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看護師が見つけた地雷 [救急医療]

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時間外診療の場には、地雷疾患が容赦なく紛れ込んでくる。そして、その地雷疾患は、何も救急車で来院する患者さんだけに潜んでいるわけではない。徒歩来院の患者さんの中にも確実に紛れ込んでくるのだ。徒歩来院の患者さんの場合、最初に患者さんに接触するのは、看護師であることが多い。バイタルサインや予診をとるためだ。

その看護師のセンスが、時に患者と医師の両者を地雷疾患から救うこともある。過去のエントリーでそんな例を挙げている。 

医師を助けた看護師の一言

看護師の機転が救った命

思い込みという落とし穴

このエントリーの中にも少し書いているが、私は、看護師が看護師の立場でおこなうべき地雷回避の術を日常のやり取りの中でそれとなく伝えているつもりである。プロ野球で考えてみよう。一つのファインプレーの背後には、何千何万の繰り返してきた素振りや守備練習の積み重ねがきっとあるだろう。同様に、地雷回避というファインプレーを一つ成功させるためには、普段の症例で繰り返し「回避の型」を粛々と行っていくしかないと思う。しかも、それが個人レベルではなくて、救急の場全体として、自然にそう動けるような組織作りが必要なのだと思う。

そんな考えがあるので、私は、日々、救急の現場が暇なときは、看護師達に、あーだこーだと講釈をたれ続けている。

それが功を奏したのだろうか? 

つい最近、S看護師がいい仕事をしてくれた。
本日は、 そんなS看護師のファンプレーの実例をお届けしてみたい。

ある忙しい日勤午後の時間外診療の日。診療していたのは私。救急車来院の患者が3名立て続けに入り、てんやわんやの状況だった。やることはいろいろあって忙しいが、まあそんなに重症でもなく地雷的でもない患者であることが救いだった。しかし、たとえ重症でないにしても、病歴をとりそれをカルテを書いたり、身体診察をしたり、防衛医療を意識した脇をしめたカルテ内容の構成を考えたりといろいろと大変なのだ。というわけで、場が忙しくなると、徒歩来院患者には、どうしても長い待ち時間が発生してしまう。

話がそれるが、そんな待ち時間の間に、地雷に当たってしまった不幸な病院がある。このエントリーだ。待ち時間に潜む地雷

話を元に戻す。 そんな忙しい中、ある80代の高齢女性が、
「胃が痛い」とだけ
受付で手渡された小さな予診票の紙切れに書き込んで、長いすにちょこんと座っていた。

S看護師は、その予診票に書かれている内容と、本人の様子をみて、すぐに患者を救急外来の空いていた観察ベッドに寝かした。そして、バイタルをとるとともに速攻で12誘導心電図をとった。

「胃痛を訴える中年以上の成人に対しては先ず心電図」という救急診療独特の診療の型
の実践だ。

S看護師は、この心電図をもって、他の患者の診療中であった私の所へやってきた。

「胃痛の高齢女性だけど一応心電図をとってベッドに寝かしています」

彼女から渡された心電図をみて私は顔色が変わった。

これだった。

ST上昇心筋梗塞である。 なんと患者を見る前に診断がついた。後は、循環器専門治療にいたるまでの時間勝負だ。それでも併せて、「どんでん返し地雷(解離の合併、実はSAHの心電図)も気をつけねば」と、ちらっとは、そんな思考が私の頭をよぎる。

私は、診察中の他の患者達には、診療の一時中断を告げたうえで、患者のベッドサイドへすぐに行った。

私:「痛みはまだ続いていますか? 冷や汗、嘔気はどうでしたか?」
患者:「はい続いています。はい、どちらもありました。」

私:「いつから痛み始めましたか?」
患者:「2時間前からです。」

この時点で、静脈ラインを確保したり、除細動器をスタンバイしたり、もろもろの急性心筋梗塞の初期対応を始めながら、すぐに、循環器当直医をコールした。

「発症2時間のST上昇型心筋梗塞の82歳女性です。バイタルは安定していますが、痛みはまだ持続していています。」

と電話で簡潔に告げた。循環器の医師がすぐに飛んでやってきた。

治療の説明は、循環器医師に任せて、その間、私は患者急変に備えて、患者の様子とモニタで不整脈の様子をじっと伺っていた。いつ心室細動になっても、すぐ動けるようにだけはしておく必要があるからだ

そうして、S看護師が、自分の判断で心電図をとってから約40分後に患者はカテ室へ行くことが出来た。救急室在室40分は、ほぼ最速に近い所要時間だ。その後、治療は上手くいき、今現在は、循環器外来に元気に通院中である。

いかがでしょうか? 

