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脳梗塞という地雷(ある医療訴訟より) [医療記事]

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脳梗塞は、脳の血管が詰まることにより、脳血流が途絶え、様々な身体症状がでる病気だ。 血管の老化現象とも言える動脈硬化がその背景にあることが多い。 時間外診療においても、脳梗塞患者に遭遇することは多い。 もちろん、患者は、「私は脳梗塞です」というプラカードを掲げて、我々の前にやってくるわけではない。 我々は、患者の訴える多彩な身体症状から、その症状が脳梗塞かどうかを考えることを求められているわけである。 この思考プロセスは、確率論に準じており、 どんなに名医であっても、たとえ経験のあさい研修医であっても変わらない。  参考エントリー → 診断とは確率にすぎない 
脳梗塞ならではの診断の特徴としては、 発症早期では、頭部CTで診断が付かないということである。 これが、出血系の脳卒中( 脳出血、クモ膜下出血など) と決定的に異なる点である。 脳組織が死んで、脳梗塞ができあがってくると、CTでもはっきりと診断できるようになるのだ。 

このような画像特性から、 脳梗塞という疾患も、 後医は名医 (後知恵バイアス)なる人間の認知バイアスゆえに、「誤診だ!」と言いがかりをつけられる可能性がある。そういう意味において、脳梗塞も地雷的であるといえる。 ただ、脳梗塞は、帰宅させてすぐに突然死することは少ないので、横綱級の地雷疾患( 参考エントリー → 地雷番付表   後知恵バイアスについて 本当に腸炎でいいですか? )ほど、訴訟は多くないのかもしれない。 

それでも、こんな脳梗塞に関する訴訟記事を、見つけることができた。新聞社で書き方の違いを眺めるのもいいだろう。 あいからわず診断ミスなんて言葉を使っている新聞社もある。ほんとうにどうしようもないと私は思う。「診断ミス」という表現を公の場で使っているのをみたら、その使っている人や組織の見識を疑うべきである。読者が相手にしなくなって、初めてそういう見識のなさは、組織として改善をしようとする気になるのかもしれない。皆様方のご協力を期待したい。

医療過誤:診断ミスで後遺症 日赤と医師に2189万円賠償命令--地裁/岡山
2005.06.14 地方版/岡山 25頁 (全519字) 

適切な診断を怠ったため脳梗塞(こうそく)の後遺症が残ったとして、瀬戸内市の女性(63)が日本赤十字社(東京都港区)と岡山赤十字病院(岡山市青江2)の男性内科医に約3036万円の損害賠償を求めた訴訟で、岡山地裁(金馬健二裁判官)は13日、女性の主張を認め日赤と内科医に計約2189万円の支払いを命じた。判決によると、女性は02年6月16日、口の周りにしびれを感じるなどしたため同病院で受診。内科医と研修医はCT検査などの結果から「異常なし」と診断、女性は帰宅した。しかし翌17日昼、右手が動かしにくくなり、別の医師が「軽い脳梗塞」と診断。夕方には更に症状が悪化して別の病院に移り、同8月19日まで入院したが、右上下肢不全まひが残った。女性側は「経験の浅い研修医に任せず、MRI撮影をした上、入院させて初期治療をするべきだった」などと病院側に過失があったと主張。病院側は「問診や当時の症状を前提にすれば、診断に過失はない」などと反論したが、
金馬裁判官は「適切な問診やMRI検査を怠り、早期に治療しうる機会を逸した」と退けた。岡山赤十字病院の石原一夫事務部長は「判決文を見ていないので、コメントは差し控えたい」としている。【横山三加子】 毎日新聞社
岡山の後遺障害訴訟 日赤と医師の過失認定 地裁「2100万円払え」=岡山
2005.06.14 大阪朝刊 35頁 (全538字) 

