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AED訴訟がついに発生! [医療記事]

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ついに残念なことが、報道されてしまいました。私がずっと前から怖れていた訴訟です。ネタ元は、いつも拝見させていただいている中間管理職先生の勤務医開業つれづれ日記の中のコメントからです。

http://www.shinmai.co.jp/news/20080109/KT080108FTI090011000022.htm   
魚拓

胸に打球、救命措置遅れ後遺症と県を提訴     1月9日(水)

 2005年に下伊那農業高校(飯田市)1年の野球部員男子=当時(15)=が練習試合で
胸に打球を受け、「心臓振とう」を起こして今も後遺症があるのは引率教員の救命処置が遅れたためとして、男子とその両親が8日までに、県を相手に慰謝料など総額約1650万円の損害賠償を求める訴えを地裁飯田支部に起こした。

 訴状によると、05年6月に名古屋市内の高校で行った練習試合で、守備についた男子は打球を胸部中央やや右寄りに受け、倒れた。脈を打っていなかったため下伊那農高の生徒が心臓マッサージをし、その後に到着した救急隊員が除細動を実施、心拍が戻った。この心臓振とうの後遺症で現在、介助がなければ日常生活を送ることができない体の状態としている。

 原告側は、野球では球が当たることやそれによる心臓振とうは予測できたのに、
引率教員は自動体外式除細動器(AED)を持ち運ばず、救命処置が遅れたと主張。代理人は「胸に打球を受けて倒れた場合、心臓振とうとみて、引率者が人工呼吸や心臓マッサージなどをすべきだったのにこれをせず、安全配慮義務を怠った」としている。

 被告側は「対応を検討している」(県教委高校教育課)としている。下伊那農高の上沼衛校長は「訴状を見ていないのでコメントできない」と話している。

過去のエントリー 転倒と訴訟. で述べたことを再掲します。

養老孟司氏の著書「自分は死なないと思っているヒトへ」の中で、興味深い一説があります。現代社会を「都市化」というキーワードで捕らえ、その中での人々の変化の一つに、次のようなことを指摘しているのです。

戦後の日本人で、一番目立つのは、何事も人のせいにする人間が出てきたことです。人間の作ったもので世界を埋め尽くしていけば(=都市化)、それだけが現実になっていく。その「現実」にないはずの不都合は、すべて人のせいにする。(中略) 自然の中で暮らしているときに、不幸な出来事が起ると、「それは仕方がない」となる。一方、都会の中で不幸な出来事が起きると「誰のせいだ」ということになる・溝に落っこちたら、誰かがその溝を掘ったのですから当然のことだが、やはり、「誰かのせい」というのが都市です。

以上、再掲部分。

医療は、多くの人を救うべく、進歩をし続けています。 その結果、その進歩の恩恵を受ける人もいるでしょう。しかしながら、その進歩も影の部分があります。進歩の恩恵を受けられずに、不幸な出来事が生じた場合、それを誰かのせいとしてしまうことです。養老孟司氏が端的に指摘したことの医療版です。

AEDの普及は、最近の医療の進歩の一つとして、大きな出来事だと思います。この数年で、多くの人がその恩恵をうけていることでしょう。

当ブログでも、2回ほど話題に上げています。Commotio cordis(心臓震盪) 心臓しんとうを予防しよう

「AEDさえあれば、救命処置さえあれば・・・」というパターンの訴訟は、ずっと前から怖れていました。いつか来るだろうって・・・・ずっと思ってました。AEDさえなければ、決して起きなかった紛争です。

ご家族のお気持ちとしては、無理もないことでしょう。ですが、こういう訴訟を多くの人が知ってしまえば、善意の気持ちで救命しようという気持ちには、とうていならないでしょう。その結果、これから恩恵を受けるであろう人たちにとって、とてつもないマイナスとなるでしょう。つまり、医療訴訟が原因で医師が現場から逃散するのと同じ理屈です。善意で救命行為を行う人が激減するでしょうということです。

医師患者関係は、訴訟問題がその間に入り込むことにより、防衛医療化します。その結果、医師患者関係は、信頼より緊張となり、ぎこちなくなります。味気なくなります。

この訴訟を契機に、同様のことが、教育現場にも波及するでしょう。スポーツ現場にも波及するでしょう。

悲しいことです。まさに、医療の発展の影の部分です。

それにしても、私は、引率教員の方がとても心配です。ものすごく自分を責めていらっしゃるのではないでしょうか?心のケアが必要かもしれません。

本当に残念です。弁護士レベルで止めてほしかった・・・・ 本当に残念です。

私は、この記事を知りたくなった・・・・・。弁護士で無理なら、報道レベルで止めてほしかった

医療の進歩は、新たな苦しみと新たな紛争をもたらす

これも真実です。

医療の進歩はもうこれ以上不要と、私は個人的に思っています。むしろ、死をとりまく環境を社会整備した方がよっぽど暮らしやすい日本社会になるだろうと確信しています。

院内でAEDを備えている医療関係者の方々、次に訴えられるのは、あなたかもしれません。
BLS+AEDのトレーニングをしておいた方が賢明でしょう。


コメント(17)  トラックバック(2) 
共通テーマ:日記・雑感

コメント 17

コメントの受付は締め切りました
moto

名古屋といえば地元ですが、このケースかどうかわかりませんが、野球で心臓しんとう起こしてAEDが近くになく、車で取りに行って間に合わなかった、というのがあったそうです。・・野球場広いですしね。とくに練習試合で使うような施設だと、駅や飛行場とちがって手近にない場合もあるんでしょう。

