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ある心肺停止患者 [救急医療]

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急性期病院の救急外来であるならば、心肺停止患者に対応することは、日常の業務に近いことだとは思う。そのような病院の救急外来で従事する者にとっては、心肺停止患者の初期対応のスキルは、業務上必須といえる。しかしながら、突然の心肺停止患者は、病院外のみならず、当然、入院中の患者にも発生することがある。しかも、この場合、スキルをもった専門家をただ待っているだけというわけにはいかない。たった、3~4分間の放置のみで、脳がやられてしまうからだ。それゆえ、心肺停止患者の初期対応のスキルは、医師の専門に関わらずすべての医師において、同時にすべての医療従事者において、その習得が求められている。

その具体的なスキル習得にあたり、今では、ずいぶんと教育体制が整えられている。アメリカ心臓協会(AHA)のトレーニングコースや、日本救急医学会認定のトレーニングコースが、日本のいたるところで受講できるようになっている。

そのようなコースを通して、しっかり勉強している人には、すぐわかるかもしれないが、本日は、ある心肺停止症例を皆様に考えていただきたいと思っている。

症例  70歳女性  CPAOA
糖尿病で近医通院中の患者。内服はあるが詳細不明(ただし、インスリン自己注射はなさそう)。昨日、13時ごろより飲酒をし始めたという。その日の夕方、酔っ払って足が立たなくなり、服を脱いだりして周囲のものに迷惑をかけていたようだ。それでも、一人飲み続け、家人も就寝したため、夜間の行動は不詳。翌朝、8:30頃、酔っ払った状態で家族と会話したらしい。その10分後、声をかけても反応がないことに家人が気がつき、救急要請の運びとなった。

8:47 119
8:55 救急隊 現着 初期調律VF 現場で除細動→PEA
           引き続き、気管挿管およびルート確保
9:26 病院着  直ちに二次救命処置が始められた。
最初の20分で、リーダのY医師が命じた処置とその結果は次の通り。
「モニタは何だ?」 → wide QRS brady のPEAだった。
「挿管の確認をする」 → 一連の確認作業、問題なし。
「血糖は?」    → 243が判明した。
「エコーもってこい!」 → 腹部:腹水(-)、大動脈径 大丈夫そう。
                 心: 心のう液(-)、右室拡大(-)。
「エピ、硫アト投与!」 → それぞれ1A、2A 投与が2回なされた。
「採血しろ!血ガスもだ!」  → トロポニンTも含めて、採血がなされた。
<そんなこんなで、次のリズムチェックの時間がやってきた。
「リズムチェックする」
「VFだ! 除細動!」  →  360Jで除細動が一回なされた。
「おい!血ガスどうだった?」 → K4.1 PH 7.321が判明した。
2分経過し、次のリズムチェックがやってきた。
「VFだ! 除細動!」 →  360Jで除細動が一回なされた。
また2分経過し、次のリズムチェックがやってきた。
「VFだ! 除細動!」 →  360Jで除細動が一回なされた
「リドカイン投与!」   → リドカイン75mgが投与された。
さらに、また2分経過し、次のリズムチェックがやってきた。
「VFだ! 除細動!」 →  360Jで除細動が一回なされた。
救急隊の処置も含めると合計5回の除細動がなされた。
難治性のVFだ・・・・・・

リーダのY医師は、緊急の心カテとPCPSが必要かもしれないと思い始めた。

いかがでしょうか? ここまでの経過で、おや?と思うことありませんか?
(3月12日 記)

(3月13日 追記)

皆様、コメントありがとうございます。 なるほどですね、アルコールの情報からは、Mgは考慮すべき薬剤だったかもしれませんね。 それは、思いつきませんでした。現場では。 皆さんからいただけるコメントは本当に勉強になります。

とりあえず、続きを書いてみます。

リーダのY医師は、緊急の心カテとPCPSが必要かもしれないと思い始めた。

そこに、H医師が助っ人に加わった。 卒後20年近くになるベテランだった。救急の経験も豊富だ。
H医師は、これまでの流れをY医師たちから聞いた後、
H医師は患者の足を触った。冷たかった

そして、指示を出した。

「おい! すぐに直腸温の測定だ!」 ⇒ 27.5℃だった。
「重度の低体温だ!」
除細動中止! 薬剤投与中止! まず、復温だ!!

