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ある意識障害の患者 [救急医療]

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救急初期診療において、意識障害の患者の診療を行うことは、大変多い。意識障害の鑑別は多彩である。よって、医学生や研修医の間では、よく知られた意識障害の鑑別の記憶術がある。一般の読者の方も想定して、まずは、彼らがよくしっている記憶術をここに紹介する。 細かいところの記載においては、地方地方であるいは成書間によっても、違いがあるかもしれないことは、あらかじめことわっておく。

日本では、アイウエオチップス(AIUEO-TIPS)として有名であるが、英語圏の国では、ちょっと順番が異なり、AEIOU-TIPSとなっているようである。下記の表については、Clinical Practice of Emergency Medicine 4th ed. のP93にあるtableを、ブログ主が、日本語の順番に表を並び替え、拙訳をつけたものである。今回のエントリーの意図は、このアイウエオチップスに、ある個人的な提唱をしてみたいということである。

AAlcoholアルコール
IInsulin  インスリン(つまり、高/低血糖を意味する)
UUremia尿毒症
EEncephalopathy, Epilepsy, Electrolytes, Enviromental causes脳症(高血圧性、肝性など)、てんかん、電解質異常、環境要因(熱中症、低体温など)
OOpium麻薬
TTrauma, Tumor外傷、腫瘍
IInfection感染
PPsychiatric, Poison精神疾患、毒物
SShockショック

私が、初めて覚えた「アイウエオチップス」では、Sがsyncope(失神)だったように記憶している。微妙にバリエーションはあるようである。

この表からわかるように、救急外来に、意識障害の患者が搬入されると、いろいろと考えることが多いのである。まあ、実務的には、真っ先に血糖を図るのが先である。なぜならば、血糖は、ベッドサイドで簡易測定器で1分もあれば、測定できて、かつ、低血糖であるならば、速やかに治療のためにブドウ糖を入れることが重要だからである。仮に簡易測定器が手元になかったとしても、血糖値を検査で確認することなく、ブドウ糖を静脈注射するのは、容認である。低血糖が遷延することによる脳障害のリスクと高血糖増悪のリスクを天秤にかけた場合、圧倒的に前者を回避するほうが重要であること、および、意識障害の原因が血糖異常以外であった場合にでも、ブトウ糖投与の実害のリスクは限りなく低いからである。
救急医の立場から、「ああ~いけてねえ」と思ってしまうのは、意識障害=頭と短絡的に発想し、速攻で頭のCTに行ったはいいが、しばらくたって検査部から「先生、血糖値が15ですよ!」なんて電話をもらってしまうことである。こういうことは、失敗談としてうちうちに語り継がれている病院もきっと多いことと思う。

低血糖に関する参考エントリー :思い込みという落とし穴  ぜひこちらもご一読ください。


さて、本日の症例です。 意識障害の患者です。

75歳男性  主訴 意識障害

近医にて高血圧で通院中のADL自立の患者。21時20分、自宅の風呂場で、大きな音がしたため妻がのぞきにいったところ、脱衣場で、うつぶせに倒れている患者を発見。いびき様の荒い呼吸をしており呼名に応じない。明らかな痙攣などは認めなかったという。21時55分、病院到着。JCSⅢ-200、血圧128/60、脈58。

瞳孔正円右5mm、左7mm、対光反射遅延あり。右上下肢は弛緩性であったが、左上下肢は活発に動かしていた。不快刺激によって、除脳姿勢、両側Babinski徴候陽性であったという。

この時点で、どんな鑑別診断があがるのだろう? 

(12月12日 記 続きは後日)

(12月14日 追記)

皆様、コメントありがとうございます。 今回のネタ元は、急性死の症例 100 名古屋大学出版会 P150 からです。この本は、剖検に基づいているので、確実な死因をおさえた上で、患者の病歴を、時間を遡って(=レトロスペクティブに)検討ことができるのが大きなメリットだといえます。我々は、その知見を元に、今後の診療に生かすときには、今、現時点をみながら、患者の病状を予測しながら(=プロスペクティブに)、診察していくことになります。 

