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見事な予言的中 [救急医療]

最近は、今流行のツイッターのほうで中心にネット活動をしておりますが、今日は、突然思い出したようにブログエントリーを入れてみたいと思います。今の私は、急性期医療から主軸を撤退し、ゆるやかな時間の中で人の生と死を考えることをやりやすい慢性期の医療環境にその身をおいてます。そして、非常勤で少しだけ急性期医療には関わっています。


そんな自分ですので、救急医療をメインにエントリーを継続することは無理ですが、このように気が向いたときだけ、不連続にブログエントリーを入れてみるのもよいかなと思っている次第です。テーマは、救急医療に限らず、死生観がらみの話、あるいは全く個人的な趣味での受験算数などをテーマしてみたり、時にはツイートをまとめてみたりと、要はまったく気まぐれで好きなようにやってみたいと思う次第です。

まあそれでも、ブログタイトルは、これまでの流れ上、このままにはしておきます。

というわけで、皆様よろしくお願いいたします。m( _ _ )m

では、今日のエントリーへ入ります。

症例:35歳女性 右季肋部(右側の肋骨の下あたり)の痛み

ある日の救急外来、右季肋痛を訴える患者が独歩で来院した。一瞥すると、顔色はそう悪くない、汗もかいていない、つまり、より緊急性の高いショック状態ではなさそうだ。ただ、痛みで顔が少し歪んで見えた。この患者を担当したのは、元外科医のスタッフ医師(T医師)であった。

「バイタルは?」 とT医師は看護師に尋ねた。

救急外来のスタッフ医師は、皆、最初に患者のバイタルサインに注意する習慣がついているのだ。

「血圧120/65、脈拍65、体温36.6、呼吸数24 です」 と手馴れた看護師がすかさず答えた。

「少し呼吸が速いけど、痛みのためかな?」とT医師は考えながら、次の指示を下した。
「心電図を先にとって!」

普通、35歳女性の上腹部痛において、その原因が、急性心筋梗塞であるとは考え難い。しかし、本当にもし心筋梗塞であったなら、次の手以降が時間との勝負である緊迫した診療体制に激変する。時に、心電図検査は、その重大な手がかりを与えてくれるのだ。しかも、心電図検査は、検査自体の危険性が皆無である。しいて言えば、若い女性の場合は、「腹痛なのに、なんで、胸をあらわにしなければならないの?」といらぬ誤解を与え、心情的に不愉快な思いをさせる危険性はないことはないが・・・・・・。そういう誤解を防ぐためには、ほんのちょっとした一言がとても大切だ。

救急診療は、ありとあらゆる患者が、突如やってくる場である。つまり、どんな患者が、どんな形でいつやってくるか全くわからないということを想定して、日々の対応をしなければならないのだ。そこで、その場に常駐する私達救急医は、そのような場でも、最大公約数的に効率よく、診療を進めるための方法論というものを持っている。私は、それを診療の型と呼んでいる。一件可能性が低そうな人にも、こうやって心電図検査を確認しておくのが、そのような型の一つなのである。このような型は、その診察場に関わる人たちと共有しておくことでより効果を発揮する。

ただし、心電図検査の解釈については、誤解のないように言っておかないといけないことがある。以下の通りだ。

正しい解釈
○検査で心筋梗塞に合致する異常がある ⇒ 心筋梗塞として緊急の対応とする
○検査で心筋梗塞に合致する異常がない ⇒ 心筋梗塞かどうかはとりあえず保留とし、診療を継続する

誤った解釈
×検査で心筋梗塞に合致する異常がない ⇒ 心筋梗塞ではないと断定する

注意:医療者の方々へ
ここで使用した心筋梗塞という言葉は、広い意味で使用している。つまり、非ST上昇型の心筋梗塞も含まれるということ。

心電図一つを、いつどう撮るかについても、これだけの深みをもった思考で行っているのだ。こういうところは、患者側の方々には、これまであまり伝えられていないのではないだろうか?さて、話を症例に戻そう。

患者の心電図に異常はなかった。T医師は、問診と身体診察をざっと行い、次に、腹部超音波(腹部エコー)検査、血液、尿などの検査を行った
T医師には、どんな疾患が頭の中に思い描かれていたのであろうか?

