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高齢者の腹痛に潜む地雷 [救急医療]

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時間外診療において、高齢者の腹痛患者に遭遇することは多い。しかも、それが致死的な地雷的疾患であることもまれではないのだ。時間診療の場で、高齢者に対する安易な浣腸などは、自ら地雷を踏みにいくような危険な行為であることを心得ておく必要がある。 参考エントリー:浣腸という地雷

本日は、そんな高齢者腹痛の地雷的な症例を紹介する。地雷的な症例のパターンをできるだけ多くの医師たちで共有することにより、医師は地雷を回避し、患者はその診療で命が救われる。当ブログが、間接的な形であれ、そういう事に貢献できればというブログ主の思いが、このブログを書き続ける原動力となっている。

本日の症例は、パターン的かもしれないので、わかる人には、すぐわかるし、わからなかった人でも、これを機に知識さえつけておけば、即、今後の自分の診療には役に立つであろう。

では、症例です。

83歳女性  右下腹部痛

ADLは自立。慢性の腰痛にて整形外科に通院歴はあるが、糖尿病や高血圧は指摘されたことがないという。ある晩の出来事。21時ごろ、食事をしていて、しだいに右の下腹部が痛くなってきた。様子をみていたが、だんだん持続的な痛みになって、だんだん我慢できなくなってきたため、救急車で、未明の1時頃、来院した。下痢(-)、嘔吐2回。開腹等の手術歴はない。

来院時、意識清明。 やや苦悶様の表情。血圧135/78 脈96整 体温36.9 呼吸数24 SpO2 99

担当したのは、4年目のレジデントK。循環器グループの後期レジデントだった。
K医師は、眠い目をこすりながらの診察を開始した。

取り急ぎ、ルート確保とポータブルのレントゲン、血液のチェックなどのオーダを済ませた。

そして次に、速攻で、K医師は心電図をとった。
「うむ、STEMI(ST上昇型心筋梗塞)はないな。
Af(心房細動)もないから、SMA(上腸間膜動脈)の血栓性閉塞は大丈夫かも・・・」 

こんな印象を持ちながら、次に腹の診察を行った。循環器系医師ならではの発想だ。

「柔らかいな、右下腹部に圧痛があるが、リバウンドははっきりしない・・・」
「腸炎かな? でも、それにしては、痛がり方が気になるし、第一、下痢がないぞ?」

下痢がない腹痛はなおいっそう要注意という感覚をきちんと身につけているこのK医師の診療感覚は、なかなかいけてると思う。

K医師は、苦手ながらも、腹エコーを当ててみた。
「おお! 小腸が拡張している! イレウスや!!」
「ああ、これがキーボードサインか」

エコーでイレウスを確信した。 久しぶりの腹エコーの有所見に、K医師は、少しうれしくなった。
もちろん、レントゲンでも、はっきりと小腸ガスを認めているのが確認された。

「イレウスならば、CTで、絞扼性イレウスかどうかの鑑別が重要だな」
と次の診断のステップに入った。

採血の結果が、出た。 WBC 12000 CRP 0.3 crn 0.7。


これを踏まえて、造影CTをとった。

「う~ん、小腸の拡張があるが、造影剤は入ってるし、絞扼っぽい感じもしないかな」
と判断した。

K医師は内科の病棟当直医であるI医師にコンサルトした。I医師の専門は、消化器内科。12年目の医師だ。

I医師は、救急外来に出てきて、患者をチラッと一瞥し、そしてK医師が取ったCT像を見た瞬間・・・
「すぐに外科を呼べ、今すぐに!」 と一言。

K医師は、I医師のすばやい決断が、すぐには理解できなった。

I医師は、K医師に言った。
「あの年齢のあの体型の女性だったら、CTはここに気をつけないといけないよ」
と指導してくれた。I医師が指し示したCT画像の部分は、K医師がしっかりと見落としていた所見だった。

患者は、夜間でありながら、腹部外科医や麻酔科医が招集され、緊急手術となった。I医師のすばやい的確な判断のおかげで、腸壊死はなんとか免れたようだった。I医師のナイスな判断が、一人の高齢女性の命を救った一例であった。

残念ながら、こういう医療者側のファインプレーや懸命に患者のために治療に打ち込む姿は、今の医療報道では、「影」の部分だ。現代の医療報道は、医療の悪い結果ばかりに光を当てて報道する傾向がある。だからこそ、私は、医療報道では強調されない我々の日常を伝え続けなければならないと思う。

