SSブログ

アルコール中毒という地雷(2) [救急医療]

 ↓ポチッとランキングにご協力を m(_ _)m
   
 
時間外診療で、医療者が、患者に対して陰性感情(=医療者が患者に抱くマイナスの感情:怒り、不快など)を抱く代表格の一つが、急性アルコール中毒の触れ込みの患者です。 基本的には、アル中は自己責任やろ!って思います。 しかし、その陰性感情の赴くままに、診療を行い続けると、とんでもない地雷を踏んでしまうかもしれないのもまた現実です。 医療者側から治療者側へのお願いは、アルコール中毒(酔っ払いがひどくなった?)と思える患者を病院へ搬送する歳は、必ずその状況のわかる人も一緒に来院してほしいということです。 同伴者からの情報収集が診療の鍵になることがありえるからです。

過去にアルコールがからんだ地雷ものは、二つほど紹介させていただきました。

たった一枚の心電図 
アルコール中毒の触れ込みで来院した患者が、実は、ST上昇心筋梗塞(STEMI)であった一例
アルコール中毒という地雷
アルコール中毒の触れ込みで来院した患者が、実は、くも膜下出血であった一例

まもなく忘年会シーズンがやってきます。お酒は楽しく飲みましょう。飲酒運転は絶対だめですよ・・・・・。
というわけで、さて本日は、久しぶりに、アルコール関連の症例を提示してみたいと思います。

症例 46歳女性   交通事故

仕事場の飲み会があり飲酒をしていた。そのまま自家用車を自分で運転して自宅へ向かった。その帰宅途中の0:30頃、停車中の車に後ろから追突した。通行人(目撃者)が119要請。当院へ搬入された。本人は酩酊状態だが、頭痛はない、吐き気はあるが吐いていない、気は失っていない、腹痛はない・・・などと言っている。シートベルト着用に関しては、正確な情報をつかめず。

酩酊状態だが、意識はⅠ群。 バイタルサイン BP 90/70 HR 102 KT 35.9 SpO2 98
瞳孔は、左右差なく対光反射も迅速。眼球運動異常なし。顔面、頚部、とくに異常なし。胸部も異常なし。腹部は軟で平坦だが、右上腹部には圧痛があるようだ。(よくわかない酩酊で) 上下肢の筋力は左右ともOK。両膝には、縫合が必要そうな挫創がある。アクティブな出血はなさそう。

さて、担当した研修医は、「なんだ、こいつは! 飲酒運転するほう悪いやろ!」と影で毒づいている。
それでも、彼は眠い頭で考えた。結果、治療は、アルコール中毒と膝の挫創がメインと考え、点滴をしながら、その間に膝の縫合を行って、アルコールが醒めた時に帰宅かなあなんて考えた。一応、頭部CTくらいはとってやってもいいかなとも思っている。

皆さんは、指導医の立場から、こんな研修医をみたらどうします? (11月1日 記 続きは後日)

(11月2日 追記)

皆様、コメントありがとうございます。皆様方に指導してもらえる研修医は幸せですね。いい指導が間違いなく受けられますね。皆様のご指摘の通りです。 

目立つ傷に飛びついていけません。 アルコール中毒と決め付けてはいけません。

ご指摘の通り、バイタルサインはショックっぽい感じです。元々低血圧の女性かもしれないし、アルコールの影響もあるかもしれない。しかし、救急の現場では、「(楽観的予測に基づいた)~だろう」よりも「(悲観的予測に基づいた)~かもしれない」を原則に動くことをお勧めします

実は、この症例は、最初から、FASTを行っています。
(FASTについての参考URLはこちら ⇒ http://www.jaam.jp/html/report/dictionary/word/0908.htm

で、そのエコー写真。


ご覧の通り、モリソン窩にエコーフリースペース(液体貯留)を認めます。つまり、腹部打撲による腹腔内臓器損傷に由来する出血が示唆される病態です。緊急事態です。 当院では、こういう外傷に対処するのは困難なので、この時点で、急速輸液を開始しつつ、ポータブルの胸と骨盤のエックス線だけは最低抑えた上で、近隣の救命センターへこの患者さんをお願いしました。治療困難な医療施設で、CTなどでだらだらと診断をつめるより、この段階で転送するのが懸命な判断だと考えています。もちろん、医療環境は、各地いろいろでしょうから、近隣に適切な転送施設が無い場合は、私がここで述べている対応とはまたちがったものになろうかとは思います。 傷を縫おうとした研修医の話は、実は私の作り話なのですが、ほんとうにそうするとそれはかなりいけてない対応だと思います。