尿路結石・・・泌尿器科
子宮外妊娠・・・・産婦人科
肝周囲炎・・・・・・産婦人科
胆石・胆のう炎・・・・外科 and/or 消化器科
総胆管結石・・・・・・外科 and/or 消化器科
急性胃腸炎・・・・消化器科
急性膵炎・・・・・・消化器科
急性肝炎・・・・・・消化器科
急性胃粘膜病変・・・・消化器科
急性冠症侯群・・・・循環器科
胃潰瘍・十二指腸潰瘍・・・・消化器科
消化管穿孔・穿通・・・・・・・外科
アニサキス(寄生虫のこと)・・消化器科
胸膜肺炎・・・・・・・・・呼吸器科
糖尿病性ケトアシドーシス・・・代謝内科
機能性消化管異常・・・・・消化器科 and/or 心療内科
腎盂腎炎・・・・・・・・・・・・内科
急性虫垂炎(初期)・・・・・外科
肋骨骨折およびその他外傷・・・・整形外科 and/or 外科
うつ病・・・・・・・・・・・・・・精神科 and/or 心療内科

ざっと、こんな感じである。

T医師は、上記診察と検査に加えて、造影剤を使った腹部CT検査まで行い、その全てにおいて、痛みを説明できる明らかな所見を見出せなかった。
T医師は、これまでの診療経過で検討した主な疾患を具体的に挙げながら、それぞれの疾患の可能性はあまり高そうでないことを患者に説明した。そして、その後、ある疾患の可能性を説明して、その患者には帰宅していただいたのだった。

翌日、患者の経過は、T医師の予言どおりとなったのだ。
T医師の予言した疾患は、あえて上記のリストから、抜いておいた。

医療者の方々はT医師の予言した疾患が何だかおわかりになるだろうか? 少し考えてみていただきたい。
非医療者の方々は、救急初期診療に携わる医師は、これだけの幅をもって思考しないといけないという大変さを理解してほしい。しかも、これだけ考えても、やはり結果は、想定外であることもありえるという現実も真摯に認めていただきたいと思う。

翌日、患者の右季肋部下に帯状に皮疹が出現してきた。患者は、T医師の説明を聞いていたため、あわてることなく、皮膚科を受診し、帯状疱疹としての治療が開始された。

そう、T医師が予言していた疾患とは、帯状疱疹という皮膚科の疾患だったのだ。

この疾患は、特徴的な皮疹を認めている状況下で、痛みを伴なっている場合は、診断は比較的容易であるが、痛みのみが先行している状況下では、その原因探しを手広く構えないといけないのだ。

この診断過程における思考力の広さ、適切さというのは、医師の間でもばらつきがあるだろう。当然、それは、医師の専門性にもよっても異なるし、受けた教育環境によっても変わるだろう。患者から見れば、T医師の診療は、当たり前のように感じるかもしれないが、実は、T医師の診療は、すごいファインプレーの診療なのである。T医師の診療スタイルは、結果として疾患がどれであったとしても、緊急性の高いものから、確実に網に引っかかるような診療スタンスで行われているからである。それはとても地味で、誰の目にも見えにくいかもしれないけど、れっきとしたファインプレーの診療なのである。その地味さゆえに当然であるが、メディアも報道はしない。メディアは、その性質上、どうしても、医療に対して批判的、ネガティブな面に、報道姿勢が傾きがちである。だからこそ、私達医療者は、患者の目に見えにくい隠れた診療のファンプレーは、積極的に公開していく姿勢が大事だろうと思う。こういうことは、医師からの直接発信でないと、なかなか伝えることができないであろうから。そうすることで、多くの情報の受け取り手の人たちは、バランスのとれた医療情報に触れることができると思う。


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コメント 9

コメントの受付は締め切りました
twitterのfollowerです。

いつかは更新があるかなと思って、ずっとリーダーに入れてました。
先生のエントリは勉強になります。
また、更新お願いします。
by twitterのfollowerです。 (2010-09-29 07:17) 

Kim

先生の本最近購入して勉強させて頂きました。とても素晴らしい内容で、研修医にも読ませています。久しぶりの更新嬉しいです。確かもうやめると書いていませんでしたっけ??

