事故調医療ミス否定なのに賠償命令? [医療記事]
今朝の読売新聞(大阪)朝刊に、こんな記事がありました。まだ、ネットでは記事を検索できませんでしたので、手書きで引用します。
ラジオ波治療死亡と因果関係
病院機構に賠償命令
大阪府立急性期・総合医療センター(大阪市住吉区)で「ラジオ波治療」を受けた60代男性患者が死亡した医療事故を巡り、男性の遺族4人が同センターを運営する地方独立行政法人「府立病院機構」と担当医らに約1億2000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、大阪地裁は27日、医療ミスを認定したうえで、死亡との因果関係を認め、「ミスがなければ治療後4年間生存できた」と、同機構などに4300万円の賠償を命じた。判決では、肝臓がんだった男性は、2004年8月、AMラジオと同じ周波数の電磁波を出す針を患部に差込み、がん細胞を焼くラジオ波治療、腹膜炎を起こすなどして約3ヶ月後に死亡した。判決は「担当医が治療時、エコー画面の変化を見逃し、通電を続けた過失がある」と指摘した。
(読売新聞 2008年6月28日 朝刊 大阪)
これだけ、読めば、「医者がミスったんだろあなあ・・」という印象を読者の方々はお持ちになるでしょう。メディア情報を自分なりに解釈する際、書いてあることだけなく、「書いていないことは何か?」と思慮する習慣を持つことはとても重要であると思います。それが、メディアリテラシーの基本の1つだと思います。 何を書き、何を書かないかという情報の取捨選択が、新聞社の意図によって必ずなされているからです。
ここでは、皆様が、この今朝の記事を評価するに当たり、ひとつの情報を提供しましょう。
読売は、その情報を持っているにも関わらず、今朝の記事には提示しなかったものです。その真の意図については、私は知る由もありませんが。
その情報とは、読売が過去に報道したこんな記事です。
大阪の医療センター・ラジオ波治療男性患者死亡 事故調、「偶発的」ミス否定
2005.06.02 大阪朝刊 31頁 (全498字)
◆「偶発的」医療ミス否定 事故調査委が報告
府立急性期・総合医療センター(住吉区)で昨年、「ラジオ波治療」と呼ばれる針を用いた療法を受けた60歳代の男性患者が死亡した事故を受け、同センターの事故調査委員会(委員長=中室嘉郎(かろう)・同センター副院長)は1日、「患者の体の動きによる偶発的要素が濃く、医療ミスではない」とする調査報告を発表した。報告では、昨年8月、主治医(43)と部下の医師(27)が同療法を実施。高熱の針を肝臓に差し込む際、患者が動いたため、誤って小腸に穴を開けた。その結果、「肝不全の進行が早まった」とし「より慎重な配慮を行うべきだった」と認めたが、死亡との因果関係については「府警が捜査中」として明言を避けた。治療は、AMラジオと同じ周波数の電波を出す針を患部に差し込み、60~70度の熱で周囲のがん細胞を焼く療法。患者は緊急手術後に一時回復したが、その後容体が悪化、昨年11月に亡くなった。報告について、主治医と医師を業務上過失致死容疑で刑事告訴した遺族は「事実に反する内容で、怒りと悲しみでいっぱい。病院は自己弁護ばかりせず、真実を明らかにすべき」とするコメントを発表した。 読売新聞社
調査報告書は、裁判には通用しないのでしょうか? 調査委員が身内だったから通用しなかったのでしょうか?
この二つの報道記事を素直に結びつけて考えれば
調査報告書では、ミスは否定しているにもかかわらず、裁判官はミスを認定した
ということになります。
どうしてでしょうか? もっと私たちが知りえない何か?が隠れているのでしょうか?
やはり、裁判官による遺族救済の主旨のためなのでしょうか?ならば、医療者側の気持ちはどうなるのでしょう?
私は、単純に不思議に思います。皆さんはどうお感じになりますか?
