、地裁XXX支部であり、XXXX裁判長は原告の請求を棄却した。判決によると、男性はXX年1月の深夜、内科の夜間救急診療をしている同病院を訪れ、耳鼻咽喉(いんこう)科受診の必要を説明されて帰宅。まもなく息苦しくなり、救急車内で心肺停止となって11日後に死亡した。判決は、急性喉頭蓋炎は内科領域では
まれで、当直医にこの症状を疑うことを期待するのは極めて困難とし、注意義務違反があったとは認められないとした。 朝日新聞

今回紹介した2つの裁判事例は、裁判官は公平中立な判断をしていると評価します。

今回の地雷症例に、医師側は、打つ手としてこれというものがありません。医師側がどんなに努力しても、勝てない病気が世の中にはあるものだという認識をできるだけ多くの人に知っておいておしい。そういう思いでこのエントリーを書きました。 受け入れられない死を、誰かのせい(例えば、医師のせい、行政のせい)にすることで、その対象をうらみ続け、戦い続けるより、あきらめて受け入れていく道をとること、そんな選択を出来る人が、できるだけ世の中に多くいてほしい。私は強くそう思います。医師としてではなく、一人の人間として。

 


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インフルエンザ流行期に潜む地雷 [救急医療]

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今年も、ぼちぼちとインフルエンザシーズンに入ろうかというところだ。流行のピーク時の時間外診療は、患者の絶対数が増え、その多くがインフルエンザの患者ばかりとなる。そんな時に、インフルエンザと似てるが非なる地雷疾患が、ぽつっと紛れ込んだりすると、残念ながら、それを拾い上げることは、かなり難しいといわざる得ない。インフルエンザと考えられる患者全てに対して、フルに鑑別を考えて、丁寧に対応していれば、現場は回らないからだ。医療者は、どちらかというと「さばき」モードの診療にならざるを得ないのだ。当然、地雷疾患発見の感度が鈍ることになるであろう。 さて、今シーズンの流行の規模はどれくらいになるのであろうか? これからのそんなシーズンに備えて、地雷探知の嗅覚だけは、ふだんから鍛えておきたいものだ。

かつて、インフルエンザ流行期に遭遇したある症例を紹介する。

71歳 女性  主訴 全身倦怠感

インフルエンザ流行の真っ只中の2月1日の22時に、とある救急病院の時間外外来を受診した。 初診。ADLは自立。他院で高血圧の薬を飲んでいる。糖尿病(-)。数日前より、咳、痰が出現し、市販の風邪薬を服用していた。頭痛は軽度で、関節痛や筋肉痛は認めていなかった。本日になって、37度台の発熱も加わってきた。 午前10時ごろ、全身倦怠感が増悪し、コタツで臥床していた。少し汗をかいたとのこと。背中や両肩の筋肉の重たい感じはあったが、胸痛は認めていない。30分ほどの臥床で症状は軽快したという。この日は、自宅で普通に過ごしていたが、咳は続き、痰もでていたという。本日は頭痛はなかった。20時ごろ、再度午前中と同じような全身倦怠感と発汗が出現し、両肩と背部の筋肉の重たい感じが出現した。胸痛や動悸はともなっていない。 インフルエンザかもしれないと思い、受診した。

来院時バイタル BP129/82 HR67整 KT37.8 RR20 SpO2 97

担当したのは、当時一年目の研修医T。 この日は、患者が多く、上級医師から、「さばけ、とろとろやるな」という指令が出ていた

ざっと身体診察を行ったが、候咽頭、頚部、胸部などに、これといった所見を認めなった。両肩と背部の診察において特にはっきりとした圧痛などは認めなった。 患者希望に応じて、インフルエンザ迅速の検査はさっさとすませて、研修医Tは、上級医師の指令もあることだし、次の患者の診察に入ろうかと思ったが・・・・・・・・

さて、研修医Tは、この後どういった行動に出るのだろう?

