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引き算診療という考え方 [救急医療]

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医師アタマという本があります。今年の3月に出たばかりの本です。私は、この本を、春野ことり先生のブログを通して知ったわけですが、著者の面々は総合診療の分野では錚々たる方々ばかりです。医師と患者のコミュニケーションのあり方に関して、学ぶところの大きな一冊だと思いました。その中で、尾藤先生がお書きになられた「引き算で得る安心」という考え方は、私が日ごろ行っている「地雷を踏まないための救急初期診療のあり方」と大変類似しているものでした。そこで、本日は、この引き算という考え方を、自分の日常の中で遭遇するありふれた症例を通して、皆様方に紹介したいと思います。

尾藤先生は、次の引用に示したような鑑別の診断とプロセスを「引き算のプロセス」と名づけています。

医師側から重要視されている視点は、症候や問題をもって現れた患者が、特定の重大な病気をもっていないという仮説を立てること、さらにその仮説を立証することである。頭痛を訴えて来院する患者がくも膜下出血でないことを確認すること、胸が痛いといって来院する患者が心筋梗塞でないことを確認することは、医師にとっては絶対にはずしてはいけないマストな行いである。
                              (中略)
患者におこっている不具合の原因が、不明なままだとしても、その患者に重要な病気がないこと、次に器質的疾患がないことが十分に否定された時、診断に関してわれわれ医師は仕事の大部分を終えたと感じるものである。

私の日常の中での引き算診療は、さらに時間的要因が付加される。つまり、せいぜい1~2時間程度、長くても半日程度でその方向性を決定するということがその時間的要因の特徴といえる。その診察によって重症患者がヒットするより、結局何もないことのほうがはるかに頻度としては多いのが実情ではあるが・・・。ただ、美しい診療のファインプレーは、こういう地味な診療があってこそのことだと自分に言い聞かす毎日である。

症例  55歳男性  主訴 左肩痛

糖尿病で当院内科外来通院中の患者。上記主訴にて、時間外外来を受診。
診察を始める前に、12誘導心電図で、ST上昇心筋梗塞でないことを確認。(-3分)
診察開始。(0分) 軽く問診をして、胸痛、移動する背部痛、冷や汗、嘔気、嘔吐の有無を確認の後、血液チェック、トロポニンT、胸部レントゲンなどをオーダ。(5分) 急性冠症侯群(ACS)一連のオーダが流れ始めた後に、detailed active history taking(私の造語)を開始。ACSの病歴として合致するかどうかを慎重に検討。いろいろ聞いた結果、病歴は、体動時の再現性のある一瞬の痛みとして要約できると判断。(40分) 問診がまとまり、ぼちぼちと、もろもろの諸検査の結果が返ってきた。すべて問題なし。(50分)
結局、一番怖いものはなさそうだという説明をして、対症療法で帰宅とした。(60分)

症例 76歳女性 主訴 気分不良+嘔吐

糖尿病で当院内科外来通院中の患者。上記症状があるため、内科午前診を受診するも、待合室で嘔吐があったため看護師の判断でトリアージがかかり、救急外来へつれてこられた。

気分不良という言葉は、すべての緊急疾患の存在を考えないといけない救急外来にとって扱いにくい言葉でありときに要注意だ。そこでまず、処置室へ運ばれるや否や12誘導心電図をとる。ST上昇心筋梗塞でないことを確認。(0分)患者には気分不良という言葉を使わないようにと注意をさせながら、胸痛、移動する背部痛、冷や汗、頭痛などをさくっと問診。まあ、よく話がよくわからないこともあり、ACSとくも膜下出血(SAH)の二つの致死的疾患の除外(つまり引き算)が必要と判断し、CTを含めた必要な検査をオーダ。(6,7分) 検査が流れた後、普通の問診と身体診察を行った。結果、水様性下痢と嘔吐がメインで、腹部にも全体的な圧痛が軽くあることがわかった。(30分)診察の合間にCTも施行され、検査結果では、ACSとSAHを支持する所見なし。時間をかけた病歴でもACSとSAHを示唆するものなし。ACSとSAHの引き算が完了したと心の中で認識した上で、急性腸炎としての対応で帰宅とした。(50分)

以上、私の日常の、引き算プロセスを紹介させていただきました。私は、救急外来(時間外診療)は、引き算の診療をするという意味合いのことを、患者や家族にいつも説明した上で診療を開始しています。このようなやり方は、検査のしすぎという批判もあるかも知れません。確かに、昨今の訴訟事情から、見落としたらいけないとどうしても過剰に反応せざるを得ないという思いはあります。ただ、わかっていただきたいのが、検査とは異なり、保険点数がなんら加算されることもない詳細な病歴聴取にも、ものすごいエネルギーを注いで診療しているということです。「患者に悪い結果をもたらさないこと」という医師としての使命感に基づいた診療であることはご理解していただきたいと思います。

最後にもう一度尾藤先生の言葉を引用します。

引き算としての診断プロセスを終えた後、医師は患者に「原因ははっきりしませんが、大きな病気はなさそうなので安心してください」という言葉でしばしば説明を行う。(途中略) そして、(そのプロセスによって)医師が得た安心は、患者にも共有される必要があり、その出力として上記のような言葉が発せられていると考えることができる。

まったくもって同意である。

本日の教訓
時間外診療で地雷をふまない心得のひとつとして引き算診療の考え方はお奨め!

コメント一覧
全くもって、同感ですね。
その本。
名前だけは聞いた事あるんですが。
中は読んでませんが。

患者や家族は、診断は何。
って良く聞いてきますけど。
はっきりはしないけど、緊急性はない。
命に関わる病気じゃない、って返す事はよくありますからね、実際。
納得しない人も中にはいますが。
基本的には、それで良いと思っています。


written by Dr. I / 2007.05.24 00:54
自分のしている診療の理論固めになったようで
大変参考になりました。

自分としては 理解力のある患者さんには
「原因がはっきりしないというのはご心配かも知れませんが、
このような場合には経過をみることも 診断であり治療である
ことも多いのです。
その後の症状が加わったりしてはっきりすることもあります」
と付け加えることもあります。

全員にはここまで言いません。
混乱される場合もありますし・・・


written by くらいふたーん / 2007.05.24 09:41
Dr I先生、くらいふーたん先生

コメントありがとうございます。
みんな同じような思考でやってますよね。
written by なんちゃって救急医 / 2007.05.24 16:18
なんちゃって救急医先生、いつもお世話になっております。(あらやだ、紹介状みたい)
拙ブログと先輩の本のご紹介どうもありがとうございました。
「引き算のプロセス」
私達が診断をつけるために日頃行っているのはまさにコレですよね。救急では時間が勝負ですので、慌てて引き算する項目を忘れると大変なことになります。引き算の順番も大切で、重要な物から引いていく必要がありますね。
内科でよく遭遇する「不明熱」などは救急のように慌てなくてもいいものの、根気よく引き算しないといけません。答えがわからない間は悶々としますが、引き算して答えが出てくると嬉しいです。
先生が仰るとおりで、答えが出るまでにエネルギーをいっぱい消費しますね。
written by 春野ことり / 2007.05.24 20:02
ことり先生

こちらこそ・・・

内科の病棟でやる引き算は、時間軸がやや長い中での引き算ですね。当然、救急外来より鑑別の種類が増えますね。

不明熱は、IE、lymphomaなどを必ず差し引かないといけないですよね。
written by なんちゃって救急医 / 2007.05.25 21:56


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