謎の腹痛 [救急医療]
時間外診療の基本は、緊急疾患を見落とさないという診療姿勢だ。そして、まずはよくある疾患に標準を合わせるのが次なる基本だ。まれな疾患にすぐに飛びついてはいけないのだ。
とはいうものの、我々の知的好奇心をくすぐってくれるのは、どちからというとまれな疾患のほうだ。
たまには、地雷からは距離を置いて、我々の知的好奇心をくすぐってくれそうなケースも提示してみたい。
症例 26歳 女性 耐え難い腹痛
夕方より臍周囲の激しい腹痛が生じたため、救急車で来院。腹部は柔らかいが、リバウンドが少しあるようだ。 体温は37.2度。血圧は120/76。脈は94整。呼吸数22。
担当したのは、一年次研修医と二年次研修医のペア。 彼らは、ルートをとって、採血、検尿、妊娠反応などの検査を進めた。 その間に、病歴をとった。
6,7年前より、腹痛がおき、当院内科で入院歴が4,5回ある。これまでに下された診断は、急性腸炎、過敏性腸炎などであった。 最近の入院は2年前。このときの担当医から、「よくわかない」といわれたことが、軽いトラウマになっているようだった。 今回は、しだいに痛みが増悪し、波はあるが、完全に痛みは0とはならない。嘔吐、下痢はない。最終月経は10日前。造影剤アレルギー歴あり(じんましん)。海外渡航なし。開腹歴なし。 精神科、心療内科的既往はいっさいなし。 鉛の暴露なし。腹痛の家族歴なし。
検査結果
WBC11000、CRP0.3 他特記事項なし。 妊娠反応(-)。検尿 異常なし。 胸腹部レントゲン異常なし。
スクリーニング腹部エコー; モリソン、ダグラスなどにエコーフリースペースなし。 明らかなイレウス所見なし。回盲部は空気が多く虫垂同定不可。卵巣腫大などもなさそうな印象。胆嚢は問題なし。総胆管の拡張なし。SMAは開存。水腎症なし。
ECG 異常なし。
続々と検査情報が入るが、一向にこれってのが挙がってこない。 しかし、患者は、苦悶で、涙を流すほどだ。
仕方なく、ブスコパンを使うも全く効かず。ペンタジンで多少ましになった程度だ。
担当した二人の研修医は、CTさえとれば、きっとわかるだろうと期待をもってCTを行なった。ただし、アレルギー歴から、とりあえず、単純CTのみ行なった。
CTでは、正常虫垂を同定することができた。イレウス像はなし。腹水なし。腸壁の肥厚なし。大動脈問題なし。胆嚢問題なし。 腎臓異常なし。
二人の研修医は困り果てた・・・・・。そのときに、指導医のF先生が通りがかった。 腹部外科出身の20年選手のベテラン救急医だ。私も同じ救急部スタッフとして、実に多くのことをこのF先生から教えてもらったものだ。
F先生は研修医の病歴を聞き、諸検査の結果をふまえて、CTをじっと見た。 そして、ある部分のスライスのある箇所を指差した。じつにピンポイントの箇所だ。
「これじゃないの?」
救急外来では、F先生の指摘したものも鑑別の一つとして、とりあえず、自制困難な原因不明の腹痛として入院となった。 最終的には、F先生の指摘したものがビンゴだった。 後日、待機的手術なっている。その後再発はない。
6,7年来悩まされた腹痛を解決したF先生は、患者からとても感謝されている。
私は、F先生をすごいな、さすがだなと思った。 レアケースでも、びしっと決めるそんなベテランドクターはやっぱりかっこいい。私は、まだまだ修行が足らない。
続きは、後日アップします。
嘔吐がないのが典型例から外れますが、上腸間膜動脈症候群ではないでしょうか。
体格がわかりませんが、若い女性で、炎症反応のない臍周囲の腹痛で、腹部CTで所見があり、手術で治療。
この辺の情報からの推測です。
by rinzaru (2007-08-20 22:09)
>上腸間膜動脈症候群ではないでしょうか
なるほど、鋭い。これもたしかに、レアもので出したいネタの一つですが、今回は、嘔吐なし、体重減少なしということ、CTで大きな胃袋はなかったということで、今回はこれではありません。 ええと体格は、ごく普通の女性です。
by 元なんちゃって救急医 (2007-08-20 22:20)
う~ん。CTで分かるってことから傍十二指腸ヘルニアなんかいかがでしょう?これなら明瞭なイレウス所見を来さないこともありますし。
by 僻地外科医 (2007-08-20 22:42)
WBCが軽度上昇しているので、すごくまれだとは思うのですが、メッケル憩室炎はいかがでしょうか?外科出身の先生が見つけてるし。
25歳の女性で虫垂炎と誤診され死亡した例があるみたいです。
http://www.nishinippon.co.jp/news/wordbox/display/1731/
PS:やっぱ、先生ところでは、こういうのもっと書いてくださいよ~。医療崩壊を憂う系ブログはお腹いっぱい(笑。
by moto (2007-08-20 22:51)
>傍十二指腸ヘルニアなんかいかがでしょう
おお、内ヘルニアですね。 これだと地雷過ぎます・・・・・
きっとむずかしいでしょうね、この診断。
内ヘルニアは恐ろしい・・・・・・・
画像所見は、知識さえあれば、研修医の読影力でも、十分に指摘できるでしょう。 知らないものは、見えにくいからですね。
by 元なんちゃって救急医 (2007-08-20 22:52)
>moto様
先生、それ近々、エントリーしようかな?って思ってたやつかも。
メッケル憩室炎ですか・・・ なるほど・・・・
これが違うということを断言できる根拠をいますぐいえませんが、とりあえず私の想定解は別の疾患です。
>PS:やっぱ、先生ところでは、こういうのもっと書いてくださいよ~
そうそう、初心に帰ってみました。 最近、愚痴りエントリーが続いたので。
by 元なんちゃって救急医 (2007-08-20 22:55)
うむ~~~。
じゃあ、WBCが上昇してる、臍周囲ってあたりで尿膜管遺残症とか?