(11月29日 記  続きは後日 )

(12月1日 追記)

みなさま、たくさんのご意見をありがとうございます。髄膜炎、感染性心内膜炎、胆のう炎、腸チフス、ブルセラ、髄膜炎、レジオネラ、オウム病、オウム病、亜急性甲状腺、甲状腺機能亢進症、リウマチ性多発筋痛症(PMR)、敗血症、ネコ引っかき病、acute HIV infection、結核、急性冠症侯群、急性大動脈解離、くも膜下出血、リウマチ熱・・・・これだけ多数の想定疾患のご意見をいただきました。本当にいろんな視点があるものですね。勉強になります。

さて、症例を続けます。

研修医Tは、病歴は、インフルエンザらしくはないにしろ、上気道炎様のものはあるにはあるが・・・・
ただ・・・・

肩の重たい感じ、発汗、全身倦怠感、持続30分、・・・ 

研修医Tは、このあたりがなんとなく引っかかったのだ。

このひっかり感は、コメンテータの先生方も同様に感じておられるようです。

アメリカER医先生
頭痛・両肩/背中の重さが引っかかります。
この時点で怖いものから鑑別を挙げるとしたら、髄膜炎・ACS・AAD・SAHですかね

僻地外科医先生
私も両肩と背中の痛みからACSをまず除外したいです

kikumiです先生
胸部X線写真、心電図、血液検査でよいのかなあ

こういうインフルエンザ患者でごったがえす多忙な外来においては、ちょっとしたことを「ん?」と思えるかどうか
これが、地雷疾患の嗅覚といえるのかもしれない。でも、こんなこと言っても、本当に難しいですよね。私の所属する現場では、心電図をよくとってますが、ほとんどは何もないんですよねえ・・・・実は。

日本におけるER型救急の第一人者である寺沢先生の本から引用してみます。
研修医当直医御法度 症例帖 寺沢修一 三輪書店 P48

急性心筋梗塞の胸痛:胸痛だけに注目すると、1/4は誤診される。下表は、急性心筋梗塞102名の主訴の集計である。これによると26%が胸痛以外の症状で来院している
主訴
胸痛75
呼吸困難14
腹痛・心か部痛5
全身倦怠感4
左上肢痛1
1
悪心・嘔吐1
失神1
合計102

研修医Tは、こういうことをどこかで刷り込まれてたのであろう。だからこそ、忙しい外来のさなかにおいてさえ、「ん?」という気持ちが生じたのであろう。

こうして、研修医Tは、この患者に12誘導心電図をとったのだ。

ご覧の通りである。 

このたった一枚の心電図で、
ST型上昇型心筋梗塞(STEMI)として、緊急に動かなければならない状況が判明した。

このように、心たった一枚の心電図が、時として重大な方針を我々に与えてくれることがある
参考URL: たった一枚の心電図

だから、時間外の救急の現場では、心電図をとる閾値を落としておき、そして、どうせとるなら、診療の最初にとる というスタンスを診療の「型」にしておくことをお勧めする。 もちろん、これは、ある程度の緊急疾患が集まってくるであろうと想定される診療の場でのみ通用する話だ。つまり、その診療の場の「疾患存在確率」の意識が必要だ。時間内の正規の内科外来やクリニックでの外来診療の場において、そのまま適用できる話ではない。それは、急性心筋梗塞患者の「疾患存在確率」が場によって違うからだ。

研修医Tのナイスな判断で、この患者は、大至急、処置室に移されて、循環器の当直医にコンサルトされた。患者は、緊急の血管造影室へ、あわただしく運ばれていった。 循環器的最終診断は、右冠動脈の完全閉塞の急性心筋梗塞であった。治療は、合併症無く無事終了した。患者が、循環器チームによる専門治療が速やかに受けられたのは、研修医Tが、心電図をとるいう判断を行ったからに他ならない。まさに、Tの大ファインプレーである。
ちなみに、インフルエンザがらみの訴訟例で、こんなのがありました。

