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体内地雷:破裂は病院の責任? [救急医療]

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動脈瘤という病気があります。急激に大きくなるときに痛みが出現することもありますが、多くは、ゆっくりと無症状に大きくなります。そういう経過ですから、他のきっかけで病院を受診したときに、偶然に発見されることが多い疾患です。風船を膨らませていけば、ある程度の大きさになれば、「パン!」と破裂する様子をイメージしてみてください。そういうことが、大血管の中で突然起こるのが、大動脈瘤破裂という病気です。 即死だと思います。切迫破裂という病態もあり、この場合は、生きて病院にたどり着く場合もあります。大変ラッキーな方は、緊急手術で一命を取り留めます。本当にラッキーな方のみです。 (大動脈瘤切迫破裂症例の参考URL:怖い失神(3) )

では、無症候性の動脈瘤が、いったいどのくらいの大きさになったら、破裂の危険が高まるのでしょうか?それについては、あるサイトの引用を挙げておきます。御参考ください。

http://www.cardio-vasc.com/anuerysm.html

まず大きさ(最大横径)によって判断します。胸部では60mm以上(50mm以上という施設もある)、腹部では50mm以上(40mm以上)がだいたいの目安です。というのは、大きければ大きいほど破裂しやすいという統計的な推論があるからです。

さて、いつもお世話になっている春野ことり先生のブログ 天国へビザ で、今、動脈瘤の話がエントリーされています。まだ、完結していませんが、続きが気になるところです。

ぽっくり死ねたら本望じゃ①

ぽっくり死ねたら本望じゃ②

無症状であるがゆえに、手術という選択、自然死を受け入れるという選択、どちらもありだと思いますが、一例一例、悩ましいですねえ。

私の病院でも、まったく別件で入院したある高齢の方に、CT検査で全く偶然に、大きな胸部大動脈瘤が発見されました。病棟の主治医は、患者とその家族と十分にコミュニケーションをとって、時間をかけて話し合った経過、手術をしないという選択をされました。 その患者は、それから2年後、自宅で心肺停止となっているところを発見され、当院の救急外来に運ばれ、私が死亡確認をしました。 エコーでは、左胸腔内に多量のエコーフリースペースがありました。試験穿刺で血性でした。それゆえ、大動脈瘤破裂が死亡原因と考えました。患者さんは、倒れる直前までは家族とごく普通に接していたそうです。いわゆる、見事にぽっくり死ねたという症例です。 すばらしいと逝きかたであったと私は思いました。

さて、この症例、カルテをさかのぼってみていましたら、驚くべきことが・・・・・・・。
私が、救急外来で初診を見ていました。 発熱、気管支炎(疑)で入院の判断をしていたのです。


その入院中に撮影された胸部CTで胸部大動脈瘤が偶然発見されていたのでした・・・・・・・。

その入院時の胸部レントゲン(正面、側面)を改めて、見直しました。
動脈瘤という答えを知ったうえで、レントゲンを改めて見直しても、それでも正面ではまったく大動脈瘤の存在はわかりませんでした。側面では、後出しで指摘すれば、「これかも?」といえるような血管のふくらみが疑われる程度です。

動脈瘤(無症候性)は、まさに体内地雷です。 レントゲンでは診断不能の場合もありえます。

おそるべしです。 もし、この方を、外来加療の方針として、その通院中に死亡していれば、
大動脈瘤破裂の自然死が、あたかも大動脈瘤の見逃しによる医療過誤に、あっという間に早変わりすることでしょう。

まさに、私も医療過誤の当事者になるところでした。ヒヤリハットです。

そんな私の危惧の現実版かもしれないという裁判例を発見しました。病状の詳細経過は入手できていません。よって、病因を深く論じることはできませんが、あくまで、可能性の一つとして考えてみます。

4千万円の支払いで和解  医療過誤訴訟、XX高裁
200X.XX.XX 共同通信 (全370字) 
 XX県XX市にあるXXXX病院で大
動脈瘤(りゅう)を見逃され死亡したとして、同市の主婦=当時(50)=の遺族三人が病院側に損害賠償を求めた訴訟はY日、XX高裁で和解が成立した。遺族の代理人弁護士によると、病院側が損害賠償金四千万円を支払う内容。訴状によると、主婦は200X年N月M日未明、背中の痛みを訴えて同病院に運ばれたが、救急外来の医師は腰痛と判断し、整形外科の医師も同様の診断を下した。主婦は一週間後、自宅で胸部大動脈瘤が破裂して死亡した。遺族側は「M日の時点で既に発症していた大動脈瘤を医師が見逃した」と主張したが、昨年六月の一審XX地裁XXX支部判決は、医師の過失などを認めず、請求を棄却していた。XXXX病院は「当初から誠意を持って対応してきた。和解という形で解決できたのは良かった」としている。

整形の先生も診察に加わっての腰痛でいいだろうと判断ですので、帰宅という判断は、正しかったと仮定します。つまり、痛みの原因は筋肉由来とする考え方です。すると患者は、元々無症候性の胸部大動脈瘤をもっており、死亡はその破裂に基づく自然死に過ぎないと推定することもできます。それほど飛躍した推定とは私には思えません。ありえることだと思います。

もちろん、最初の受診時の痛みは、切迫破裂もしくは大血管拡張にともなう痛みと推定することもできます。そしてその因果関係をもって患者は破裂で死亡した。

当然、遺族側は、真実を知りたいという名目の元に、勝ちに行くために後者の主張を展開するとは思いますが・・・・・。

その可能性の大小はここでは触れません。 ただ、もし前者の仮定であれば、まさに、自然死の責任を病院が取らされたという図式になりませんか? それって、「死ねば病院のせい」と悪しき社会風潮の土壌になりませんか?