読売新聞は、この辺りの事情について、もっと取材し、報道する社会的責務があると私は思います。
この肝がん治療後、適切な治療があれば4年生きたかもしれません。
でも、60歳代の男性が年間1千万も稼げるものでしょうか。
生活費、医療費(肝がんなので、また、どこかにできる可能性高いし、入院している間は稼げないし)など、考えたら、交通死亡事故なんかの賠償金と比べて高額すぎるように思います。
裁判官様や、弁護士様たちや、患者遺族の方たちは病院に入院したら新品の体になって帰ってくると思っているのでしょうか。
医療者は、機械に例えたら、壊れかけの機械を何とか修理して、それなりに動くようにするしかできません。
このコメントに中傷の意図はありません。
by ミヤテツ (2008-06-28 10:36)
日常的にラジオ波治療を行っております。
腸管穿孔はメジャーな合併症の一つで、ある程度以上の件数を施行していれば、いつかは経験すると言っていいでしょう。当科でも過去に何件かあり、保存的に軽快した例も、緊急で開腹手術になった例もあります。
今回の件について言えば、詳細はわかりませんが、穿孔を起こしたこと自体をミスと認定されるのは厳しすぎると感じます。しっかりした施設ですし、下手な術者が無茶をして、というのとは違うんじゃないかと思います。世界一の腕前と言われる某先生でさえ、腸管穿孔は何件か経験していると仄聞します。記事の内容だけから判断すると、さすがに刑事責任を問われることにはならないと思いますが、どうなりますでしょうか。
亡くなられた患者さんやご家族のことは本当に気の毒だと思います。合併症の治療にかかる費用もこのような場合は患者負担になるのが通例で、医師の目から見ても理不尽だと感じないわけではありません。やはり、過失の有無にかかわらず救済されるような保障制度が必要なのだと思います。
by 消化器内科医 (2008-06-28 14:35)
>事実に反する内容で、怒りと悲しみでいっぱい。病院は自己弁護ばかりせず、真実を明らかにすべき
だいたいの医療過誤訴訟記事の文言はいつもこの定型文が記されるのですが、医学的な事実と患者側の真実は永久に交わることはないと思います。
誠心誠意説明しても、一度掛け違えてしまえば決して良好な関係には戻りません。
患者サイドは医師に医学的な真実など求めていないと思います。言い訳せずに、100%責任を認めて、医師免許を返上して、刑務所に入って懺悔でもしてくれれば、一番満足されるのではないでしょうか。
医師にとって真相を究明するのに多くの時間を費やしても、患者は納得しないものだと、最近は諦めています。
ただこのように報道されて、難病を治療するために研鑽を積んできた医師やその技術を継承しようとする若い医師がますますいなくなって、救われるべき人が、救われなくなる世の中がすぐそこまで来ているのを悲しく思うだけです。
このコメントに中傷の意図はありません。
by yabu (2008-06-28 17:45)
副院長が事故調の委員長をしていることからすると、
この場合の医療事故調査委員会は病院内の、
ということですね。
ですから、裁判所にとっては、
一応意見は聴いておく、
というだけのものなのでしょう。
何年も裁判をしていると、
論争が思わぬ方向に進むこともあるので、判決が
医療事故調査委員会の結論と違っていても
不思議ではないと思います。
むしろ私が記事を読んで、おや? と思ったのは、
・遺族が業務上過失致死で主治医を刑事告訴していること
・民事では、病院が示談せずに争っていること
・60歳代の肝癌で1億2千万円の損害賠償を求められたこと
あたりです
遺族と病院の主張が真っ向からぶつかっていることを示している
のではないでしょうか。
私は、自分の勤務している病院の事案を扱ったり、
その他の組織から色々な相談をもちかけられますが、
病院側に落ち度のある事案は最初から裁判を避けて、
早目に示談で解決してしまうようにアドバイスしています。
とはいえ、多くの事案を経験すればするほど、
患者さんと医療者の間の深い溝を感じるようになり、
暗澹たる気持ちです。
どうすれば日本の医療を良い方向に持って行くことができるのか、
機会があれば、私の考えも述べたいと思います。
by 石部金吉 (2008-06-28 22:37)
先ずは亡くなった方のご冥福をお祈りすることをお許し下さい。
亡き父の手術の前に色々な同意書にたくさんサインをしましたが、あれは本当に全く法的拘束力はないのでしょうか?