医師の過失認める XXXX病院医療過誤訴訟でXXX地裁 
199X.03.20 XXX地方版/XXX 
 専門学校生だった長男(当時一八)がくも膜下出血で死亡したのは、診断したXXXX病院(XXXX院長)の医師が、症状を風邪による頭痛などと誤診し、精密検査や入院などの適切な処置を怠ったのが原因だとして、XX市の母親(四三)が県を相手取り、約一億二百余万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が十九日、XXX地裁であった。XXXXXX裁判長は「症状からくも膜下出血の可能性があることを予測できたはずで、早期に脳の精密検査などの適切な処置をしていれば、命が救われる可能性もあった」として医師の過失を認定。原告の主張をほぼ認め、県に四千九十三万円の支払いを命じた。判決によると、専門学校生は一九九X年N月Y日、自宅で激しい頭痛と吐き気を訴え、同病院を受診。医師は
風邪の症状と診断し、内服薬などを処方して帰宅させた。しかし、症状は治まらず、同(Y+1)日から(N+1)月4日までに計三回診察を受けたが、その際も医師はインフルエンザなどと診断。脳のCT検査や入院措置をしないまま帰宅させた。専門学校生は同7日に意識不明となり、14日にくも膜下出血で死亡した。原告側代理人のXXXX弁護士は「賠償額で不満はあるが、事実認定では主張が認められた。病院は判決を謙虚に受け止めてほしい」と述べ、原告は「やっと決着したという気持ちで、感無量です」と話した。同病院のXXX院長は「病院としてはできるだけのことをした。判決内容を検討し、対応を考えたい」とのコメントを発表した。朝日新聞社

インフルエンザ流行の時期に、若くて普段健常な方が、頭痛で来院されたら、インフルエンザから考えるのは妥当かつ現実的では、あると思いますが、このように若くても、くも膜下出血でお亡くなりになってしまうこともあります。この訴訟事例の医学的妥当性をこの新聞記事一つのみで論じることは不可能ですので、それについては言及を控えておきます。 私は、15歳男性で、頭痛で徒歩来院された方が、くも膜下出血であった事例を経験しています。私の経験の中での最年少事例です。決して多くはないが、ぼつぼつと若い人もくも膜下出血はありえると認識しています。 それにしても、この訴訟も怖いですね。

まとめます。

本日の教訓
インフルエンザ流行期こそ、地雷探知のアンテナを敏感にしておこう

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あなどれない風邪 [救急医療]

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若い健常人といえども、一度も風邪を引いたことがない人はいないであろう。 その多くは、医療機関にかかろうが、かかるまいが、自然軽快する。 そんな風邪でさえ、時にはおそろい意致死的疾患へと進んでいくこともあるのだ。医療者とて、それを予測することは不可能にさえ近い。しかし、患者側からすれば、一度医療機関を受診しているのに、なぜこんなに悪くなるんだ!と医療機関に対して不信な気持ちを抱くのも無理はないのかもしれない。 不運な病気は、いわば、予測不可能な大地震災害と似たようなものだ。どこかで、諦め、受容するという心のプロセスが必要だとは思う。しかし、そういう心のプロセスを体得し、ある意味達観の心境の域に達するのは、今の現代社会においては、そうとう難しいとも思う。 健康な状態にあるときから、病気とは? 死とは? そんなことを当たり前のように考えておくことが重要なのだ。病気や死を避けるものではなく、受け入れるものだという社会観を、もっと熟成していかなければならないと私は思う。

本日は、風邪といえども、こんなこともあるのかという症例を紹介する。

17歳 男性(Aさん)   発熱

元来健康。(X-2)日夕方、37.6度の発熱、頭痛、咽頭痛が出現。市販の感冒薬で様子を見ていた。

(X-1)日朝6時ごろ、38.0の発熱となり、頭痛と咽頭痛は続いてた。朝食時に嘔吐あり。その日は、タクシーで学校に向かった。登校後の午前8時30分ごろ、頭痛、鼻、喉、咳、発熱などの症状で、保健室を訪れた。その際、体温38.6度であった。その日は、学校の試験日であったので、保健室で試験をうけた。午前11時25分、保健室を退室し、迎えに来た母親の車で、帰宅した。帰宅後も、38.6度の発熱と頭痛、咽頭痛が続いていた。疲労感もあり、再度市販の感冒薬を服用して臥床した。同日、17時ごろ、嘔気、嘔吐あり。体温は39.5度となっていた。また、Aさんは動悸と軽い胸痛があることを母親に告げた。母親は、Aさんを病院へ連れて行こうと思ったが、当日は、土曜日で、近所の医院がほとんど休みであったため、夕刻にも診療を行っていたH病院を受診した。