43℃の生理食塩水を用意しろ!」

あいにく、この病院の救急外来ではPCPSなど高度な医療装備はなかった。
原始的だが、この43℃の生理食塩水での輸液、胃洗浄、膀胱洗浄など原始的な内加温を行った。もちろん、電気毛布や加温ブランケットを病院からかき集めてきて、外加温の併用も行った。

ひたすら、胸骨圧迫と加温療法が、続けられた。

しばらくすると、直腸音のデジタル表示が、コンマ1づつあがり始めた。

「よ~し、いいぞ。 そのままがんばれ」 H医師はチームを励ました。

約1時間後、直腸音が30.5℃に達した。
そして、リズムチェックの時間が来た。
ず~~と、低振幅のVFだった波形に変化が起きた

「波形が出ている。チェックパルスだ!」 ⇒ かすかに頚動脈が触れた。

「心拍再開! 血圧を測れ」 ⇒ 触診で60だった。

10分後、また心停止になった。 今度は心静止(asystole)になってしまった。 直腸音は32℃になっていた。

ここからさらに1時間近く蘇生を試みたが、asystoleは変わらなかった。

患者が搬入されて約3時間あまりの格闘の末、この患者の蘇生を断念した。

患者のご家族も、この蘇生チームの医師たちに深々と頭を下げて感謝の意を示してくれた。

この患者さんは、この蘇生チームの医師たちに、低体温下でのVFは除細動ではなく、復温によって回復することがあるということを、自分の命をもって、教えてくれたのだ。

こうして、日々の患者さん一人一人から、医療者は学ばせてもらっているのだ。

教科書に次のように書いてあるかもしれないが、この患者さんの蘇生に加わった医師たちの心には、この患者さんの経験がずっと心に刻み込まれ、きっと次の患者さんに遭遇したときに、この経験を生かしてくれるだろう。そう、今回のH医師の適切なアドバイスのように・・・・・・。

救急蘇生法の指針<2005> 医療従事者用 P80

中心部体温が30℃以下でVFが電気ショックに反応しない場合は最初の1回の電気ショックにとどめる。アドレナリン(=エピネフリン)などの蘇生薬剤の投与は中心部体温が30℃以下では行わない。これは、著しい低体温症ではその効果が期待できないだけでなく、薬物代謝の障害により薬物血中濃度が中毒域に達することがあるからである。

まとめます。

本日の教訓
重度の低体温(<30℃)は、除細動や薬剤よりも復温優先で

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コメント 18

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maru

PH高すぎるし、Kも低すぎる。
すごいアルカローシスがあったのかな?
by maru (2008-03-12 20:20) 

mut

大酒飲み→低Mg→QT延長→TdPではいかがでしょう。
by mut (2008-03-12 20:29) 

めい

酒飲みの病歴で難治性VTにはまずはマグネシウムですね。
ACLSチャートにもあるし。

へそ曲がりのMgと、研修医に人気の某教科書(研修医は読まないでくださいと書いてあるけど・・・)に書いてあるし、マグネシウムの存在意義って意外とあるんだなあと記憶した覚えがあります。
by めい (2008-03-12 20:41) 

日曜内科医

なにか・・・と言われるとすごく穿った見かたをしてしまいますね(笑)。

Mgもそうですけど。まずアミオダロンかなと思ったのですが、もしかしたら全然違う何かですか?実はモニターの接続ミスでVFじゃなかったとか。
by 日曜内科医 (2008-03-12 20:58) 

僻地外科医

つか、そもそも初期チェックは??

 頸動脈触れた? 呼吸はあった?
by 僻地外科医 (2008-03-12 22:12) 

moto

わーっ、遅れてしまった、残念。
TdPに一票。
by moto (2008-03-13 00:04) 

4年目救急医

低体温なんてどうでしょうか?
低体温であれば除細動もあまり効果がなく、
PCPSの適応になると思いますが。

アミオダロンやニフェカラントの投与も検討してもいいかもしれませんが。
by 4年目救急医 (2008-03-13 01:11) 

NYAO

 循環器疾患のVFでここまでしつこいのは珍しいような。LMTがらみでも一旦は戻ってすぐVFというパターンのほうが普通ではないかと。TdPもとりあえずはDCで戻るほうが多いと思います。
 前日の異常行動みたいな記載は何か頭蓋内疾患を疑わせるものでしょうか?あるいは何らかの薬物中毒?
by NYAO (2008-03-13 13:07) 