震える手で全書類に同意のサインをしながら「何があろうと私が先生を訴えることはありません。父の教えです。」と申し上げました。
第三次試案に対してのパブリックコメントで多かった「医療には業務上過失致死罪を適用すべきではない」「遺族が告発しても医療安全調が通知しない場合には警察は捜査に着手できないよう法制化すべき」などの意見に対しても、刑事免責は「現段階は困難」とのことの様ですね。
医師が自らの命を削りながら難しい技術を学んでいくことは、患者さんの為なのですよね。
報われる、光りが射す日を信じております。
門外漢がお邪魔を致しました。
by エビ (2008-06-28 23:10)
エビさん、はじめまして。
横レスで失礼いたします。
>医師が自らの命を削りながら難しい技術を学んでいくことは、患者さんの為なのですよね。
個人的にはこれは少し違うかもって思います。
こういう部分もあるだろうし、こういう動機が強い先生もいらっしゃるでしょうが、多くの場合は自分のために難しい技術を学ぶような気がします。
職人気質というか、職業的誇りというか。
ここまでやれるようになった、結果患者も救われた、やるじゃん俺!みたいな。
だから職業的誇りの低下、患者さんが患者様になって医療はサービス業だって考える人が増えて「がんばらないという選択肢」のハードルは結構低くなってるのじゃないかと危惧してます。
by 沼地 (2008-06-29 07:04)
患者が動いても損害賠償4200万円ですか。。。。 刑事の過失認定と、民事の過失認定とのレベルの違いがあるとは言え、事故調の未来図を見るようで興味深いです 刑事無罪として医師が自白なり、調査に協力しても、億千万の民事賠償の要求が後から漏れなく付いてくるということの示唆に富みます 偶発的な事故の賠償もコスト参入した医療費を設定してもらわないと、治療費を頂いても割にあいません 医療費が公定価格でなければ、市場価格は高騰するでしょう高騰しないで、コストに見合わなければどうなるか?静かに民間は市場から撤退します残された公立病院も体力がありません 医療訴訟が医療崩壊を招いているのではないとする、一部の患者団体の主張が間違っている理由です 「※このコメントに中傷の意図はありません。」(朝日流責任回避表現)
by Med_Law (2008-06-29 13:43)
>ミヤテツ先生
おっしゃるとおり、人間の体は、自然の経過として悪くなるという前提が忘れられている節は感じますね。目に見えにくい前提だからでしょうか?あるいは、患者側にとっては受け容れたくない前提だからでしょうか?
>消化器内科医先生
合併症は、その有害事象を合併症としてだれのせいにもできない とするか、だれかのせいに帰着させるか
その境界線は、つねに対立要因をはらんでいます。
まあ、それはともかくとして、だれのせいにもできないが気の毒な事例は、国家補償があるのは、妥当だと私も思います。
>yabu先生
真実という言葉は、いろんな人の心の中で、個別個別の翻訳がなされる言葉だと思います。そのこと事態、言葉の限界性かもしれません。
だから、真実にこだわるより、医者も患者も第三者もただ、結果を静かに受け容れる心のありように、私は力点をおくスタンスを取っています。
そういう心を養成するには、老荘思想が適任だと思っているのです。儒教では荷が重いと思います。
>石部金吉先生
深い溝・・・・それを埋めるには、難しいですね。
私も社会レベルでは諦観の気持ちです。
だから、個人レベルでどうしていこうかと思案中です。
>エビ様、沼地先生
患者のためという視点もたしかにあるでしょう。
ただ、そうじゃない点については、沼地先生のおっしゃるとおりだと思います。
>Med_Law先生
確かに、コストとの兼ね合いを考えたら、医療訴訟は確実に、医療崩壊を促進していると私も感じます。
by なんちゃって救急医 (2008-06-29 14:05)
>沼地先生
お初にお目にかかれますこと幸せに光栄に存じます。
high-mindedなお気持ちをお教え下さりありがとうございました。
>なんちゃって救急医先生
いつもありがとうございます。
度々場所をお借りして申し訳ありません。
by エビ (2008-06-29 15:56)
はじめまして。
話は多少ずれますが、このような事案を厚労省の第三次試案である「事故調」はどう判断するのでしょうか。是非知りたいです。
事故調を始める前に、実際の事案を元に調査結果を出して欲しいものです。
・・・意外と今回の結果も「クロ」認定されたりして....
そんなことになったら本当に医療崩壊しそうですね。
私自身は、事故調はあくまで裁判の際に利用する機関として始動したほうがみんなすっきりとすると思うのです。そして、判例が蓄積されてきたらそれを参考にして医療者・患者(遺族)・弁護士が動けますから。
ちなみに、今回の院内事故調で「シロ」認定していますが、裁判では「クロ」とされています。厚労省の事故調では確か院内の事故調の調査結果を参考に判断するはずですが.....
どうなることやら....
駄文失礼しました。
by 暇人28号 (2008-07-01 12:10)
>暇人28号 先生
私も先生がいただいている懸念と同じようなものを感じていたので、このようなエントリーを出してみたわけです。
ほんと、どうなることやら・・・・
です
by なんちゃって救急医 (2008-07-02 21:23)
私、この件の裏事情知ってます。詳しくは書けませんが、この治療によって死期は早まったかも知れませんが、偶発症の類と思います。
1億2千万は明らかに高すぎますね。
by Calci (2008-07-17 14:47)