S看護師の初動がなければ、この患者に私は気づいてあげることが決して出来なかった状況である。 もしかしたら、待合中に心室細動を起こして急変したかもしれない。そういう意味においては、この患者さんを救ったのは、S看護師とも言えるのではないだろうか。もちろん、循環器の医師達の力が最も大きいのは言うまでもないが。

救急診療のファインプレーの難点は、野球と違って、地味であることだ。 メディアは飛びつかないし、患者さんにも伝わりにくいから、どうしても地味になる。

それでも、私は次なるファインプレーに遭遇する日を楽しみにしながら、地味な診療を続けていきたいと思う。

本日の教訓
胃痛に心電図は、大切

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コメント 8

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moto

おお、新しいエントリー、診断クイズは、どこから始まるか?とワクワクしながら読み進んだら、いきなり結論で終わってしまいました(^^;。いや、こういうのも、意外でいいかも(笑。

いや、診断クイズ、ほんとうに楽しみにしています。作るの大変だと思いますが、これからもよろしくお願いいたします。
ていうか、集まっている皆さんで、問題作って持ち寄れると面白いんでしょうね、もし可能ならば。
by moto (2008-02-12 01:00) 

503

冷や汗を伴う痛みを診た時は、自分は地雷原にいるのだと思うようにしています。
S看護師GJ!ですが、先生の普段の教育、指導もいいのでしょう。
逆に胸痛でAMIと思い、ラボデータが出る前にカテをやって、後で胆石症だとわかって大恥をかいたこともあります。
PTCAでインフレーション中の訴えが胸痛でなく、左の指の痛みだったことも・・・。
胸痛=心疾患以外のバリエーションあることを、頭の隅に置いておくことは必要でしょうね。
by 503 (2008-02-12 01:08) 

防衛医療隊

確かに、地味な超ファインプレーでありますが、敢えて、シニカルに苦言を呈します。お許しください。

>救急車来院の患者が3名立て続けに入り、てんやわんやの状況だった。

防衛医療的には、非常に脇が甘い診療体制です。おっしゃるとおり、徒歩で来院する地雷疾患は決してまれではありません。それなのに、なぜ、救急車来院患者を3名も同時に診療するのですか? そこまで救急車を受けてしまわれるのですか? 確かに、救急車来院患者の9割以上はいわゆる軽症者です。しかし、日勤帯であれ、一般外来に訪れる初診患者に比べ、地雷疾患の存在確率ははるかに高いわけです。であれば、(先生の救急外来の運営システムは存じ上げませんが)救急医1名であれば、私なら、1台目の救急車来院患者の診断・治療に目処がつくまで(地雷疾患を否定し終わるまで)、決して2台目を受けません。救急医2名なら、最低どちらか1人に目処がつくまで、3台目を受けません。この原則を遵守していれば、万一、徒歩来院地雷疾患患者と同時受診になっても、ファインプレーなしに、何とかその場をしのげる可能性がでてきます。防衛医療で言うところの、(医師の)生存確率があがります。なお、初期研修医が診断・治療の責を追うことはできませんから、初期研修医は何名いても、この原則においては、いわゆる員数外です。

無理をして、救急車を同時に複数うけ、診療能力の限界を越えてしまった結果、診断・治療に齟齬を生じ、医療訴訟になったとしましょう。裁判官がその事情を斟酌してくれるでしょうか? 有名な外傷性心タンポナーデ事件判決などを鑑みると、到底、そうは思えません。ですから、(特に人員に余裕がない夜間・休日は)救急医の人数と、同時に受ける救急車の台数の原則を遵守して診療に当たります。確かにお受けできない救急車も増えます。でも、それは、タクシー代わりに救急車を利用する多くの国民の皆さん、しかるに後出しジャンケン結果論で、医療者にすべての責を追わせるマスコミと司法。さらには、何の対策も講じない行政の責任です。私たちは、目の前の救急車来院患者さんに万全を期して治療にあたりながら、自分(と同僚、ひいては家族)を守る以外、何もできません。国民・マスコミ・司法・行政が求めているのは、万全の救急診療、無限の安心・安全 です。そんなもの、ちょっと論理的に考えれば、あるはずもないのですが。