18時15分にH病院到着。来院時に、看護師がとったバイタルは、血圧90/46、脈拍123/分、体温39.5度であった。

19時、C医師の診察が始まった。Aさんは、ややうつむき気味で、顔色は白く、やや辛そうな様子であった。

C医師 「どうされましたか?」
Aさん 「はい、昨日から熱があって、吐きました」

C医師 「鼻水や喉の痛みはどうですか?」
Aさん 「はい、どちらもあります」

C医師 「下痢や食欲はどうですか?」
Aさん 「下痢はありません。食欲はまあまあです」

C医師 「ほかにどこか痛むところがありますか?」
Aさんは、言葉ではなく、仕草で左の上腹部(胃のあたり)を指差した。

C医師は、診察の結果、扁桃の肥大と咽頭部のかるい腫脹を認めることおよび心音や肺音に異常を認めないことから上気道炎の存在を考え、さらに胃痛の訴えと合わせて、胃腸炎の合併も考え、感冒性胃腸炎の診断を下した。

C医師 「風邪に胃腸炎を合併しているのかもしれません
      今日はお薬をお出ししておきます。脱水の予防のためにも
      点滴をしておきましょう」
Aさん 「はい、よろしくお願いします」

点滴終了後、Aさんとその母親は帰宅した。
二人が、H病院を出たのは、21時30分頃だった。

帰宅後、Aさんは、深夜1時にも嘔吐した。熱は、38.6度であった。
解熱剤を服用し、その後大量の発汗を認めた。
この夜は、まったく眠れなかったという。

X日午前8時、Aさんから、この話を聞いた母親は、H病院へ電話の後、再度、H病院を受診した。

H病院での昨晩に引き続きの2回目の診察が、午前9時50分に始まった。今度は、D医師が対応した。

Aさんの母  「昨日、こちらで診て頂いた後、家に帰ってからも
         この子は嘔吐したんです。熱は下がったようだし、
         下痢もないんですが、全身倦怠感が強くて、まったく食事
         がとれないんです。」

D医師 「そうですか・・・、入院して点滴が必要かもしれませんね」

D医師は血液検査やレントゲンなどオーダをした。

Aさんは、まず点滴確保の際に、採血をされ、次にレントゲン室で、胸部レントゲンがなされた。

血液の結果は、 WBC7300 Hb15.0
胸部レントゲンでは、 CTR49% 心拡大なし、肺うっ血像なし

さて、Aさんの今後の経過で、最悪のシナリオってどんなことが考えられるだろう。これから、Aさんは、まさにそのシナリオ通りになっていくのだった。

(11月27日 記 続きは後日)

(11月28日 追記)

たくさんのご意見をいつもありがとうございます。 ご意見としていただきました地雷疾患の数々を列挙してみます。 急性心筋炎、急性喉頭蓋炎、髄膜炎、脳炎、劇症肝炎、敗血症、脾破裂(EB感染後)、甲状腺機能亢進症、胃・十二指腸の穿孔 などなどでした。どれも怖いですねえ。

いかがでしょうか、風邪といえども、最悪の経過を想定すれば、これだけの意見が出てくるのですよ。 結果が出た後で、どうのこうの言い、誤診だ!と断罪することが前医に対してどれだけ罪深い、思慮のない行為であるかをわかっていただければ幸いです。

さあ、症例の話を続けてみます。

Aさんは、レントゲン撮影を終えて、レントゲン室から廊下にでたその時、突然、意識を失った。午前10時10分の出来事だった。

「早く!早く!誰か~~~」という悲痛な母親の叫びに、医療スタッフたちが、Aさんの元へすぐに駆け寄った。

Aさんは、母親にもたれかかるようにぐったりとしていた。
すでに、呼びかけに反応もなく、心停止の状態であった。

直ちに、処置室にて、懸命なCPRが施されたが、反応なく、午前11時45分、死亡が確認された。

あっという間の死だった・・・・・・・

Aさんは、翌日、司法解剖の運びとなった。(なぜ司法解剖かは私にはよくわかないが・・・・)