一審では病院勝訴にも関わらず、高裁で和解になっています。良かったとコメントした病院の神経が私には理解できません。はたして担当医の気持ちはどうだったのでしょうか?和解するにあたり、無理やり見逃しと認めさせているのではないか心配です。

無症候性の動脈瘤をもった人が、何らかの理由で病院と関わっている中で、突然したときに、その死が、必要以上に、病院のせいにさせられるような社会になりはしないか・・・・。現場に携わるものとして大変不安です。


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コメント 7

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僻地外科医

動脈瘤が大きくなるほど破れやすいのは統計学的推測というより、単純な物理学の法則ですね。
ラプラスの法則
壁にかかる張力は内圧と管径に比例する.
 T=P・r
 内圧がPのとき,半径rの容器の壁にかかる張力Tを表す.

 腹部大動脈瘤だと4cm未満は1年以内の破裂確率がほぼ0%、5cmを超えると1/6が1年以内に破裂すると推測されているので5cm以上は手術適応とされています。8cm以上になると半分が1年以内に破裂します。
by 僻地外科医 (2007-10-08 18:35) 

僻地外科医

で、血管外科で腹部大動脈瘤よりもっといやなのが、腸骨動脈瘤です。
腹部大動脈瘤はある程度大きくなると触診で分かることもありますし、胸部大動脈瘤も胸部単純写真で見つかることがありますが、単独の腸骨動脈瘤は数は少ないし、CT以外ではまず見つけることが出来ません。しかもCTでも見落としやすい・・・。

 あと、元々動脈系が非常に細い人というのがいて、4cmの腹部動脈瘤でも、元の血管径の2倍あれば手術適応があると言われています。
by 僻地外科医 (2007-10-08 18:41) 

Med_Law

剖検を沢山経験すると、高齢者の大動脈は例外なく硬く、アテロームがところどころ爆発してクレータのようになってます。弾力はなくなって、パリパリという触覚です。

剖検50例ほど経験してから、血管造影を日課とした修行を積みましたが、怖いのなんの。大動脈弓より上は触りたくありませんでした。

内膜解離を起こすのは、パリパリになる前の、やや弾力が残った年齢です

エコーでも動脈瘤は見る気で見ないと見逃します。
腹部大動脈瘤のほとんどは、Infra-Renal Typeで、臍下からモッコリが多いですからね。

そうそう、胃透視で腹部圧迫する前には、必ず触診で動脈瘤がないことを確認!スポット撮影で、爆発させたら、完全に医原性です。
ということで、高齢者に胃透視は必ずしもやさしい検査ではありません。

皆様、どうぞ御配慮くださいませ
by Med_Law (2007-10-08 19:43) 

僻地外科医

>Med_Lawさん

>腹部大動脈瘤のほとんどは、Infra-Renal Typeで、臍下からモッコリが多いですからね。

 bifurcationの高さはほぼ臍の高さですので臍下がもっこりということは普通無いです。拍動を触れるのはやや下めに触れることが多いですが、それでも、臍と同レベルかちょい上に拍動の中心点が来るのが普通だと思います。Echoではむしろ胃の影にあって見にくいことが多いと思いますよ。
by 僻地外科医 (2007-10-09 12:32) 

僻地外科医

 ちなみに拍動がやや下めで触れる理由は、脊椎の生理的彎曲によるものです(大動脈の走行は下行胸部以下は脊椎に沿うので)。脊椎は仰臥位にしたときにTh5が最下部となり、L3付近が最上部になります。臍はL2~L3の高さにあるのが正常ですので、この辺が腹部大動脈がもっとも体表腹側に近い部分になります。
 従って、瘤が最も大きい部分が触知されるのではなく瘤の下方が良く触れるのが普通です。
by 僻地外科医 (2007-10-09 12:40) 

訂正を要します。

僻地外科医様
「もともとの血管径の2倍あれば手術適応と言われています。」
とは、初めて聞きました。
根拠をお示し下さい。
こうなると膝窩動脈瘤すら1.5cm程度で手術適応となりますが?
私の知る限りにおいてこのような適応は聞いたことがありません。

血管外科専門医
by 訂正を要します。 (2008-02-23 17:28) 

血管外科専門医

すみません、名前をかくところを間違えました。

ちなみに、「腹部大動脈瘤の手術適応5cm」というのも、具体的根拠はありません。サイズによる破裂率からのだいたいの基準です。施設によっては4-4.5cmを適応としているところもあります。
(女性やCOPD患者では破裂のリスクが高いので4.5cmくらいでも手術を勧めます。)
実際に保存的に経過を見た場合と待期的手術を行った場合の(たしか)イギリスのRCTの結果では、径5.5cmというのが適応です。
くどくてすみません。
by 血管外科専門医 (2008-02-23 18:38) 

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