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不起訴です。SAH死亡事例 [医療記事]

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久しぶりの更新です。最近、更新の頻度を落としています。今後も気が向いたら・・・の程度で書いていきます。そのおつもりでどうかお付き合いください。
さて、くも膜下出血(SAH)の診断が、ときに大変難しいことがあるというのは、このブログの読者である方ならば、もはや常識に近いことかもしれません。
しかし、そうではない圧倒的絶対大多数の一般の方は、 CTを撮りさえすれば、SAHは診断できて当たりまえという認識をお持ちかもしれません。

もしかしたら、そういう認識が、医師の処罰感情へつながったのでしょうか? 

過去にこんな事例がありました。研修医の診察後にSAHで死亡した出来事が警察から検察に書類送検され、起訴か不起訴かについて検察の判断を待っていた事例です。→SAH再出血の怖さ。書類送検時にいたっては、一部の報道でなんと実名報道(魚拓あり)ですよ。 「書類送検=犯罪者」という誤った印象を持っている人が多い中での書類送検時での実名報道・・・・、もうこれだけで、風評被害の発生源となります。

さてこの度、この事例の検察対応が報道されました。 不起訴です。

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/nagano/news/20080926-OYT8T00814.htm

佐久総合病院 医師を不起訴に 地検佐久支部
 県厚生連佐久総合病院(佐久市臼田)で2004年10月、頭痛を訴えて診察を受けた佐久市の女性(当時55歳)が、帰宅後にくも膜下出血で倒れ、死亡した件で、地検佐久支部は26日、業務上過失致死容疑で書類送検された同病院の男性医師(29)を不起訴(嫌疑不十分)とした。

 長野地検の発表によると、女性は04年10月23日午後2時20分ごろ、後頭部の痛みで、男性医師の診察を受けたが、「肩こりなどによる頭痛」と診断され、帰宅。同日午後5時30分ごろ、くも膜下出血で倒れ、意識不明となり、05年1月12日に死亡した。

 地検は、診察時に、くも膜下出血に特有な嘔吐(おうと)や、頭が爆発するような痛みなどの症状がなかったことから、CTスキャン検査などを行わなかった過失は認められないと判断した。また、検査でくも膜下出血が見つかっていても、発症から手術までに6時間の安静が必要なため、約3時間後に起きた再出血を防ぐことはできなかったと判断した。

 同病院の夏川周介院長は「改めて、亡くなられた女性のご冥福(めいふく)をお祈り申し上げる。病院としては、医療に内在するリスクの低減に向け、今後も不断の努力を重ねる」とのコメントを出した。

(2008年9月27日 読売新聞)

検察の方々もいろいろと大変であったでしょうが、賢明なるご判断だと思います。

「CT撮ればええだけやったんちゃう?だから、撮らんかった医師が悪いんちゃう? なんで不起訴?」 とお感じなる方もいるかもしれません。
そんな方には、このエントリーをご参照いただければと思います。
頭痛を訴える若い女性   SAH地雷の確率計算

多くの医療者は、SAHという難しいという病気に対して、診断や治療の向上という不断の努力を続けているものなのです。このブログの狙いは、SAH診断のピットフォールという面から、多くの医療者と情報共有をもつことによってその診断力の向上につなげようというものです。同時に、たとえリスク軽減の努力は実行していても、悪い結果は、決して0にならない-つまり、ゼロリスクは決して存在しない-という認知の普及も狙っています。


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田舎の一般外科医

以前,ここに書き込んだことがある(と思う)症例で,症状が風邪症状と発熱のみの患者のSAHをたまたま診断できたことがあります.

救急外来に19時頃受診したこの患者は後頚部がこって,熱と全身倦怠感を訴えていました.頭痛はないですかと訊いていますが,ありませんとの答えでした.発熱は38度台で,首の前屈ができず,項部硬直があると判断し,私の最初の診断は髄膜炎疑いでした.確定診断には腰椎穿刺が必要ですが,腰椎穿刺をするなら念のために脳内占拠性病変がないかCTで確認してからと思い,CTを撮影しました.このCTに救われました.

