SSブログ

一見地雷的でない地雷症例 [救急医療]

 ↓ポチッとランキングにご協力を m(_ _)m
 

世の中、いろんな患者さんがいる。 そんな中、最初の見た目と最後の結果とのギャップに驚かされる患者さんも、ときに存在する。 例えば、ある60台の開腹手術歴のある男性、激烈な腹痛で救急車で来院した。 膨満した腹部は堅く、腸音も減弱していた。 

「絞扼性イレウスだ! やばい!」

と我々医療者側が緊張に包まれた。 

そして、我々の印象を確定するために種々の検査が始められた。

だが、我々の緊張は、いい意味で裏切られた。

患者は、なんと尿管結石だったのだ。イレウス確診のために撮りにいった腹部CTで、しっかりと膀胱尿管移行部に石が移っていた・・・・・。全くの想定外だった・・・・・。

結局、わずか数時間で患者の痛みは完全軽快し、何事もなく帰宅していった。

こういう症例が、一見地雷的、でも結局地雷でない症例なのだ。

では、その逆はどうだろうか?

つまり、一見地雷的でない地雷症例だ。 こちらの方が、現場としてははるかに怖い

本日は、そんな症例を皆様と共有してみたいと思う。そして、後半は、私見ではあるが、ある視点から患者を眺め、私なりの考察を加えてみたいと思う。

では、お題です。

症例1  51歳男性  右前胸部のピリピリ感

生来健康。当院は初診。19:30頃より、右前胸部のピリピリ感と気分不良が出現。軽い吐き気も伴った。市販の胃薬を服用したしたが、改善しないため、21:05、長男が運転する車で、当院を独歩受診。来院時、意識 清明。 バイタルサイン BP 118/75 HR 65 KT 35.3 RR 16 SpO2 99%

症例2  54歳男性   ふらつき、めまい

生来健康。当院は初診。昨日、21時ごろ、入浴中にふらつき感が出現した。軽い嘔気と発汗を伴ったとのこと。30分ほどで軽快し、そのまま昨日は早めに臥床したとのこと。本日、朝、軽いめまい感とふらつきがあったものの、いつもどおり出勤した。 仕事中も、ふらつき、めまい感が持続していた。 胸痛は背部痛は、いっさい感じなかったとのこと。 ただ、症状が持続するので、さすがに仕事を早めに切り上げて、18:30 当院時間外来を独歩受診。来院時、意識清明。バイタルサイン  BP 81/55 HR 45 KT 36.3 RR 18 SpO2 98%

2例とも、一見すると、まったく重症感がありません。 が、同じ疾患でした。

さて、どんな地雷を想定しますか?

(4月25日 記)

たくさんのコメントをありがとうございます。今回は、皆様方のご指摘がほぼ一点に集まっていたように思います。この2症例は、見た目は、本当に本当に本当に地雷的でなかったのです。そのあたりがなかなかネットでは伝え切れません。で、その地雷疾患ですが、それは皆様のおっしゃるとおりで、ECGを見ればすぐわかる疾患でした。 これです。 

図2.jpg

これは、症例1のものですが、症例2もこんな感じだったので割愛します。 そう、STEMI(ST上昇型心筋梗塞)だったのです。症例1は、予診の段階で看護師が心電図をとってくれ、担当医もすぐにSTEMIと気が付いたので、後の段取りは、完璧でした。でも、担当医は、とても不思議がってしました。

「こりゃあ、最初の心電図がないと、帯状疱疹と思っちゃうよ?なんでこんなに重症感がないのよ???」

と。最初に示した嘔気などの病歴は、後から結果を知った上での問診です。 予診の段階で、本人の口からでた言葉は、「右胸のピリピリ感」だけだったのです。

症例2は、低血圧、徐脈というバイタルのため、看護師がすぐに心電図をとったにも関わらず、担当医は悩みました。病歴がSTEMIとはあまりにもかけ離れていること(担当医が積極的に胸部症状を聞いても本人から何一つないという)、本人の見た目がとにかくシックでない、ならば、この人の心電図のST上昇?は正常亜型である早期再分極のパターンなのか? 等等の迷いです。結局、脱水???として、しばらくの感(約30~40分)、担当医の頭を悩ませ続けました。そのうち、採血のデータから、心筋梗塞逸脱酵素の上昇(CPK、CKMB、AST、LDHなどの上昇とTnT強陽性)が判明し、ようやくここで、担当医もSTEMIと確信して、循環器内科医が呼ばれたのでした。 