でも、それなら臍炎とかあってもいい気が・・・。
メッケル憩室炎はCTで見つけるのはまず無理なような・・・。
by 僻地外科医 (2007-08-20 23:04)
celiac axis syndromeはどうでしょうかねぇ。
by NO NAME (2007-08-20 23:35)
Duplicated Cystというのはどうでしょう?
正しく腸管の連続性を追う訓練をしていないと見逃しそうです。
手術で治ったということも入れて。。。。
by Med_Law (2007-08-21 00:10)
>NO NAME 様
勉強させていただきました。 初めて知りました。
http://journal.jsgs.or.jp/pdf/036081194.pdf
腹腔動脈起始部圧迫症候群(celiac axis compression
syndrome;以下,CACS)は外因性圧迫
による腹腔動脈起始部の慢性狭窄のために腸管の
虚血をきたすまれな疾患である
CACS は,外因性圧迫による腹腔動脈起始部の
慢性狭窄のために腸管の虚血をきたすまれな疾患
であり,1963 年にHarjola1)によって最初に報告さ
れた.女性に多く,食後の腹部アンギーナ様の症
状と栄養障害を主訴とする.圧迫の原因としては
正中弓状靱帯が最も多く,他に腹腔神経叢などの
線維性の解剖学的構造物の場合もある
by 元なんちゃって救急医 (2007-08-21 11:38)
>Med_Law 様
Duplicated Cystを調べてみました。
これも知りませんでした。勉強になります。
文献考察3):十二指腸重複症
【知っておくべき疾患 十二指腸】 十二指腸重複症
Author:野口剛(大分医科大学 第2外科), 内田雄三
Source:臨床消化器内科(0911-601X)15巻9号 Page1237-1242(2000.07)
要旨:消化管重複症は嚢胞状(球状:圧倒的に多い)あるいは管状を呈し, 全消化管のどの部位にも発生しうるが, 十二指腸に発生するものは少なく, 本邦文献では4.7%(奥田ら)と報告されている. 十二指腸重複症は十二指腸第1部, 第2部の内側(時には膵内)に発生するものが多く, 総胆管や膵管(多くは副膵管)と合流するものがある. 嚢胞内に胃粘膜を有するものでは, 嚢胞壁に潰瘍形成や出血がみられることがある. 超音波検査で上腹部の嚢胞性腫瘤が, 内鏡検査では粘膜下腫瘤の像がみられる. 血管造影, CT, MRIでは嚢胞壁の性状のみならず隣接臓器とのより明確な所見を得ることができる. 治療としては, 発癌の可能性もあるので切除が行われる. marsupializationは避けるべきである.
by 元なんちゃって救急医 (2007-08-21 11:58)
う~~ん、CTでここって指摘できる疾患でと考えると思いつかないのですが・・・
メッケル憩室炎は確かにCTではちょっと・・・
血管性紫斑病(HSP)もCTでここっていうのはちょっとだけれど、症状や検査所見はこれでも間違いはないですが。もちろん皮膚に点状出血があったり、血便があればステロイド使ってみたらって思うのですが・・・
やっぱり外科的疾患は勉強不足ですね・・・待機的手術ってところもはっきりこれとわかりません。
by クーデルムーデル (2007-08-21 13:26)
Fitz-Hugh-Curtis症候群?
by 名前は許して (2007-08-21 13:31)
>クーデルムーデル様
なるほどHSPでも合いますね。CTの話以外は。ちなみにHSPのCT所見を調べてみると、血管炎に基づく空腸壁内血腫というのがあるようです。(急性腹症のCT P244)
>名前は許して 様
なるほど、FHCも重要かと思います。ただ、これは、レアではありません。
拙ブログのこのエントリーでネタにしました。
http://blog.so-net.ne.jp/case-report-by-ERP/20070516
CT所見の文献も引用があります。
by 元なんちゃって救急医 (2007-08-21 14:14)
腸管気腫性嚢胞症なんていかがでしょうか。
ピンポイントの部位とは違うか。
by 櫻井 (2007-08-21 15:32)
>櫻井様
腸管気腫性嚢胞症とは、壁内気腫のprimary(idiopathic)版のことでしょうか。
ちなみに、壁内気腫のエントリーです。
http://blog.so-net.ne.jp/case-report-by-ERP/20070507
急性腹症のCT P109に 嚢胞性の気腫でたいていの場合良性 と書いてありました。
皆さんのコメントで、こちらが勉強させていただいてるようです。ありがとうございます。
by 元なんちゃって救急医 (2007-08-21 16:02)
「正しく腸管の連続性」というヒントからは、軸捻転とか、腸重積とかが考えられるのですが、待機手術になったからには違うみたいです。
そうなるとあとは腸管重複症くらいしか思いつきませんが、上のほうに十二指腸の重複症が出ていますし、これも違うのでしょうか。
by みさき (2007-08-21 19:20)
>みさき様
腸管重複症がちがうか?といわれたら、やはり画像でしょうね。
続編をご覧ください。
by 元なんちゃって救急医 (2007-08-21 21:48)