心筋間質には、リンパ球、単核球、好酸球の浸潤が著明であり、出血が散在していた。心筋線維としては、融解、壊死の所見が、左室壁に著明であった。急性ウイルス性心筋炎に基づく急性心機能不全により死亡したと判断された。

この症例は、ある地方裁判所で医療訴訟になった事例の判決文をもとに、一部脚色を加えて、書いています。 この訴訟の結果は、医師勝訴です。妥当と思える裁判官の判断です。その後、原告が控訴したのかはどうかは定かではありません。ただ、この裁判は、どういうわけか、マスコミ報道はされていないようです。もし、医師敗訴だったら、大々的に報道したのではないかと勘ぐっています。

おそらく、こんな不幸な経過を取るのは、何万人に一人かのそこらの割合ではないだろうか? 病気になった患者とそのご遺族にとっては、なんと理不尽な運命であろうか。やりきれない気持ちになるでしょう。ですが、これは、不幸な病気なのです。 医師や病院の責任ではないのです。 そんな大前提のあたりまえの話を、マスコミはほとんど行いません。むしろ、医療不信を煽る記事のほうが主流です。ですから、今の現代社会では、こんな不幸な病気も、医師のせいにさせられてしまう可能性を秘めています。 医療をやる人間にとって、今の社会は大変怖いです。その気持ちは、現場撤退へとつながります。裁判官が、患者側を被害者として認識して、被害者救済の視点で、判決を書くとしたら、それは、確実に医療崩壊へとつながります。大切な家族を病気で失った悲しみを癒すことで、遺族を救済していくことと医療者の責任を追及することは、まったく別次元の話だと私は思います。

次の心筋炎訴訟は、まさに、被害者救済ではないでしょうか? 新聞報道より転記します。

1998.02.19 
市民病院の医療ミス訴訟初弁論 S市側、争う姿勢--W地裁

心筋炎で長女が死亡したのはS市民病院の医療ミスが原因として、K町の夫妻がS市を相手取り、総額約7546万円の賠償を求めた民事訴訟の第1回口頭弁論が18日、W地裁(xxxx裁判長)であり、市側は訴えの棄却を求め、全面的に争う構えを見せた。訴えているのはXXXさん(32)と妻XXXさん(32)。訴状によると、長女XXXちゃん(当時5歳)が199X年XX月16日、前日から入院していた同病院で心筋炎による急性心不全のため死亡したのは、初期診断や治療のミスが原因で、「(XXXちゃんが)一晩中苦しみ何度も看護婦に訴えたが医師の診察はなく、経過観察義務を怠った」としている。これに対し市側は「病院の処置に誤診はない」などと主張し、観察義務違反や賠償責任の有無について争っていく方針。次回弁論は4月8日。毎日新聞社

2002.03.30
S市民病院の損賠訴訟 「長女死亡、医療ミスない」 原告側の請求を棄却
  
長女(当時5歳)が心筋炎で死亡したのは、初期診断と経過観察のミスが原因とし
て、XXXXさん(36)と妻XXXさん(36)夫妻がS市立市民病院を相手取り、慰謝料など総額約7546万円を求めていた損害賠償請求訴訟で、W地裁(XXXX判長)は29日、原告側の請求を棄却した。原告側は控訴の意向を示した。XXXXちゃんは9X年11月15日、発熱や腹痛、両まぶたがはれるなどの症状を訴え、同病院に入院。翌日午前に心筋炎であることが判明し、同日、急性心不全で死亡。XXXX夫妻は「病院が単純な風邪による脱水症状と判断し、注意義務も怠ったため」と訴えていた。XXXX裁判長は判決で、死亡した当日朝の脈拍数が正常で、レントゲン写真でも心肥大が認められなかったことなどを挙げ、「心筋炎の診断が可能とは認められない」として訴えを退けた。判決後、XXXXさんは、「主張が一切認められず、とても残念」と話した。 【福田隆】 毎日新聞社