さて、このエントリーで言いたいことは、外傷治療の各論ではありません。医療者が、アルコールがらみの患者に抱きやすい陰性感情を上手く自己コントロールして、患者、自分の両者にとって不幸な結果にならないように、気をつけましょうよということが、私が最もここで言いたいことです。

勘違いしてほしくないことがあります。医療者がいやな気持ちを持ってはいけないということではないのです。

はっきり言います。 私は、いやです。アルコール患者を時間外で、特に深夜帯で見るのは大嫌いです。いつも、思いっきり陰性感情が私にはわきあがってきます。

医療者は、自分に湧き上がってくる陰性感情を否定するのではなく、まず、その感情を自分で受け入れて、それから患者と接することを開始するのがいいのです。自己の陰性感情をあいまいにしたまま、患者と接し始めると、どこかそれが、非言語的に、言語的に、患者に伝わってしまうことがありますし、第一、自分の臨床判断に大きく影響することが考えられます。 参考までに、アルコール中毒がらみの訴訟事例を3つほど、次に挙げてみました。いずれも、治療者の陰性感情が、紛争の背景に存在しているような気がします。まあ、私の推定に過ぎませんが・・・・

死亡患者の遺族、「誤診」と病院訴え 】199X.XX.XX 西部夕刊 9頁 1社 (全427字) 

バイク運転中に転倒、昨年五月に亡くなったO県T市の会社員(当時四八)の妻らが、最初に治療を受けた病院を経営するT市医師会を相手取り、「患者の意識がないのは泥酔のためと医師が誤診し、迅速な治療を怠った」として、総額八千万円余の損害賠償を求める訴えをO地裁T支部に起こした。訴えによると、会社員は昨年四月三日、T市内でバイク運転中に転倒して、午後三時ごろT医師会病院に運ばれた。
医師は、泥酔による事故と診断して頭部の精密検査をしないままに傷の手当てをした。妻らが抗議して、午後六時前に検査したところ、脳内出血とわかり、O市内の脳神経外科病院に転送されたが、意識が回復しないまま約一カ月半後に死亡した。同医師会の理事で、T医師会病院のM院長は「個人的な見解だが、医師の判断ミスはなかったと思う。当初、急性アルコール中毒の疑いもあったのは事実だが、最終的に脳内出血の診断が下されるまでに、そんなに時間はかかっていない」と話している。
「急患治療せず死亡」 母親 H市と医師を提訴  200X.XX.XX  社会 (全509字) 

H市内の無職男性=当時(31)=が死亡したのは医師が誤診し適切な措置を怠ったのが原因として、母親(53)が、H市民病院を運営する同市とT外科(同市南区)の医師を相手に九千二百万円の損害賠償を求めて提訴した。二十六日、H地裁で第一回口頭弁論があり、被告側はいずれも争う姿勢を示した。訴えによると、二男は昨年N月M日、自宅前の路上に倒れていて救急車で市民病院に運ばれた。急性アルコール中毒と診断され、
担当医師は治療をせず警察に保護を依頼した。しかし、歩けない状態だったため、救急車がT外科に運び入院した。同外科は肝炎、大腸炎と診断し治療したが、(M+1)日早朝に死亡。同外科は死因はアルコール依存症によるアルコール性肝炎、大腸炎としていたが、H大病院であらためて司法解剖した結果、死因は急性肺水腫だった。原告側は「市民病院が誤診し、入院もさせなかったことに過失があるのは明らか。T外科も診断を誤り、注意義務を怠った」と主張。市病院事業局事務局経営管理課は「適切な対応をしており過失はない」とし、T外科側も「誤診はなかった」と反論している。
「誤診で後遺症」 XXの男性、XXを損賠提訴  200X.XX.XX  (全360字) 