DrRY 島医者

数日前よりこのページをみつけ以後、はまって読み込んでいます。
今後ともよろしくお願いします。
自分もここまで頑固なVFは??って首を傾げたくなるため、
リード線はずれでVFではないに1票です。
by DrRY 島医者 (2008-03-13 15:57) 

くらいふたーん

低体温は思いつきませんでした・・・

アルコール飲んで家の前で寝ていて低体温になって運ばれたCPAOAがPCPS回してほとんど合併症なく助かった人がいましたが・・別件でコンサルテーション依頼があったので先日診ていただけにそれを思い出さなかったのが ちょっとショックです。
by くらいふたーん (2008-03-13 22:23) 

moto

TdPだと、VFから戻るけどまたすぐにVF、って感じらしいですもんね。(Dr林の笑劇的救急問答でやってました。)

ところで、この場合、熱は心臓(心筋)に直接加えたほうが、合目的的と言えるでしょうか?
だとしたら、除細動器は心臓加温器として働く可能性もあるのかな?
4回の除細動で加えられた熱量が360J×4=1440J。
水の比熱は4184J/kg・K。心臓の重量を250gとして、除細動の熱量がすべて心臓に伝えられたとしても、約1℃弱の加温かあ。。
とりあえず30秒間隔で12回くらい連続して除細動してみるなんてどうでしょう?
by moto (2008-03-14 00:11) 

moto

続き)
これ、動物を低体温でVFにして除細動かけて加温すれば、有効性評価可能ですね。調べてないけど、やられてなかったらpaper書けるんじゃないかな?・・誰か、アイデアお譲りしますからやりませんか(^^;。
低体温のときの除細動器の新しいモードができるかも。
by moto (2008-03-14 00:22) 

駅弁医学生

いつも興味深く拝見させていただいております。
DM、アルコールの情報があってのVFで、低体温を考えるのは難しかったです。勉強になります。
VFであれば末梢の循環不良はあると思うので、どうしてH医師がすぐに対応できたのか、疑問ではあります。
by 駅弁医学生 (2008-03-14 02:06) 

pulmonary

追記がでてからで失礼します。

ICLS、ACLSで教えている5H&5T(今は4H&4T)って案外大事ですよねぇ。でもここまでの低体温なら胸骨圧迫している人が触って分かりそうなものですが。。ルート取る人、BVM換気する、チェックパルス人も・・・。
とういうことで3つの「か」も重要です。

たまにCPAでも鼓膜温測定の電子体温計つかう人がいますが、あれは間違いです。CPAのときは鼓膜も循環ありませんから。
表面の皮膚温もあまりアテなりませんので、しっかり直腸温測定大切です。
by pulmonary (2008-03-14 12:43) 

ハッスル

後出しでスイマセン。

自宅であっても、冬などに酩酊状態での低体温は稀に経験します。

以前、某施設入所の高齢者で、直腸温32度の低体温の方がおられました。低血圧で徐脈で意識障害もありましたが、復温と補液のみで軽快されました。

不思議なことがあるものです・・・
by ハッスル (2008-03-14 16:33) 

NYAO

 たしか重症の頭部外傷なんかの時の低体温療法があったと思いますが、あれは復温時に時間をかけて温度を上げていかなければいけなかったような記憶があるのですが・・・通常の低体温だと比較的急速でもいいんでしょうか?
 DCで心臓を暖めるのは環流してくる血液ですぐに冷やされてしまいそうですね。
by NYAO (2008-03-14 17:39) 

moto

理屈でいうと、PCPSがいちばんいいはずですよね。体外循環時に、血液加温できますから。
「DCを繰り返してはいけない」という理由がよくわからないなあ・・
by moto (2008-03-14 19:18) 

ハッスル

①そもそも体温上昇させて原因(易細動環境)除去②除細動による心筋ダメージが結構あるからだったように記憶しています。

低体温療法では脳保護優先、この場合は心拍再開(除細動)優先。
「低体温療法」は脳に対しては保護作用、心臓を含めた他の臓器に対しては侵襲作用。急激な復温も生体に対しては侵襲で、優先順位の問題だと思います。

高体温もですが、体外循環が一番早く復温できます(分単位で)。
by ハッスル (2008-03-14 22:58) 

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