2002.04.11
S市民病院の医療過誤訴訟 原告が控訴

長女(当時5歳)が死亡したのは診断ミスが原因として、XXXXさん(36)、XXXXさん(36)夫妻がS市民病院を相手取り、慰謝料など7546万円を求めていた損害賠償請求訴訟で、原告側は10日、原告の請求を棄却した1審のW地裁判決を不服として、O高裁に控訴した。XXXさん夫妻の長女は9X年11月15日、発熱や腹痛を訴えて同病院に入院したが、翌日心筋炎であることが判明、急性心不全で死亡した。XXXさん側は「病院側が単純な風邪と判断し、経過観察が不十分だったため」と訴えていたが、W地裁は先月29日の判決で「心筋炎の診断が可能とは認められない」として、請求を棄却した。毎日新聞社

2005.04.29
S病院の医療ミス訴訟:両親が逆転勝訴 5400万円命令

S市民病院の初診時の診断ミスなどが原因で長女(当時5歳)が死亡したとして、両親が新宮市に損害賠償を求めた訴訟で、O高裁は28日、請求を棄却したW地裁判決を変更、同市に約5400万円の支払いを命じた。XXXX裁判長は「初診時に心疾患の可能性を排除したのは注意義務違反で医師に過失があった」と判断した。原告は、XXXXさん(39)と妻XXXXさん(39)。判決によると、長女XXXXちゃんは9X年10月ごろから、せきや発熱が続き、翌11月15日に症状が悪化。同日夜、S市民病院の救急外来で診察を受け、気管支肺炎などと診断され入院し、翌16日午後1時過ぎ、心筋炎による急性心不全で死亡した。【前田幹夫】毎日新聞社

7年にもわたる医療者側と患者側の戦いの報道の軌跡です。これで、誰が幸せになるのでしょう?? 心筋炎は、本当に怖い病気です。 病気という自然に、医療は勝てないこともたくさんあるのです。 こういう判決をみると、私は、ただただ脱力あるのみです。 どんなにがんばっても医療を行ったとしても、こういう理不尽としか思えない裁判に自分が巻き込まれてしまうのではないかと強い不安にかられます。つまり、明日はわが身としか思えません・・・・。

こういう気持ちになっている医療者は、きっと私一人ではないでしょう。

 


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高齢者の腹痛に潜む地雷 [救急医療]

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時間外診療において、高齢者の腹痛患者に遭遇することは多い。しかも、それが致死的な地雷的疾患であることもまれではないのだ。時間診療の場で、高齢者に対する安易な浣腸などは、自ら地雷を踏みにいくような危険な行為であることを心得ておく必要がある。 参考エントリー:浣腸という地雷

本日は、そんな高齢者腹痛の地雷的な症例を紹介する。地雷的な症例のパターンをできるだけ多くの医師たちで共有することにより、医師は地雷を回避し、患者はその診療で命が救われる。当ブログが、間接的な形であれ、そういう事に貢献できればというブログ主の思いが、このブログを書き続ける原動力となっている。

本日の症例は、パターン的かもしれないので、わかる人には、すぐわかるし、わからなかった人でも、これを機に知識さえつけておけば、即、今後の自分の診療には役に立つであろう。

では、症例です。

83歳女性  右下腹部痛

ADLは自立。慢性の腰痛にて整形外科に通院歴はあるが、糖尿病や高血圧は指摘されたことがないという。ある晩の出来事。21時ごろ、食事をしていて、しだいに右の下腹部が痛くなってきた。様子をみていたが、だんだん持続的な痛みになって、だんだん我慢できなくなってきたため、救急車で、未明の1時頃、来院した。下痢(-)、嘔吐2回。開腹等の手術歴はない。