症例2を振り返れば、「対応が遅かった」と非難されるパターンです。なにせ、12誘導心電図という動かぬ証拠があるのですから。

だけど、非難する人たちには、言葉だけで伝えきれない「重症感のなさ」というものを、どれだけわかってくれるでしょうか?これは、何も証拠を残すことができないのですから。

つまり、症例を振り返るということは、一部の言語や検査結果という後に伝えることの出来るだけの一部の情報だけでしか行えないのです。診療を後から振り返る人達には、こういうこともわかっておいてほしいです。つまり、

「自分は症例のことをほんの一部しか知らない」という自覚です。

そんな自覚をもつことが、「後だしじゃんけん」の理不尽な批判を、自分が無意識のうちにしてしまわないという一つの方策となると私は思うのです。症例を振り返るとは、こんな難しさもあるのです。

症例2は、症例1よりも胸部症状に乏しい症例でした。おそらく発症は、前日の入浴時で、STEMIを発症しながら、翌日に仕事に出て行くという荒業をやり遂げています。眩暈感は、徐脈と低血圧による脳血流低下によるものと考えると話が合うと思います。

二人とも、糖尿病などの指摘はありません。なのに、なぜ、痛みをあまり感じず、自ら訴えないのでしょう? 私の疑問はそこにあります。

こんなことを考えました。

お二人とも、家族の大黒柱として働かないといけない年齢層です。様々なストレスに曝されているであろうことは、十分に想定できます。だけど、彼らは、生きていく中で、そのストレスに適応して生きていかざるを得なかったのはないでしょうか? 

ストレスは、時に身体症状として、我々にメッセージを送ってくれます。 いわゆる、サーモスタットとしての役割です。中には、この身体症状への気づきが鈍いかたもおられます。そのような方々を心身医学領域では、アレキシソミア(失体感症)と呼んでいます。

この二症例の方々は心筋梗塞を発症しているにも関わらず、痛みを初めとする身体症状に乏しかった理由に、このアレキシソミアが関係しているのでは?と私は考えてみました。

こういうことは、結論を出すのは難しいと思うので、もうこれくらいにしておきますが、時間外診療で、地雷を回避する術としての予備知識にはなると思います。つまり、

「痛みを初めとする諸身体症状が、失体感症によりマスクされることがある」

という認識を持っておくことが、諸検査を有用にかつタイミングよく使うことにつながると思うからです。

まとめます。

本日の教訓
重症感のないSTEMIの患者に注意!

コメント(18)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

コメント 18

コメントの受付は締め切りました
moto

症例2は、突然発症の不安定な徐脈です。症例1も迷走神経優位っぽい。洞不全症候群?心電図がみたい。
突然発症ということから考えると虚血性心疾患でしょうか?
by moto (2008-04-25 22:27) 

こんた

頻脈になってない低血圧、pre-shockって言って良いのでしょうか
moto先生と同様に、心原性疾患のチェックでECGが欲しい
by こんた (2008-04-25 22:31) 

hagi

はじめてコメントさせていただきます。
外傷が診れる総合診療医を夢見る4年目です。

やはり、まずは心臓、ACSが疑われますね。
時間のかかる血液検査をオーダーして、
心電図か、心エコーか、先にできるほうをすることを考えます。
症例2では、心電図は右もとっておくと思います。
身体診察は、呼吸音と心音に特に注意をむけます。
胸部ポータブルも1枚。

心電図は20分おきにでも再検して経時的変化をみます。

心臓でないとすれば、うーん・・・。
困っちゃうな・・・。
by hagi (2008-04-26 00:08) 

DYP

虚血性心疾患でしょうか。


1例目はぴりぴり感ということで発疹を確認して帯状疱疹も除外したいですがそれでは「一見地雷的でない地雷症例」でもありませんし嘔気も説明がつきません。


血液検査、胸部レ線ポータブル(院内で一番危険なのはX線室!!)とECG、UCGでしょうか。ECGも数十秒だけで判断しちゃうと見逃しの可能性があり後が恐ろしいので定期的に検査します。
by DYP (2008-04-26 00:17) 

tidalwave

鑑別診断を挙げるべきでしょうが、鰹の一本釣りでSTEMI(inferior)っていうのは安直でしょうか。
2例目は低血圧なのに徐脈であるのと発汗を伴うというのがかなり地雷的。
冷汗をかく人には必ず血行動態を脅かす何かが潜んでいるような気が。
吐き気という主訴もつかみどころがない分、時に怖いような。
カテ中に何か起こる時にはみんな吐くことから始まったりしますから。
by tidalwave (2008-04-26 01:53) 