瀬戸内市の女性(63)が岡山赤十字病院(岡山市)で診断ミスによって適切な治療を受けられずに右半身に後遺症が残ったとして、日本赤十字社(東京)と担当医に慰謝料など約3000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が13日、地裁であった。金馬健二裁判官は
「病院にはMRI(磁気共鳴画像)の機器があり、検査が実施されていれば後遺障害を防げた」として病院側と医師の過失を認め、約2100万円の支払いを命じた。判決によると、女性は2002年6月、口元のしびれを訴えて岡山赤十字病院でコンピューター断層撮影法(CT)と血液検査を受けたが、担当医から診察を任された研修医から出血や血液の異常はみられないと診断され、帰宅した。翌日、右手を動かしにくくなったため、別の病院でMRI検査を受けたところ、脳こうそくや高脂血症などと診断された。女性は退院後もリハビリテーションを続けたが、右手や右下肢に後遺症が残り、県から身体障害者の認定を受けた。金馬裁判官は、「(担当医は)適切に問診していれば脳こうそくを疑えたにもかかわらず、研修医に任せきり、経過観察入院もさせないで早期に治療する機会を逸した」と指摘した。岡山赤十字病院の石原一夫事務部長は「判決文を見ていないので、コメントは差し控えたい」としている。読売新聞社

う~ん、どうかなあ、この判決、という感じです。 まず、毎日新聞社の見出しが最悪ですね。診断ミスという表現は、家族の主張に過ぎないわけで、見出しにこう書くこと事態、すでに中立性を欠いています。おそらく、診断ミスという言葉で、読者の気を引かせようという腹ですか。本当に情けないと思います。

まあ、それはそれとして、これは、典型的な「後医は名医」型の判決ですね。 裁判官自身、この認知バイアスに関して知識を持っているんでしょうかね?

意識も清明で、バイタルにも問題なく四肢麻痺もなく口のしびれのみの症状で、いったい初療の医師は、どこまでやればいいでんすか? 同じ症状であっても、上記裁判例のような臨床経過を取る人ばかりではないのですよ。 そこは、まったくの確率です。 それは、人という生物の自然現象であり、だれも制御できません。 

これは、研修医でなくても、同じ判断をする医師はたくさんいると思います。 研修医だから判断を誤ったという誤った先入観はありませんか? 
MRをとればと安易に言いますが、それはそれでいろいろな事情があるものです。平均的には、どこの施設でもCTよりも敷居が高い緊急検査だと思いますが。

私は、こんな訴訟に巻き込まれたいとは思いません。 普通の医師ならそうでしょう。 

それなのに、一部では、こんな発言をする人もいるそうです。 私も許せません。 akagama先生のブログより: 俺は国谷裕子を許さない からの引用です。

訴えられることが怖くてリスクのある医療をしない。これは医師として責任を放棄しているように、やはり思いますけれども

安全地帯にいる人間から、こんなことを言われるのは、心外です。 きわめて不愉快です。 医師に対する侮辱だと思います。謝罪報道をしてほしい。

私は訴訟が怖いです。 それはいけないことですか? だから、リスクのある医療はやりたくありません。 ですが、今の自分の医療は、責任をもってやっている自負はあります。 そして自分の経験が、少しでも多くの医療者と共有できてそれがよりよい診療につながればという思いで、このブログを書き続けているのです。 

報道関係者の皆様、 もし、あなた方の行った報道がもとで、あなたがそれで、容易に聴衆から訴えられるという社会システムにかわり、そして、部外者からこのように言われたら、どう感じますか?