XXXX病院(N市T町、K院長)で9X年5月、誤診により適切な治療を受けられず、後遺症を負ったなどとして、N市内に住む男性(当時60歳代)と妻が3日までに、病院を運営するMMMMを相手取り、慰謝料など総額1億5200万円余りの損害賠償を求める訴えを、地裁N支部に起こした。訴状によると、男性は自宅で意識を失い、XXXX病院に搬送された。その際、担当した医師は、別の医師から「脳こうそくの疑いがある」と連絡されていたが、
CT検査や家族からの聞き取りをせず、急性アルコール中毒と診断した。男性は精密検査後も「痴呆」などとされ、約3カ月後に退院するまで脳こうそくと診断されなかった。男性は「誤診でリハビリなどの治療が早期に受けられず、職場に戻れなくなった」などと訴えている。

いかがでしょうか? まとめます。

本日の教訓
アルコール患者に抱く自己の陰性感情をコントロールしよう


コメント(7)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

コメント 7

コメントの受付は締め切りました
ER

ハンドル外傷を考えて、エコーぐらいはやっておきたいと思います。
BP↓、HR↑傾向から考えて、腹腔内出血でしょうか?
by ER (2007-11-01 20:10) 

koba

ERさんに同意します。
BP/HRのショックバイタル。外傷性大出血がないのならば、胸腹腔骨盤内の出血検索必要でしょう。まずFAST。シートベルト±では頚椎3方向必要。骨盤動揺性+Xp。
ハンドル外傷疑いで右上腹部圧痛ならさらに肝外傷も考慮必要。
頭蓋内出血でショックバイタルはあまり聞きませんが、むしろBP↑でしょうが、外傷性硬膜外・下出血は地雷は踏みたくないです。

あとは、飲酒ですし、血糖と尿ケトンは測定しておきたいですね。実は事故は関係なかったりして・・・。
by koba (2007-11-01 20:51) 

doctor-d-2007

上に同じですね。肝損傷のケースをよく見ます。
by doctor-d-2007 (2007-11-02 12:27) 

こんた

この症例に関しては皆さんと同じ意見ですが

こう言った症例の場合
臓器損傷で手術となると、かなりの医療費がかかると思います
飲酒しての事故ですから、自賠責、任意とも自動車保険からは治療費は支払われないと理解していますが
まさか保険診療としてしまってるのでしょうか?

また、このような症例で見逃しなど、医療ミスが生じた場合
当事者、家族(場合によっては遺族)から損害賠償の民事訴訟を起こされるリスクは高いのではないかと、勝手に想像しています。
どこからも、お金がおりませんからね。

酔っ払い天国日本 気をつけなくてはなりません

症例と関係ないレスになってしまい申し訳ありません
by こんた (2007-11-02 13:22) 

僻地外科医

 私も肝破裂・軽症脾破裂はdetectしておきたいですね。FASTはやはり基本でしょう。
 で、田舎救急ですので状況不明の交通事故ではFASTやったあと、頭部から骨盤まですべてCT撮ってます。あとから見つかって転送では全く間に合わないケースもありますから・・・。

>kobaさん
 頸椎は交通事故の場合6Rを基本にしてます。3Rだとけっこう頸椎損傷の見逃しが・・・。

>こんたさん
 保険診療でやるしかないでしょうね。しかし、いずれ保険者から払い戻し請求があるかも知れませんが、それは自己責任と言うことで。
by 僻地外科医 (2007-11-02 16:23) 

くらいふたーん

酔っぱらい運転で運転手が dashboard injuryで両膝に外傷ありと言うことは居眠りの可能性も高く またシートベルトもつけていなかった可能性もこれまた高いわけですよね。
あるいはシートベルトつけていたにしても肝臓・脾臓の損傷は皆様の言うとおりで念頭に置く必要ありますね。
昔 酔っぱらってけんかして蹴られて膵破裂だった患者さんもいたのを思い出しました。
by くらいふたーん (2007-11-02 19:09) 

あつかふぇ

アルコールがはいっていたら見なくてもいいという決まりのある病院もありますよね。
by あつかふぇ (2007-11-03 08:39) 

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。