シモイグ

二例とも、突然発症の嘔気を伴った低血圧で除脈傾向。
皆様と同様にACS(右室から下壁)でしょうか。
あとは・・・解離がRCAをかんだか。
まずはECGとりながら可能ならエコーへ進みます。
並行して採血。念のためDダイマーでPEをチェックしておきます。
by シモイグ (2008-04-26 09:19) 

ハッスル

第一に考えるのは
STEMI
です。
ただし、解離(STEMIであっても)やPEを除外していきます。
ECG・採血(D-Dimer込み)、胸部X線をオーダーしながら、循環器に相談します。
体表ペーシング付き除細動器も当然すぐ使えるように確認。
家族に具合の悪い可能性が高い旨も伝えて、検査しながら対応していく(予防線)ことになります。
by ハッスル (2008-04-26 10:40) 

GYNE

1例目、右前胸部の症状と吐き気→vital np(やや低体温)
2例目、ふらつき、吐き気、胸痛なし→低血圧、brady、やや多呼吸

採血(CBC、生化、血糖、自費d-dimerも)して、心電図をして、頭部CTもためらわずオーダーします。胸部CTはちょっとためらいます(以前血圧はどうか、痛みがないとのことだがもう少し詳しく聞く、d-dimerもみてから)。

ACSから考えて、SAH、小脳出血、いちおう解離をルールアウトします。
ひっかからなかったら、翌日再診にしてしまいそうです。(症例2はvitalが安定するまで様子見入院)
by GYNE (2008-04-26 13:14) 

yama

ちょっと興味的な質問を。
この地雷的で地雷ではない症例、ニボーはあったのでしょうか?

症例1の胸痛の持続時間はどうでしょうか?発作的であれば虚血性心疾患は否定できないと思います。右でも広範囲であれば心疾患は否定できませんね。症例2は例えば無痛性心筋虚血とか。

でも、ぴりぴりした痛みということは一瞬だけでしょうか?一瞬だけならそれは心筋虚血による痛みではありませんね。ぴりぴりという痛みについてだけ見れば虚血性心疾患は否定的のように思えます。やはり胸痛でもoppressionとかdiscomfortとかでないと心臓的とはいえませんね。
ただ、嘔吐と発汗というのが気になります。やはり心筋梗塞は頭に入れないといけませんね。他に鑑別疾患としては胃潰瘍、SAHなどでしょうか。
これらを除外すれば迷走神経反射という診断が下せると思います。

右胸痛がもし「ぴりぴり」ではなく、cardiac symptomであれば典型的な場合右室梗塞の可能性がありますね。その場合、下壁梗塞もあるかもしれません。ひどいとAV blockを伴ってくるのでbrady cardiaによる症状が出てくるとおもいます。

まあ、だいたいACS→SAHというのは皆さんと同じ意見ですな。
by yama (2008-04-26 13:49) 

456

はじめまして
門外漢の鍼灸マッサージ師です

1と2を併せたような症状の「脳幹出血」をみたことがあります

根拠はありません
by 456 (2008-04-26 16:50) 

日曜内科医

症例1はまったくつかみどころがないですね。その点で地雷はこちら(笑)。

症例2は明らかに徐脈ですが、SSSやAVB、これらはRCAのMIによる可能性もありますね。
以前にめまいを繰り返したのちCPAで運ばれた患者がいました。Brugadaで自然停止するVF(!)を起こしていたようです。

とりあえず2症例ともECGが見たいですね。
by 日曜内科医 (2008-04-26 18:44) 

医者もどき

・右前胸部のピリピリ感
・気分不良
・胃薬で改善しない吐き気
⇒ピリピリ感は放散痛と考えると、最悪なのは下壁梗塞とかかな…

・持続するふらつき感
・嘔気
・発汗
・胸痛&背部痛はなし
・低血圧
・徐脈
⇒素直に考えれば脳血流低下でしょう。痛みはないとのことですが、虚血性心疾患による徐脈だったとしたらイヤですね。

どちらにしてもまずはECGをチェックしないことには始まらないでしょう。

皆様と同じような答えですが…
by 医者もどき (2008-04-26 21:29) 

なんちゃって救急医

>この地雷的で地雷ではない症例、ニボーはあったのでしょうか?