訴えられることが怖くてリスクのある報道をしない。これは報道者として責任を放棄しているように、やはり思いますけれども

これと一緒でしょ。 ただ、単に報道者は訴訟から守られ、医者は守られていない。ただ、それだけでしょ。

すこし、話題がそれましたが、 訴訟に巻き込まれないためには、 医学的なことのみならず、患者側の心理背景を読みぬき、交渉術、コミュニケーション術を培っていくしかないでしょう。そういう勉強もしておく必要があるでしょう。 


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コメント 12

コメントの受付は締め切りました
僻地外科医

というか、MRIを撮ってたら後遺症を防げたと断言する裁判長に疑問を感じる。ほんまかいな。
by 僻地外科医 (2007-08-12 18:28) 

moto

テレビも新聞もみなくなって久しいですが、国谷さんって、まだクローズアップ現代やってたんですか・・
わたし、十年くらい前、このクローズアップ現代の国谷さんの横で、30分間コメンターやったことがあります。いや、懐かしいなあ。
生番組で、外来終わって名古屋から新幹線でNHK入って、弁当食べながら打ち合わせ。ネタは各支局が上げてきてて、国谷さんは、当日その席で、番組内容を知るのだと思います。リハーサルは、2回くらい。放送禁止用語を指摘されたり、きついお姉さんでありました。
論理構成や、用語、ことばの使い方のプロですが、内容については覚えてないだろうし、責任もつ気もないんじゃないかな?アナウンサー(国谷さん)を責めるよりも、横に座っていたのが誰か、が大きな問題であったと思われます。話の持ってきかたや言葉のニュアンスについては、その人の影響のほうが大きいはず。
by moto (2007-08-12 23:37) 

Taichan

この裁判はあんまりですね。「口の周囲のみのしびれだけ」だったら本当に帰してしまいそうです。「脳梗塞も否定はできませんが、もし他の症状(を具体的に説明して)が出たら再度来てください。」と言って研修医であれば帰すでしょうし、自分もそうしたかもしれません。

国谷さんは実際会ったことがありますが、綺麗な方で上品です。ちょっと見つめられると緊張してしまいます。きっとDirectorが悪いのでしょう。
by Taichan (2007-08-13 07:26) 

rinzaru

 最初に受診した時に入院治療をしていたら麻痺が残らなかったのかは不明ですし(軽くなった可能性は大ですが)、一旦帰宅させたのは医師の平均的な判断だと思います。この新聞記事の情報のみなら、私も帰宅させたんじゃないかと思います。
 MRIが脳梗塞の診断に非常に有用であることは事実ですが、どの施設でも24時間いつでも撮れると思われると困る施設もあると思います。なんちゃって救急医様がおっしゃるように、まだまだ敷居が高い検査だと思います。現在私が勤務している病院はいつでも緊急MRIはOKですが、転勤前に勤務していた病院は翌朝になってからでないと出来ませんでした。
 あとこういう判決をみるたびに残念に思うのは、結局機械を使った検査をしていないと駄目だと判断されてしまうことです。現在の医学教育においては問診や身体所見をとることの重要さが強調され、安易に検査に頼らない診断力を身につけることが必要と唱えられている一方でこういう判決があると、「診察をしっかりしていても、どうせ検査をしないといけない」→「どうせ検査するんだから、診察なんかちゃんとしなくてもいい」と、特に若手医師の考えが流れていくのではないかと危惧します。
by rinzaru (2007-08-13 08:51) 

(元)脳神経外科専門医です。

 はじめまして(元)脳神経外科専門医です。
先生の鋭い視点にはいつも感心させられており、日頃の診療に役立てさせていただいています。 
 今回の症例(判例)ですが、専門医であれば、口の周囲のしびれのみでも脳梗塞を疑うとは思います。誤解しないで頂きたいのですが、専門医だから正診率が高いと主張しているのではありません。これには専門医であるという自覚から来るバイアスがかかっていることを否定しません。それだけ脳梗塞には気を使っている(そう地雷という表現がピッタリですね)とご理解下さい。
 MRIを撮影するかどうかですが、CTで出血を否定すれば、脳梗塞ということで治療を開始することになりますのでMRIはすぐには検査しないことも多いです。時間経過にもよりますが、撮影しても陰性の可能性も高いと思います。
 更に、脳梗塞と診断しても軽症ですので通院の指示を出す場合もあります(この場合は悪化するようならすぐに来院するよう説明しますが)し、たとえ入院治療を初診時から始めても悪化することはよくあります。というか脳梗塞という疾患はもともとそういう疾患ですから、この判決にはまったく同意できません。麻痺が残ったのは研修医のせいではなく病気のせいだと思います。
 でも、最近この手の判例が多いので、どんな軽症の人にでも寝たきりになる可能性があり、更にその可能性がかなり高いこと、入院してもしなくても悪くなる時は悪くなると相手が落ち込んでしまうほどに説明させてもらっています。今のところは、それで悪化しなければ感謝されるし、悪化しても納得はしていただいています。先生のおっしゃるとおり地雷を避けるためには診断術だけでなく、交渉術、話術、相手みる洞察力、そして臨床医としての勘を養うことが必要だと考えます。
by (元)脳神経外科専門医です。 (2007-08-13 11:39) 