こうしたSAHの典型的症状のない症例は少なくないと思いますが,風邪症状+首のこりを訴える患者に全例CTを撮っていたら日本の医療財政は即刻破綻します.

現代医療は万能で,たちどころに診断できないのは医師の能力不足のように世間は思っていますが,それは幻想に過ぎません.財政的にも,時間的にも,そして医療技術的にも,世間の人が思っているより遙かに低いところに現代医療の限界はあります.

これが理解されない限り,医療者と患者の間の関係は不幸なまま変わることはないでしょうね.
by 田舎の一般外科医 (2008-09-27 09:12) 

もと救急医

医療の不確実さを理解しない裁判官、検察は理解できません。
マスコミの対応も疑問が多いです。
そんなことで医師が自信をもって仕事に取り組めないことは
結局、みんなにとって不幸なことです。

ただ、なんちゃって救急医さんがこのブログでやりたい、
「地雷の避け方」という意味で言うと、
この男性医師のカルテの記載内容に興味があります。

昔、1年目の研修医が外来カルテの主訴に、「突然発症の頭痛」
と記載し、特に他に問診上、診察上問題なかったのですが、
頭部CTをとって帰宅させたところ、
数時間後に意識状態が悪化しリターン。
実は帰宅前に4年目の神経内科医にも見てもらってはいたものの、
後から見ればCTに出血ととれる所見がありました。

1年生としては対診をしている点で、最低限の仕事はできているのですが、
僕がこのカルテを見て、
・「突然発症の頭痛」とカルテに書いた時点で、CTで所見がなさそうでも、
 ルンバールまでいかないと、これからの時代は身を守れない。
・もしそこまでやることはなさそうだと思うなら、
 さらに突っ込んで問診して、本当に突然発症かどうか確認して、
 主訴の記載を変えるべき
と説教をしたことがあります。

僕は一年生のときに病院のシステムとして、
こういう方針がスタンダードであると教え込まれていたのですが、
違うのでしょうか。

頭関係の専門の方がいらっしゃったら教えていただきたいです。

by もと救急医 (2008-09-27 09:19) 

なんちゃって救急医

>もと救急医先生

まさに先生がおっしゃろうとすること、私もブログ記事にしています。
こちらです。

突然発症という病歴
http://blog.so-net.ne.jp/case-report-by-ERP/20070615

いけてる問診(4)
http://blog.so-net.ne.jp/case-report-by-ERP/20071009








by なんちゃって救急医 (2008-09-27 09:27) 

石部金吉

まともな検察で良かったですね。

さて、「もと救急医」先生の症例は非常に興味深いものです。
先生の指導は基本的に正しいと思います。

私自身は脳外科医として、研修医に指導しているのは、

【1】 「突然」「最悪」「嫌な予感」などのキーワードを持つ頭痛は、必ず「CT+ルンバール」か「CT+MRI (FLAIR or T2*)」など、2つ以上の検査で否定すること。そうでないかぎり、SAHの可能性は残る

【2】 SAHらしくない病歴の場合、CTで否定できればSAHを否定して良い

ということです。どちらもベイズの定理を根拠にした考え方です。もちろん、ごく僅かに例外的な症例もあります。

「もと救急医」先生の症例は【1】に相当するので、たとえCTでSAHが見当たらなくてもルンバールを行うべきでした。ルンバールをしないのなら、そもそもSAHらしい病歴を記載すべきではありません。

また、佐久総合病院の症例は【2】に相当します。本当はCTまで撮影していれば良かったのですが、撮影しなかったからといって刑事責任までは問えないものと思います。

医学的に妥当な判断が、医療界のみならず、今後、司法や一般社会にも理解されていくことを願っています。

by 石部金吉 (2008-09-27 10:56) 