K医師が見落としていたCT画像所見とはいったい何だったのだろう。

(11月26日 記  続きは後日)

(11月27日 追記)
皆様、いつも的確なコメントをありがとうございます。今回は、パターン的でしたので、わかりやすかったかなと思います。 ご指摘の通り、閉鎖孔ヘルニアの症例でした。

地雷学習において、バイブル的名著 研修医当直医御法度 第4版 P74から引用しておきます。

やせた高齢の女性の腹痛(腸閉塞)はパンツまで脱がせるべし!開腹手術歴のない腸閉塞では閉鎖孔ヘルニア、大腿ヘルニア嵌頓

今回はまさにこのパターンでした。では、続けます。

I医師は、K医師に言った。
「高齢のあのようなやせ型の女性だったら、
 CTは恥骨のスライスまで気をつけないと見ないといけないよ」
「ほら、ここ、閉鎖孔に腸が嵌頓している。これは、閉鎖孔ヘルニアだよ。緊急手術の適応だ。」
と指導してくれた。写真の通りである。

I医師が指し示したCT画像の部分は、K医師がしっかりと見落としていた所見だった。

パターン化された知識として知っているかどうかが、所見に気がつけるかどうかの分かれ目になる。
今回はそんな症例でした。

さらに知識を深める意味で、堀川先生の腹部CTのサイトから引用させていただきます。

http://www.qqct.jp/seminar_answer.php?id=95

閉鎖孔(obturator foramen)は骨盤腔の座骨,恥骨と腸骨に囲まれる三角形の空隙をいい,その空隙は骨盤腹膜,内閉鎖筋と外閉鎖筋で閉じられている.閉鎖孔の外上方には閉鎖神経と閉鎖動静脈が通過する閉鎖孔obturator canalがあり,そこを門として閉鎖管内へ脱出するヘルニアが閉鎖孔ヘルニアobturator herniaである.閉鎖神経の知覚枝は大腿内側,膝と股関節部に分布する.ヘルニアは大腿深部に突出するので腫瘤として認識されることはなく触知されない.閉鎖神経の知覚枝が圧迫され,膝から大腿内側や股関節部に痛みを生ずる.大腿を後方へ伸展,外転または内側への回旋させると疼痛が増強する.これをHowship-Romberg signといい,25~50%にみられる.高齢の,痩せた女性に多く,”The skinny old lady hernia”と呼ばれる

http://www.qqct.jp/seminar_answer.php?id=567

文献考察1):閉鎖孔ヘルニア
閉鎖孔ヘルニア11例の経験
Author:西島弘二(国立金沢病院 外科), 湊屋剛, 伊藤博, 黒阪慶幸, 竹川茂, 桐山正人, 道場昭太郎, 小島靖彦
  Source:日本腹部救急医学会雑誌(1340-2242)24巻4号 Page795-800(2004.05)
  Abstract:1995年4月から2003年3月までに骨盤部CT検査にて術前診断が可能であった閉鎖孔ヘルニア11例を対象とし,臨床的検討を行った.11例はいずれも痩せた高齢女性で,嘔吐または腹痛を主訴とするイレウス症状で発症し,開腹手術歴を有する症例は9例(82%)であった.本症に特徴的なHowship-Romberg徴候は4例(36%)にのみ認め,発症から手術までの期間は1~12日(平均4.3日)であった.全例に開腹手術を施行した結果,嵌頓腸管は回腸10例,空腸1例で,嵌頓形態はRichter型9例,全係蹄型2例であり,6例に腸管壊死を認め,8例に腸管切除を行った.また,ヘルニア門の閉鎖法は腹膜単純閉鎖8例,恥骨骨膜と閉鎖膜の縫合2例,メッシュによる閉鎖1例を行い,他病死1例を除く10例は軽快退院し,無再発である.
痩せた高齢女性のイレウス患者では本症の可能性を念頭に置き,早急に骨盤部CT検査を施行し診断することが重要であると考えられた.