さて、症例の経過を続けます。

病院到着(4/27 21:55pm)の約6時間後(4/28 3:30am)には、意識レベルが次第に回復し指示にある程度従えるようになる。このころから右上肢を激しく動かすようになり、起き上がろうと暴れるため、四肢を抑制。入院の翌々日(4/29)には、意識レベルは明らかに改善し、指示にも従えるようになった。その日の晩(4/28 18:40pm)、家族と談笑中に、突然、呼吸停止、意識レベルⅢ-300、脈拍40となり、18:50pmに心停止。19:36pmに死亡確認。

こんな経過でした。実は、あえて抜いていた経過があります。それは、救急隊現着時のバイタルです。
みなさん、情報提示で、あれ?って思いませんでした? そう、わざとやっていたのです。

4/27 21:36pm 救急隊到着。 意識Ⅲ-300 血圧64/47 呼吸数20 脈拍34

これを出すと、皆様ならすぐわかってしまうだろうという思いもありました。 

これは、大動脈解離に続発した意識障害の症例でした。 大動脈緊急疾患は、地雷疾患の横綱です。

意識障害の患者にショックのバイタルの合併がないかどうかを洞察することはとても重要です。そして、もし合併があれば、ショックバイタルの鑑別を考えることを優先しなければなりません。 その意味で、pulmonary先生の次のコメントは、多くの時間外診療や救急診療に携わる方々、特に若手研修医の先生に置かれましては、深く心に刻んでほしいものです。

ただこの患者のvitalは微妙です。高血圧加療中ですから、もとの血圧次第ではshockかもしれません。また頻脈はないですが、βblocker、Ca拮抗薬などでmaskされているだけかもしれません。

この症例が、これに該当するかが問題ではなく、このような医師の思考回路が地雷回避に大きく役に立つということをいいたいのです

関連エントリーを二つ挙げておきます。いずれも自験例。 
 脳梗塞というふれこみ  答えは一つとは限らない

この症例の剖検所見とコメントを以下に引用します。

<この症例の剖検所見>
上行大動脈に解離がみられ、解離は、左総頚動脈および右総頚動脈および腹部大動脈にも認められった。左右の冠動脈口にもみられたが、その内腔を閉塞するほどではなかった。脳には特記すべき所見は認められなかった。

<神経内科医師のコメントからの引用です(抜粋)>
4月27日に脳への大血管の起始部を巻き込む形で大動脈弓、下行大動脈に解離が起こり、29日にさらに上行大動脈への解離が進み心のう内に破裂が起こった可能性が考えられる。一過性に見られた意識障害の原因としては、解離によるショック(救急隊が到着した際に血圧が低かった)か脳への大血管起始部が解離に巻き込まれることによって起こる急速な脳血流の可能性が考えられた。

私も同意です。しかし、もし、救急隊がショックバイタルを的確に医療機関に伝達できなければ、なかなかショック+意識障害として、鑑別作業を始めるのが難しかったかもしれません。 この症例は、CTやMRを撮っていたのかどうかが、本からはうかがい知ることができません。普通とりそうな気がするので、撮っていたと仮定すると、意識レベルが回復した経過、剖検で脳に所見がなかったことを鑑みると、きっと画像上の異常は出てなかったのだろうと思います。

ここから、教訓的になる診療上のパターンを拾い上げるとすれば、「あきらかに脳梗塞の所見があるのに画像上や臨床経過で?となることがあれば、大動脈緊急を疑ってみること」 と言えそうです。

さて、最後にまとめとして、このエントリーで言いたいこと。

AIUEO-TIPSのAには、Aorta(大動脈)のAも入れておこう 

ということです。つまり

AAlcohol Aortaアルコール、大動脈緊急

ということの個人的提唱です。


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共通テーマ:日記・雑感

コメント 10

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moto

ふつうに考えると、左半球の脳卒中で、ヘルニア徴候でてきているから、脳出血による圧排かなあ、と思います。
しかし、文脈からは、意識障害=脳と短絡はよくないということで、脳でない??とすると、さて何でしょう。う~ん、わからん。

PS:わたしも「☆プチ整形の世界☆」というブログ?始めました。気が向いたら覗いてください。(^^;
http://tsurumaikouenn.blogspot.com/
by moto (2007-12-12 22:20) 

koba

風呂場発生の脳卒中は多いですよね。

高齢者だと脱水⇒温度変化・自律神経系など⇒迷走神経反射や起立性失神⇒転倒⇒外傷病変による意識障害というパターンもあると思います。

また、気になるのはバイタルです。HT加療中なので。
コントロール良好なら、実際はもっと高いのかもしれませんし、コントロール不良で普段が200/120なんかなら十分ショックでしょう。β blockerなんか飲んでたらHR上がりませんし。