もし、先生の御施設が、医療圏唯一の基幹病院などに相当し、医療地政学的にこの原則を守りにくい状況にあり、病院管理者が理解を示さず、一人で複数の救急車を当時に受けることをも強要されるのであれば、私なら救急から逃散します。
by 防衛医療隊 (2008-02-12 01:35) 

3番目の落書き

はじめまして。医療知識ゼロの私でも楽しく読むことが出来ました(「楽しく」なんて書くと、先生方は「なにいうとんねん、しばいたろか!」とおっしゃるかもしれませんが)。

最後の「救急診療のファインプレーの難点は、野球と違って、地味であることだ。 メディアは飛びつかないし、患者さんにも伝わりにくいから、どうしても地味になる。」ところが、救急医療の困ったところの一つかもしれません。いいプレーをしても目立たない。それでいて「失点」するとめちゃくちゃ目立つ。それがミスなのかどうかもわからないのに。

このブログ、私のぶろぐの「お気に入り」に入れておきました。またちょくちょく読みに来ます。これからもよろしくお願いいたします。
by 3番目の落書き (2008-02-12 04:21) 

falcon171

いつも勉強させて頂いております。
もしよろしければ、内科開業医の通常時間内の診察時でも
>「胃痛を訴える中年以上の成人に対しては先ず心電図」という救急診療独特の診療の型の実践だ。
すべきかどうか教えて頂ければ幸いです。
つまり、救急じゃないからということで、心電図とらなくても良いのか(医学的に? 保健医療査定的に?、対訴訟的に?)どうかです。
by falcon171 (2008-02-12 09:19) 

Taichan

防衛医療隊のおしゃる事も理解できますが、3名立て続けとはいえ、実際の臨床の場では結構あることですし、各診療科に振り分けていらっしゃったかもしれません。
そんな忙しい中での看護師さんのファインプレーはよく教育をされている病院であればこそと思います。普段からComedicalに対して教育、Feedbackが必要かを教えてくれるエピソードと思います。ありがとうございました。
by Taichan (2008-02-12 10:26) 

元なんちゃって救急医

>moto先生

ワクワク損でしたね。これをクイズ形式にするには、あまりに当たり前にしかならんと思い断念しました。

>503先生

冷や汗・・・・全く同感です。冷や汗の重要性は、近いうちに、救急医療を受ける方へシリーズの中で一つのエントリーにしてみたいと思っているところです。

>防衛医療隊先生

ブログは、公開であるため、常に症例には、フィクションがおりまぜられていることを察していただければ幸いです。 

> 3番目の落書き 様

ありがとうございます。そのように言っていただけると私も嬉しいです。

>falcon171 先生

検査前確率をどう意識するかということが大きいと私は考えています。

時間外で何らかの急な身体症状を訴えてくる患者群

定期の時間内にくる患者群

では、おのずと急性冠症候群患者の疾患存在確率が違うということです。

それをふまえて、現場の動きがどれだけ実現性があるということではないでしょうか?
どこかで線引きをしないと行動は決まりませんから。

>Taichan 先生

フォローありがとうございます。確かに時々そうなることもありますが、そうならないように事前に根回しすることのほうが、現実的には多いです。特に最近。
by 元なんちゃって救急医 (2008-02-14 21:54) 

澤田石 順

私は年齢の中央値77才の回復期リハビリ病棟で勤務しております。
病態が明白でない腹痛は全例心電図を実行してます。するとしばしば
ST上昇AMIが見つかり大急ぎで救急病院に搬送。ほんと高齢者は
症状があいまいですね。胆石・胆嚢炎はその最たるもので、右季肋部
の圧痛などあることがむしろまれで、発熱のみ軽い心窩部痛のみとか。
by 澤田石 順 (2008-02-18 00:50) 

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