文献考察2):本邦集計257例(表1,表2)
閉鎖孔ヘルニア 最近6年間の本邦報告257例の集計検討
  Author:河野哲夫(市川大門町立病院 外科), 日向理, 本田勇二
  Source:日本臨床外科学会雑誌(1345-2843)63巻8号 Page1847-1852(2002.08)
  Abstract:自験例4例を含めた最近6年間の本邦報告257例について集計し検討した.
年齢は56歳から99歳迄で,平均年齢は81.5歳.性別は女性が248例で,高齢女性が圧倒的に多かった.左右別では右側が149例,左側が98例と右側に多く,開腹手術歴を有するものは24.0%と少なかった.Howship-Romberg徴候の陽性率は62.1%で,術前診断率は82.9%であった.腸管切除率については49.8%で,ほぼ半数が腸管切除を必要としており,術後合併症発生率は11.6%,死亡率は3.9%,手術死亡率は3.6%であった.診断には骨盤CTが非常に有用で,そのため,近年本症の術前診断率や予後は向上したが,腸管切除率は依然として高率であった.今後は腸管切除を避けるためになおいっそう早期診断・早期手術を心がけることが重要であると思われた.

今日のまとめは、やっぱり寺沢先生のこれです。 そのまま引用です。

本日の教訓
やせた高齢の女性の腹痛(腸閉塞)はパンツまで脱がせるべし!開腹手術歴のない腸閉塞では閉鎖孔ヘルニア、大腿ヘルニア嵌頓

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コメント 10

コメントの受付は締め切りました
shu

はじめまして、いつも勉強させていただいています。
高齢の女性ということで、大腿ヘルニアとかでしょうか?
by shu (2007-11-26 16:21) 

HDs.

閉鎖孔ヘルニアかなぁ
by HDs. (2007-11-26 16:27) 

ビル

身体所見ではわからなくて、CTでわかる。

おばあちゃんで、緊急オペの適応であることからは

閉鎖孔ヘルニアを疑います。

この前 大腿部痛を主訴に来院された

おばあちゃんがいて、恥ずかしながら、腹部CT所見を

自分では見落としてしまい、

放射線科の先生に指摘してもらいました。

ちなみに、その時点ではイレウス所見はありませんでした。
by ビル (2007-11-26 16:43) 

くらいふたーん

いつも大変ためになるエントリ有り難うございます。
さて 閉鎖孔ヘルニアか大腿ヘルニアか
ま どっちでもありでしょうか?
CTでしかわかりづらいとしたら 閉鎖孔ヘルニアでしょうし
診察を大腿部まできちっとしたとは書いていないので
そっちを取れば大腿ヘルニアもありでしょうね。
子供6人産んだとか問診できればさらにいいでしょうか?
by くらいふたーん (2007-11-26 17:22) 

僻地外科医

 閉鎖孔ヘルニアにしてはちょっと若いなぁ。私の印象では80代後半から90代の病気というイメージです。
 大腿ヘルニアか閉鎖孔ヘルニアと言うところまでは皆さんと同意。
どちらも緊急手術の対象になります。

 まあ、CT所見、「あの体型(おそらくやせ形でしょう)」と言うところから閉鎖孔ヘルニアが一押しですね。大腿ヘルニアは太めの人でもけっこう見ますから。出産歴やHowship-Lombergまで若手のしかも専門外の医者に求めるのは無理かな?
by 僻地外科医 (2007-11-26 17:39) 

moto

皆さんさすがですね。わたしは解りませんでした(^^;。
閉鎖孔ヘルニアのほうについて調べてみたら、こんなのありました。
http://www.qqct.jp/seminar_answer.php?id=567
「年齢は56歳から99歳迄で,平均年齢は81.5歳」とのことです。
by moto (2007-11-26 19:03) 

勤務医です。 

皆様にすっかり先を越されてしまいました。。。
たぶん そうなんでしょうね。ですよね。
自分も レジデントのときに 指摘された経験が。。。
by 勤務医です。  (2007-11-26 22:21) 

みさき

閉鎖孔ヘルニアって、ただちに夜中に緊急OP.するようなものですかねえ。よれよれの人が多いから、ねばった末に、開けてした経験のほうが多いような。
by みさき (2007-11-27 12:48) 

みさき

開けてした→開けて戻した の間違いです。
by みさき (2007-11-27 12:49) 

北の狼

このケースのように、閉塞部位が特定できない機械的イレウスをCTで評価する場合、必ず 【恥骨弓下端】 のレベルまで撮像することが重要です。きちんと指示しないと、技師によっては、そこまで撮像してくれないことがありますので、注意。
念頭にないと見逃す疾患(=地雷)の代表ですね。

「救急医」としては、とにもかくにも、CTできっちり診断をつけることが肝要で、後は「外科」の役目でしょう。
by 北の狼 (2007-11-27 21:56) 

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