症状は脳梗塞様でも、
・心血管系病変(MIなど)や腹部疾患(穿孔など)⇒ショック⇒脳血流不全⇒TIA+意識障害。
・AAD+梗塞?、
・血糖以外でもアンモニア    もありえると思います。
by koba (2007-12-13 00:14) 

moto

そうだ、転移性脳腫瘍からの出血であることが判明して、高血圧だけ診て原発巣を見逃していた近医が訴えられた、ってシナリオは、どうかなあ。
by moto (2007-12-13 01:02) 

moto

しつこく追記。
このくらい状態悪い救急患者だと、転倒時の外傷の可能性も考えて、primary→secondary surveyで、全身見まくるだろうから、つい原発巣発見しちゃった、ってことは、ありそうな気がします。。
見つけちゃったものを、家人に黙っているわけにもいかないだろうし、近医の先生困るだろうなあ。。
「75歳」ってとこが、微妙なキモではないでしょうか?後期高齢者制度発足すると、かかりつけ医の先生は、自分の専門に関わらず、総合医的に、全責任を問われうるわけだ。
「今日は死ぬのにとてもいい日だ」と言って死んでいってくれる患者あんまりいないですからねえ。仮に患者がそう達観したとしても家族がなあ。。
by moto (2007-12-13 01:18) 

pop

皆様こんにちは。右片麻痺があるので、まず脳疾患を想定しそうですが、片麻痺を呈する低血糖症もあったりするので、やはり血糖値を確認することが大切ということかなと思いました。
by pop (2007-12-13 12:42) 

ハッスル

重症度(非常に稀を除けば)から念頭に置くものは①脳血管障害②ショックに伴う意識障害(心血管など)③血糖異常でしょうか。
実際には初期評価と対処(モニター、血管確保など。ECGも含めていいと思います)を行いながら、脳血管障害の検査準備(オーダーや連絡など)を行い、その間に血糖・血液ガス・尿検査の結果を待つ(待たないで静脈注射でもOK)。
ここまでで、原因を示唆する異常がなく、一通りの初期評価・対処が済めばCTなど、とします。

それに家族からの聴取などを加えると、目を離した隙に次のシナリオが始まるかもしれません。
by ハッスル (2007-12-13 17:23) 

pulmonary

普通に考えれば右大脳半球の脳卒中(出血・梗塞ともに)が鑑別に挙がります。vitalと血糖をcheckしてCTに行きます。

ただこの患者のvitalは微妙です。高血圧加療中ですから、もとの血圧次第ではshockかもしれません。また頻脈はないですが、βblocker、Ca拮抗薬などでmaskされているだけかもしれません。

よって風呂場で失神(Syncope)→頭部外傷(硬膜外血腫などで脳ヘルニア)も鑑別に挙がります。大きな音もしたようですし。

失神の原因も並行して精査したいところです。不整脈、hypovolemia、低酸素などは少なくとも鑑別が必要です。

研修医の先生には「外科医は外傷の原因としての失神を見逃し、内科医は失神の結果起きた外傷を見逃しやすい。救急医は両方とも見逃さないように」・・といつも偉そうに言っています。
by pulmonary (2007-12-13 18:10) 

moto

これは難しいけれど説得力のある話ですね。
問題文のほうに「CTで大動脈に明らかな解離所見なし」となってたら、もっと唸ったと思います。
ありがとうございました。
by moto (2007-12-14 11:58) 

moto

追伸)これって、右の片麻痺ってとこが、鍵といえなくも無いですかね?
by moto (2007-12-14 12:08) 

moto

すみません、調べてみたんですが、解離にともなう片麻痺って、右に多いなんて話なさそうですね。へんなこと書いてしまいました。
なんとなく、直接大動脈本幹から、総頸動脈がでる左の方が、虚血症状強く出そうな気がしたもんで・・(右は鎖骨下動脈から逆流とかして症状出にくそうに思った)
by moto (2007-12-15 00:21) 

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