007カジノロワイヤルでは、ボンドカーにAEDが装備されていましたね。毒殺されかけたボンドが、心停止の瞬間、自分で自分にAEDかけるという離れ技です。・・それとは別に、ボンドが愛人をCPRするシーンがあるんですが、あれは下手ですね~。あれでは生き返らないだろう、と思いました。

トヨタのLEXUSなんかだと、別売りでAEDが車につけられるみたいな話聞きました。これ、標準装備にすると、車の一部という扱いになるから、衝突時の耐久性とか、いろいろやっかいなんだそうで、標準装備化はむつかしいらしい。オプション。
AED付きの缶ジュース自販機は、あるんだそうですね。現物はまだ見たことないですが。

年末に除細動器と全身麻酔器買ったんですが、エステ感覚で来てるうちのお客さんたちには、「なんだか恐ろしそうな機械が増えたんですね」と、あまり好評じゃないです。たしかに不気味なんだろうな。
by moto (2008-01-09 22:20) 

ハッスル

起こるべく(予想されたとおりに)して起きたことですね。
次は、確かに”あったのに適切に使われなかった”となるのでしょうか。

なので(という理由だけでもありませんが)、当院にはまだAED設置を勧めていません。誰でも簡単に使える=使えないといけない、の理屈に付き合いたくありませんから。

何かに責任を求めるのであれば、AEDが手元になく使われなかった=担当者の責任、ではなく、ない環境で野球をさせていた保護者(PTA含む)・学校関係者(教育委員会含む)・施設担当者(行政を含む)みんなの責任では。
個人の責任追求と金銭による賠償ではなく、二度と繰り返さないように”寄贈(個人でも買えますし)””講習会の普及”とか、に発想がいっていただけませんか?賠償では次の患者にはつながらないと思います。
ただ、”これまでに設置を要求していたが無視された”とかの事前トラブルなどがあれば多少見方が変わるかも・・・
by ハッスル (2008-01-09 23:13) 

fuka_fuka

> 弁護士で無理なら、報道レベルで止めてほしかった。

本当に。
(その前は、「この記事を知りたくなかった」のtypoでしょうか)

マスコミが 「提訴段階での報道は国民に不利益」 ということを学習してくれるまで、その都度あげつらって批判していくしかなさそうですね。
by fuka_fuka (2008-01-09 23:19) 

風はば

まず、命を不幸な事故で命が助かったというだけでも、十分に現代医療の恩恵は受けております。五体満足で帰っ来て当然という考えは、合点がいきません。

>野球では球が当たることやそれによる心臓振とうは予測できたのに、引率教員は自動体外式除細動器(AED)を持ち運ばず、救命処置が遅れたと主張。

野球では球が当たることやそれによる心臓振とうは予測できたのに、御両親は引率教員がAEDを持ち歩いているかどうかも確認せず、漫然と部活に参加させていたと主張。と改編も可能かと思います。


>引率者が人工呼吸や心臓マッサージなどをすべきだったのにこれをせず、安全配慮義務を怠った

これは安全配慮ではなく、緊急処置です。引率者は、そこまでする「責任」はあったでしょうが、「義務」とまでとまでいわれるとツラいものがあるのではないでしょうか?

この引率教員も、この一件で苦しんでいたのではないかと思います。そのようなときに訴訟を喰らってしまって、大野病院のK先生と同じ心境ではないでしょうか。
by 風はば (2008-01-10 08:09) 

通りすがり

この訴訟には確かに違和感をおぼえますが、もしかすると介護費用がかかることを考えて周囲が(例えば学校側が)訴訟を起こさせたと言うことはないのでしょうか。たいてい学校は傷害保険等に加入していると思うのですがその際、訴訟で負けなければ支払われないと聞いたことがあります。
実際以前、プール事故で訴訟があり支払われた記憶があります。
by 通りすがり (2008-01-10 08:47) 

素人の浅知恵

一般論としてAEDを公共の場所に配置するのは、善意による利用を想定してあると思ってきました。
このような事が報道されてしまうと、善意による行為者が現れる可能性が低くなりそうです。
自分が両方の意味で当事者になったとしたら、第三者に対する善意への期待も提供も萎縮してしまうでしょう。
訴えた当事者を責める気はありませんが、せめて判決確定後に淡々と判決内容を報道して欲しかった。
これは、社会的には損失ではないかなぁ。
by 素人の浅知恵 (2008-01-10 08:49) 

フィッシュ

病院や診療所勤務だと、本物(?)の徐細動器は目にしてもAEDについては見たことがないので、実際に自分がその場に遭遇して使えなかったらどうしよう・・・と不安になり、以前本を買いました。