来院時、意識清明。 やや苦悶様の表情。血圧135/78 脈96整 体温36.9 呼吸数24 SpO2 99

担当したのは、4年目のレジデントK。循環器グループの後期レジデントだった。
K医師は、眠い目をこすりながらの診察を開始した。

取り急ぎ、ルート確保とポータブルのレントゲン、血液のチェックなどのオーダを済ませた。

そして次に、速攻で、K医師は心電図をとった。
「うむ、STEMI(ST上昇型心筋梗塞)はないな。
Af(心房細動)もないから、SMA(上腸間膜動脈)の血栓性閉塞は大丈夫かも・・・」 

こんな印象を持ちながら、次に腹の診察を行った。循環器系医師ならではの発想だ。

「柔らかいな、右下腹部に圧痛があるが、リバウンドははっきりしない・・・」
「腸炎かな? でも、それにしては、痛がり方が気になるし、第一、下痢がないぞ?」

下痢がない腹痛はなおいっそう要注意という感覚をきちんと身につけているこのK医師の診療感覚は、なかなかいけてると思う。

K医師は、苦手ながらも、腹エコーを当ててみた。
「おお! 小腸が拡張している! イレウスや!!」
「ああ、これがキーボードサインか」

エコーでイレウスを確信した。 久しぶりの腹エコーの有所見に、K医師は、少しうれしくなった。
もちろん、レントゲンでも、はっきりと小腸ガスを認めているのが確認された。

「イレウスならば、CTで、絞扼性イレウスかどうかの鑑別が重要だな」
と次の診断のステップに入った。

採血の結果が、出た。 WBC 12000 CRP 0.3 crn 0.7。


これを踏まえて、造影CTをとった。

「う~ん、小腸の拡張があるが、造影剤は入ってるし、絞扼っぽい感じもしないかな」
と判断した。

K医師は内科の病棟当直医であるI医師にコンサルトした。I医師の専門は、消化器内科。12年目の医師だ。

I医師は、救急外来に出てきて、患者をチラッと一瞥し、そしてK医師が取ったCT像を見た瞬間・・・
「すぐに外科を呼べ、今すぐに!」 と一言。

K医師は、I医師のすばやい決断が、すぐには理解できなった。

I医師は、K医師に言った。
「あの年齢のあの体型の女性だったら、CTはここに気をつけないといけないよ」
と指導してくれた。I医師が指し示したCT画像の部分は、K医師がしっかりと見落としていた所見だった。

患者は、夜間でありながら、腹部外科医や麻酔科医が招集され、緊急手術となった。I医師のすばやい的確な判断のおかげで、腸壊死はなんとか免れたようだった。I医師のナイスな判断が、一人の高齢女性の命を救った一例であった。

残念ながら、こういう医療者側のファインプレーや懸命に患者のために治療に打ち込む姿は、今の医療報道では、「影」の部分だ。現代の医療報道は、医療の悪い結果ばかりに光を当てて報道する傾向がある。だからこそ、私は、医療報道では強調されない我々の日常を伝え続けなければならないと思う。

K医師が見落としていたCT画像所見とはいったい何だったのだろう。

(11月26日 記  続きは後日)

(11月27日 追記)
皆様、いつも的確なコメントをありがとうございます。今回は、パターン的でしたので、わかりやすかったかなと思います。 ご指摘の通り、閉鎖孔ヘルニアの症例でした。

地雷学習において、バイブル的名著 研修医当直医御法度 第4版 P74から引用しておきます。

やせた高齢の女性の腹痛(腸閉塞)はパンツまで脱がせるべし!開腹手術歴のない腸閉塞では閉鎖孔ヘルニア、大腿ヘルニア嵌頓

今回はまさにこのパターンでした。では、続けます。

I医師は、K医師に言った。
「高齢のあのようなやせ型の女性だったら、
 CTは恥骨のスライスまで気をつけないと見ないといけないよ」
「ほら、ここ、閉鎖孔に腸が嵌頓している。これは、閉鎖孔ヘルニアだよ。緊急手術の適応だ。」
と指導してくれた。写真の通りである。