ビビりの研修医

私は2年目研修医ですが、1年目のとき、、二日連続で典型的とは言えないSAHの診断に成功したことがあります。

1例目は30代半ばの男性。来院30分ほど前に重いものを持ち上げた時、「突然」「首の後ろのほうを圧迫されるような感じ」と、「回転性めまい」を感じて意識消失。数分後に完全に意識回復し、まひも残していませんでした。頭痛なし。嘔吐なし。見当識障害もなし。搬送後血圧を測ってみると、170/90mmHg。健診で、しばらく前から高血圧を指摘されているものの、放置していたとのこと。
う~~~~ん・・・・・・。これはもしかすると……?とも思いつつ、当時はお門違いな心配をしていた私、某科の若いスタッフに「所見もないのに検査をするな」と、「今は所見がないものの、病歴からあやしいと疑ったために検査をして、結果はずれの事が多い」ことについて何かと言われていたこともあり、即断せずに上級医に電話。
私「搬送の患者さんですが、主訴がかくかくしかじかで、血圧が高いんですよ…。」
上級医「おう、頭やな。CTいこ!オレもすぐに行くわ!」
私「ですよね!!お願いします!」
これで自信を持ってすぐにCT。ペンタゴンが真っ白なSAHでした。後知恵バイアスを排する努力をしてくださったやさしい上級医に感謝しつつ、無事転送に成功しました。あとからその上級医いわく。
「先生。この寒い時期なのに髪の毛がびしょびしょになるくらい冷や汗かいてたでしょ?あれも何か尋常じゃないことが起こってる証拠だったんだろうな。」

その翌日。今度は70代の女性。主訴は「何やようわからん・・・。」
バイタルは少し血圧が高め(150/70程度)なものの正常。麻痺はないものの、どうも筋力が弱いような。付き添いの家人に話を聞くと、この頃「転びやすくなった」とのこと。見当識は日付を1日間違えていて、場所の見当識は正常。瞳孔不同があるものの、片目の白内障術後とのことで、証拠としては弱い。頭痛の訴えなし。嘔吐なし。
いずれにしろ、頭部CTは必須、見つかるとしたら慢性硬膜下血腫じゃないだろうか、と思ってCTに行くと、これがSAHでした。
実はこの方、私が診断した2日前にも夜に来院、血液検査上、軽度の貧血が認められる以外は特に異状ないものの、経過観察目的の入院を内科医師から提案されていたんですが、「本人が」入院はできない、と断っていたため、帰宅していました。むろん、その時も「突然発症の激しい頭痛」の訴えはなかったようで、カルテにもその記載は見られませんでした。これでSAHを疑うのは大変困難と言っていいと思います。私が頭部CTを取ることを決断したことがまさに後知恵バイアスだったと思っています。

こうしてみると、やっぱり薄氷の上を走り抜けるというような体験だったと、今更ながら身震いする思いです。次に同じことが、しかも前医の立場でできるだろうか。絶対大丈夫なんていう自信は全くありません。
by ビビりの研修医 (2008-09-27 14:33) 

あくまで私見

患者は自分の症状については詳細に覚えているものなので、意図的にカルテに記載しないのはどうなんでしょう?
それよりもSAHを疑い検査を行ったが、検査では明らかな所見を認めなかったと(当然専門医にコンサルトした上で)記載する方が良いのではないかと思いますが。

望まない結果になって裁判まで行った場合、きちんとSAHを想定していて発見できなかった場合と、想定すらしていなかった場合と(カルテ記載上)、どちらがguiltyなんでしょうね。
by あくまで私見 (2008-09-28 00:43) 

もと救急医

>望まない結果になって裁判まで行った場合、
>きちんとSAHを想定していて発見できなかった場合と、
>想定すらしていなかった場合と(カルテ記載上)、
>どちらがguiltyなんでしょうね。

まさに大事な議論ですね。
僕はどちらかというと、カルテは医師が自分の考えを正当化するための
記録だと思っているので、訴えをそのまま書くのは反対です。

SAHを疑ってることをカルテに記載するのであれば、
石部金吉さんのおっしゃるとおり、
CT+ルンバールまでやらなくてはいけません。
裁判では「なんで疑ったのに、ルンバールをしなかったのか」
と言われてしまいます。