tokumei

くも膜下出血もCTでわからないやつがありますよね…
地雷地雷
by tokumei (2007-08-13 22:13) 

元なんちゃって救急医

>僻地外科医様  全く同意です。

>moto様  へえ、そうですか。 それはすごいですね。

>Taichan様  国谷さんは、皆さんに人気が有るんですね。

>rinzaru様  
医師のアートの側面が大きい病歴と身体所見が軽んじられるのは本当に残念です。

>(元)脳神経外科専門医様
専門の立場から、同意のコメントをいただけてうれしいです。ありがとうございます。

>tokumei様
まったくおっしゃるとおりです。 拙ブログのエントリー 警告出血 もぜひよろしくお願いします。
by 元なんちゃって救急医 (2007-08-13 22:37) 

Dr. I

まさに、後から診た医者が、名医。
ってやつですね。


先生は、まだご存じなかったかもしれませんが。
だいぶん前の話なんですけどね。
実は、この番組に、私のブログが紹介されそうになったんですよ。
毎日新聞に出た数週間後にプロデューサーからメールが来て。

詳細は、ここら辺の記事をご覧下さい。

http://blog.m3.com/yabuishitubuyaki/20060625/1
http://blog.m3.com/yabuishitubuyaki/20060627/1
http://blog.m3.com/yabuishitubuyaki/20060630/2

おそらく、NHKの事だから。
最初から、筋書きがあって、台本通りに国谷裕子が言っただけだと思っているので。
別に彼女に個人的名恨みはないのですけどね。

でも、番組の作りそのものには、問題があったと思います。
by Dr. I (2007-08-13 23:38) 

元なんちゃって救急医

>Dr.I 様

ブログの紹介ありがとうございます。ご指摘のとおり、国谷さんではなく番組作りそのものの問題という点には、私も同意です。
by 元なんちゃって救急医 (2007-08-14 10:26) 

ナナシ

もうMRIは椎間板ヘルニアとか肝胆道系疾患でとってる場合じゃないんですよ。めまいしびれ呂律障害全てMRIにまわして、脳枠優先・非救急整形外科疾患と腹部疾患はどんどんどんどんあとまわし。
・・・・やってられない
by ナナシ (2007-08-14 19:12) 

fumichan

口の周りの痺れを主訴に受診した中年男性の症例を思い出しました。問診で「旅館で出されたフグを食べた」と言われたのでフグ中毒と思い、ひたすら点滴して呼吸困難など出現しないか経過を見ていましたが、12時間以上たっても痺れがとれないのでさすがにおかしいと思い、当時の基幹病院に搬送した所、「脳幹梗塞」でした。
以来、なんか変だな?(脳梗塞かな?)と思った患者さんには口周囲の痺れの有無を必ず聞くようにしています。良い勉強になりました。
by fumichan (2007-08-16 02:57) 

元なんちゃって救急医

>ナナシ様
コメントありがとうございます。
「やってられない」 この心情に共感します。

>fumichan様
確かに、口のしびれは危険なのかもしれません。
私も、口がしびれるという言葉を最後にレベル300になって搬送された人を二人みました。どちらも脳幹出血でした。
by 元なんちゃって救急医 (2007-08-16 17:25) 

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