I医師が指し示したCT画像の部分は、K医師がしっかりと見落としていた所見だった。

パターン化された知識として知っているかどうかが、所見に気がつけるかどうかの分かれ目になる。
今回はそんな症例でした。

さらに知識を深める意味で、堀川先生の腹部CTのサイトから引用させていただきます。

http://www.qqct.jp/seminar_answer.php?id=95

閉鎖孔(obturator foramen)は骨盤腔の座骨,恥骨と腸骨に囲まれる三角形の空隙をいい,その空隙は骨盤腹膜,内閉鎖筋と外閉鎖筋で閉じられている.閉鎖孔の外上方には閉鎖神経と閉鎖動静脈が通過する閉鎖孔obturator canalがあり,そこを門として閉鎖管内へ脱出するヘルニアが閉鎖孔ヘルニアobturator herniaである.閉鎖神経の知覚枝は大腿内側,膝と股関節部に分布する.ヘルニアは大腿深部に突出するので腫瘤として認識されることはなく触知されない.閉鎖神経の知覚枝が圧迫され,膝から大腿内側や股関節部に痛みを生ずる.大腿を後方へ伸展,外転または内側への回旋させると疼痛が増強する.これをHowship-Romberg signといい,25~50%にみられる.高齢の,痩せた女性に多く,”The skinny old lady hernia”と呼ばれる

http://www.qqct.jp/seminar_answer.php?id=567

文献考察1):閉鎖孔ヘルニア
閉鎖孔ヘルニア11例の経験
Author:西島弘二(国立金沢病院 外科), 湊屋剛, 伊藤博, 黒阪慶幸, 竹川茂, 桐山正人, 道場昭太郎, 小島靖彦
  Source:日本腹部救急医学会雑誌(1340-2242)24巻4号 Page795-800(2004.05)
  Abstract:1995年4月から2003年3月までに骨盤部CT検査にて術前診断が可能であった閉鎖孔ヘルニア11例を対象とし,臨床的検討を行った.11例はいずれも痩せた高齢女性で,嘔吐または腹痛を主訴とするイレウス症状で発症し,開腹手術歴を有する症例は9例(82%)であった.本症に特徴的なHowship-Romberg徴候は4例(36%)にのみ認め,発症から手術までの期間は1~12日(平均4.3日)であった.全例に開腹手術を施行した結果,嵌頓腸管は回腸10例,空腸1例で,嵌頓形態はRichter型9例,全係蹄型2例であり,6例に腸管壊死を認め,8例に腸管切除を行った.また,ヘルニア門の閉鎖法は腹膜単純閉鎖8例,恥骨骨膜と閉鎖膜の縫合2例,メッシュによる閉鎖1例を行い,他病死1例を除く10例は軽快退院し,無再発である.
痩せた高齢女性のイレウス患者では本症の可能性を念頭に置き,早急に骨盤部CT検査を施行し診断することが重要であると考えられた.


文献考察2):本邦集計257例(表1,表2)
閉鎖孔ヘルニア 最近6年間の本邦報告257例の集計検討
  Author:河野哲夫(市川大門町立病院 外科), 日向理, 本田勇二
  Source:日本臨床外科学会雑誌(1345-2843)63巻8号 Page1847-1852(2002.08)
  Abstract:自験例4例を含めた最近6年間の本邦報告257例について集計し検討した.
年齢は56歳から99歳迄で,平均年齢は81.5歳.性別は女性が248例で,高齢女性が圧倒的に多かった.左右別では右側が149例,左側が98例と右側に多く,開腹手術歴を有するものは24.0%と少なかった.Howship-Romberg徴候の陽性率は62.1%で,術前診断率は82.9%であった.腸管切除率については49.8%で,ほぼ半数が腸管切除を必要としており,術後合併症発生率は11.6%,死亡率は3.9%,手術死亡率は3.6%であった.診断には骨盤CTが非常に有用で,そのため,近年本症の術前診断率や予後は向上したが,腸管切除率は依然として高率であった.今後は腸管切除を避けるためになおいっそう早期診断・早期手術を心がけることが重要であると思われた.

今日のまとめは、やっぱり寺沢先生のこれです。 そのまま引用です。

本日の教訓
やせた高齢の女性の腹痛(腸閉塞)はパンツまで脱がせるべし!開腹手術歴のない腸閉塞では閉鎖孔ヘルニア、大腿ヘルニア嵌頓

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