今回の症例も勉強になります。こんな外科医になれるよう頑張りたいです。

そしておっしゃる事はもちろんそうなのですが、本当にすごい事は報道されませんよね。野球のファインプレーも本当にすごい事は素人には分かりません。あいつのこの体調なら、この辺りに飛んでくるだろうと、その場所にいる事が本当のファインプレーですから、普通に捕球しちゃいます。

研修医には、いつも風邪の患者さんを風邪として帰宅させる事が出来る医者が最高の名医だと言っているのですが、伝わってなさそうです(+_+)。

by Kim (2010-09-29 21:23) 

kein

お久しぶりです。
慣れ親しんだ語り口に感激しました。
5年振りぐらいですよね。
以前、ワクワクしながら読んでいたのを思い出しました。
by kein (2010-09-30 16:21) 

pulmonary

ひさびさの更新をうれしく思います。
私はレジデント時代に同様の症例を肋骨骨折もしくは胸膜炎の疑いで一旦帰宅させ、2日後の自分の外来でフォローしたところ見事な皮疹がでていたという経験があります。他人の外来に行かなくてよかった・・・冷や汗をかきましたが。その後は上記医師の様な一言を言って帰しています。
by pulmonary (2010-09-30 18:25) 

乾物屋

事務職員ではありますが、twitterのfollowerさんと同じくずっと
リーダーに入れておりました。また勉強させていただきます。
by 乾物屋 (2010-10-02 11:05) 

なんちゃって救急医

>twitterのfollowerです様
ありがとうございます。これからもよろしくおねがいします。

>Kim 様
ありがとうございます。がんばってください。

>kein 様
5年より短いっすけど。。よろしくおねがいします。

>pulmonary 様
お久しぶりです。あの頃、先生のコメントはいつもシャープだったことを思い出します。

>乾物屋様
ありがとうございます。よろしくお願いします。
by なんちゃって救急医 (2010-10-02 20:08) 

ビビりの内科医

 お久しぶりです。ビビりの研修医も初期研修が終わり、ビビりの内科医へクラスチェンジしました。来年度はビビりの救急医へとさらにクラスチェンジの予定です。

僕も、原因不明の、側胸部痛や、季肋部痛には、この予言をすること、あります。さらに、「痛む場所と全然関係のないところ(神経の走行で言うと関係大有りなんですが。)にブツブツがでることがありますから、背中、肩にも気をつけてくださいね。」とお伝えしてます。確か、生坂先生の本で前胸部痛、皮疹は肩、という症例が紹介されていたように記憶しています。
残念ながら今のところ全部空振りです。事前確率を上げるような病歴や背景、あるんでしょうか…。
by ビビりの内科医 (2010-10-05 20:18) 

なんちゃって救急医

>ビビりの内科医様

どうもおひさしぶりです。事前確率を上げるとしたら、神経の痛みの性状の病歴と片側性の皮膚病変ってところでしょうか?数値は持ち合わせていませんが、ただ、汎発性のVZVは片側性ではないという例外は知っておく必要があるかと。
by なんちゃって救急医 (2010-10-10 20:10) 

粒クリシロクマ院長

整形外科なので結構見ます。
予報的中率は30%くらいかな?
神経痛症状で整形外科的にチョット違うかな?って感じるときがあります。
L4,L5,S1神経根症状だと大体外してしまいます。

by 粒クリシロクマ院長 (2012-04-02 18:51) 

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