高校生が心臓マッサージをして、命が助かったのですね。勇敢な高校生だと思います。それなのに・・・。この高校生は、今どんな思いでいることでしょうか。
こんなところにも、先生が問い続けていらっしゃる、この社会の生老病死に対する姿勢が見えてくるようです。

このブログの疾患に関しては難しすぎてついていけませんが、それだけ「診断の技術」というものはすごいものだと感動しながら読んでいます。
そして、すこしでも診断治療に役立つスタッフになれるよう、勉強していきたいと思います。先日の若い女性の肺梗塞、産科でずっと働いてきたのに思いつきもしませんでした。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
by フィッシュ (2008-01-10 14:10) 

doctor-d-2007

>弁護士レベルで止めてほしかった

残念ながら、弁護士も数が増えているようですので、止める弁護士もいれば、敢えて訴訟に持ち込む弁護士もいるのでしょう。
大所からみれば前者が求められるはずですが、後者の立場で仕事を得る必要のある弁護士も少なくないと思われます。残念な事です。
by doctor-d-2007 (2008-01-10 16:51) 

Med_Law

もし監督が医師だったら、救命可能性20%で慰謝料容認しちゃうかもしれない。

でも相手が素人だから、期待可能性がない(そんなの素人に期待しても駄目でしょ)ということで、あっさり終結しちゃうような気がします。

慰謝料が安い(医療事故ならまず、死亡慰謝料2000万円が相場。)のも、そのためでしょう

そのうち、『AEDを取り付けてなかった訴訟』が出てくるかもしれません
あるいは備え付けていて、あることを知らなかった訴訟?

引率を嫌がる先生が増えることだろうなぁ
by Med_Law (2008-01-10 19:00) 

雪の夜道

>BLS+AEDのトレーニングをしておいた方が賢明でしょう。

BLSなど、下手に知っているとどうなんでしょうか、と思います。救命には必須ですが。考えるのは良きサマリア人の法すらままならない日本です。
by 雪の夜道 (2008-01-10 21:25) 

ドクタールウ

私のブログでも、この問題にについて触れたことがあります。
確かに医療をする者にとって訴訟の問題は日経メディカルが指摘するように
死活問題であり、どうしても日々の診療が防衛的になります。
by ドクタールウ (2008-01-10 23:38) 

元なんちゃって救急医

>moto先生

AED搭載の車まであるとは・・・ おどろきです。


>ハッスル先生

たしかに、may がmustにかわると・・・・ ためらいますね。

>fuka_fuka 先生

その通りですね。言い続けるしかないですね。

>風はば 先生

ご指摘の通りだと思いました。緊急処置を訴えてはいかんと思います。

>通りすがり先生

たしかに、そういう路線もあるかもしれませんね。

>フィッシュ先生

ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。

>doctor-d-2007 先生

たしかに弁護士の数↑は訴訟の数↑ですね・・・

>Med_Law 先生

なるほど、医者だったら・・・ ですか  ため息です。

>雪の夜道 先生

ほんとですね。このまま、日本は良きサマリア人の法をしらない社会になっていくのでしょうか

>ドクタールウ 先生

防衛医療をやるしかないと私は思っています。実践あるのみです。
by 元なんちゃって救急医 (2008-01-11 20:19) 

Level3

雪の夜道さんも書かれていますように,「よきサマリア人の法」が日本でも必要であるということですね.

なんとか世論を動かす良い方法はないものでしょうか?
by Level3 (2008-01-12 11:50) 

よたろうさん

今、救急搬送を断る病院のことが報道されていますね。
結果が悪かったから訴訟になった例、たとえば心筋梗塞の転送とうかもそうですが、救命率の低そうなケースは過剰防衛的に断ってしまうことになりつつあるような気がします。
その一端は訴訟であり、それを容認する弁護士と医療に責任を転嫁する裁判官ではないでしょうか。昨今の報道を、裁判官たちは人ごとと思っているのではないでしょうか。無関係ではないはずです。
by よたろうさん (2008-01-13 22:29) 

元なんちゃって救急医

>Level3 先生

ほんとそうですよね。本田先生がおっしゃるように、自分達で、自分達の情報を発信し、自分達で啓蒙していくことなんでしょうね。

>よたろうさん 先生

そもそも、法律の思考システムや前提と、医療の思考システムや前提に大きな解離があるあけで、それなのに、法のシステムに当てはめようとするから、変なことになるのでしょう。彼らは、法に基づいて運用することをプロとして考えるわけで、今の現状を、彼らのせいと私達が追求しても解決点は見えません。
by 元なんちゃって救急医 (2008-01-14 06:47) 

503

ちょっと前に市内の体育館で心停止→一般人が蘇生しAEDを使って救命しえた患者がいました。たいしたものと思いますが、仮にうまくいかなかったら訴訟に巻き込まれるとの認識が世間に広まると、このような勇気ある人たちが躊躇してしまう可能性があります。むしろこの裁判で「よきサマリア人の法」に従った判決が出ればいいのですが、今の司法には期待できそうもありません。
by 503 (2008-01-27 08:42) 

まる

結局、過失なしとして棄却されましたね
ほっと安心しました
by まる (2010-11-14 19:13) 

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