う~ん、なかったんんですよ。これが。むしろガスレス。
だから、患者のgeneralityとpHxから絞扼を先ず考えました。

お腹は膨満(もともとからそんな腹だったことになるが、結果論からたどれば)し、硬い(というか、余りの激痛を訴えるため、まともに所見が取れなかったということになるが、結果論からたどれば)し、即CTに行きました。

エコーもしたと思いますが、とにかく騒ぎまくるので、まともにとれていないと思います。(あまり記憶なし)

自分の経験症例の記憶をたどり、比較すれば、絞扼にぴったりと一致していたというヒューリスティックな印象診断が、絞扼だったのです。

そして、それが見事に裏切られたというのが、この症例でした。

今回の症例1と症例2とは対象的ですよね。この人は、痛みの閾値が落ちていた可能性があります。その根拠は、本文には挙げていませんが、CTをとる前に、緊急手術の可能性の話をしました。そしたら、患者のリスポンスは、天と地がひっくり返らんばかりの不安の訴え方だったからです。

「えええええええええええ・・・・・・・・・・!!!!!!」
「そんな・・・・・・・そんな・・・・・・そんな・・・・・・・・」

こんな感じでした。 痛がる割には、不安の訴えも過度に強かったのです。

こうなってくると、ちょっと絞扼は?となってきます。

失体感症があるなら、その逆もあっていいのではないかと思う次第です。
あえて言葉をつくるなら、過体感症というところでしょうか?




by なんちゃって救急医 (2008-04-27 10:12) 

yama

まあ、手慣れた現場では胸部症状が無くても嘔気や発汗はSMI(silent myocardial infarction)を疑えっていいますね。勿論、DMが無ければ教科書的ではありませんので、見逃されてもexcuseのきく症例ではあったと思います。
ただ、今の司法は医療過誤との判断にしそうですが・・・。医師は神様じゃない!つうの。
by yama (2008-04-27 11:07) 

moto

先天的に痛覚のないひとというのを診たことがあります。そのひとは、足の指がなにかでこすれて化膿してちぎれるまで気が付かなかった。
それほどではないですが、体表面外科してると、痛覚の閾値はひとによってずいぶん差があるものだ、というのは日々実感です。
心筋梗塞の痛みとか内臓痛も、閾値の個人差大きいんでしょうかね?
そのあたりも「重症感」に関係してくるのかも。
by moto (2008-04-27 11:08) 

Keyaki

糖尿病の方も痛みの自覚症状が少ないですが
向精神病薬服用中のかたも、要注意ですね。
痛みの自覚が少ない方もいますから。

軽度の腹痛の訴えで、実は虫垂炎による腹膜炎というのも経験したことがあります。
また、CPKが500くらいの方は結構いますが、
原因不明の発熱のときは困ります。向精神病薬を中断するのはRiskがありますし、といって、悪性症候群を疑うほどの筋硬直や発汗などはないし、、
入院患者なら経過観察もできますが、外来患者さんでは、迷うことも多いです、、。


by Keyaki (2008-04-27 11:40) 

tidalwave

蛇足ですが、症例2は診断を確実にするために循環器内科医を呼ぶのが遅れたとしても、その間注意して観察しているのであれば、対応が遅かったと非難されるような症例ではないと思います。発症後12時間以上も経過しているようですから。

by tidalwave (2008-04-28 00:14) 

NYAO

 「チリチリ」とか「チクチク」とか「ピリピリ」とかあまり虚血らしくない表現をする狭心症・心筋梗塞の方、結構います。教科書的には患者さんの話をよく聞くのは基本ですが、患者さんの表現が必ずしもこちらの考えと一致している保証はないので胸痛なら胸痛と一般的にしてしまったほうがいいときも多々あるように思います。少なくとも痛みの性状だけを根拠に否定はしないほうがいいかと。
 あと、無痛性の虚血になる原因として糖尿病がよく言われていますが、古い報告では痛みの閾値にしか有意差がなかったような記憶が・・・
by NYAO (2008-04-28 09:05) 

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。