さすがにこの人にルンバールはやりすぎでしょうと思ってやらないなら、
やらないことをカルテの記載の全ての場所で正当化すべきです。
その上で、アセスメントとして、SAHを疑う所見は現時点では全くない
と記載しておく必要があると思います。

だから僕は想定すらしていないカルテはそもそもだめだし、
(想定してるが、検査はしないなら)
 頭痛だからSAHは鑑別診断には入っているんだけど、
 こういう理由で検査をせずに帰宅させることは正当化できるんだ
とカルテを記載するか、
(想定しているけど発見できないなら)
 SAHを疑うので、こんなに検査(CT+ルンバール)をしたのに、
 明らかな所見は無いし、専門医に対診かけたけどわからないから、
 さすがに帰宅させるけど、いちおう頭痛のハンドアウトを渡したよ。
と記載すれば、身を守ることができると思うのですが。

どうでしょうか。
by もと救急医 (2008-09-28 05:21) 

ハル

医療関係者ではない素人ですが、大変興味深く拝読しております。
先日、自宅で購読している新聞の地方版に医療民事訴訟に関する下記の記事がありましたので紹介させていただきます。
何かの参考になりましたら幸いです。

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【右足切断で賠償 原告の請求棄却】

 動脈閉鎖症の疑いを医師らが放置したために右足の切断を余儀なくされたとして、名張市立病院で治療を受けた当時市内に住んでいた女性(70)が市を相手取り、約5300万円の損害賠償を求めた訴訟で、津地裁は25日、原告の請求を棄却する判決を言い渡した。堀内照美裁判長は「原告の主張する過失は認められない」などとした。
 女性は、01年、脳梗塞で同病院に入院、1週間後に右足の痛みを訴えるなどしたが、医師らが急性下肢動脈閉鎖症を疑うことなく、検査や治療を怠ったため、切断を避けられなくなったと訴えていた。

(2008年9月26日 朝日新聞 伊賀版)
by ハル (2008-10-01 15:19) 

なんちゃって救急医

>ハル様

情報提供ありがとうございます。医師勝訴の記事は、マスコミがスルーすることが多いのでは?という先入観をもっているだけに、貴重な記事です。

by なんちゃって救急医 (2008-10-02 20:24) 

しへい

SAHにの急性期においてMRIが有用であるかということで以前文献検索をしたことがあったのですが、急性期の感度は新世代CTの方がMRIに勝りMRIは亜急性期に有用であったことを記憶しております。
急性期に有用であるという論文がございましたら是非ご教授いただくことは可能でしょうか。
by しへい (2008-10-02 22:23) 

石部金吉

しへい先生

SAHの診断に関するMRIの有用性ですが、平成14年3月に出た「科学的根拠に基づくクモ膜下出血診療ガイドラインの策定に関する研究」において、

「MRIによるクモ膜下出血の診断は、CTに比べて特に急性期の診断率に劣るとされるが撮像法の工夫(gradient echo T2* や FLAIR 法)により改善が期待され、特に亜急性期、慢性期においては有用である(グレードB)」

という記述があります。「改善が期待され」の部分の引用文献が Mitchell P, et al. JNNP 70 (2): 205-211, 2001 です。いささか古い文献ではありますが、その後の MRI の優位性は増す一方ではないかと勝手に想像しています。

あと、仮にMRIがCTに比べて感度で劣っていたにしても、CT陰性だけでは(いわゆる検査閾値と治療閾値のうちの)検査閾値を下回ることはできず、MRI陰性を加えて初めて検査閾値を下回るということもよくあるのではないかと思います。むしろ私はこちらの効果を期待しています。

※ もしこの説明の意味がわかりにくければ、遠慮なくお知らせください。さらに詳述するのは吝かではありません。


by 石部金吉 (2008-10-03 20:32) 

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