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過換気症候群に潜む地雷 [救急医療]

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過換気症候群という病気・・・というか病態がある。若い女性が、「はあはあはあ・・・」いいながら倒れたりする。その様子にびっくりした周りの人達が、あわてて救急車を呼んでしまう。多くの医療者にとって、過換気症候群は、安全牌の患者ととらえられている。時に患者の社会的な要因が複雑なこともあり、そのことで対応に苦慮することもあるが、それでも過換気症候群と思って、帰宅させた患者が、その直後に急変するなんて、思いもしない方も多いのではなかろか?残念ながら、過換気症候群にも、やはり地雷は存在する。

「誤診」として訴訟になった報道記事を紹介する。(固有名詞は伏せました)

「誤診で娘死亡」とN市などを訴え N地裁支部に父親 7000万円賠償求める
1996.11.16 夕刊 11頁 社会面 (全760字) 

 昨年X月、死亡したXX県XXX町内の女性会社員=当時(21)=の父親(52)がY日までに、同県のXXX病院などに誤診や医師法違反があったとして、同病院開設の同市(XXX市長)やXX町内の開業医、同県K町内の病院長を相手取って、総額約七千万円の損害賠償を求める訴訟をN地裁XX支部に起こした。

 訴状によると、この女性は昨年X月N日、手足がまひして歩行できない状態となり、XXX病院に運ばれた。医師二人が精神症の「過換気症候群」と診断、精神安定剤を渡して自宅に帰宅させたが、状態が悪化した時の指示はなかった。(N+2)日に往診したXX町の開業医も同様の診断をした。

 (N+3)日に受診したK町内の病院では「身体的な病気の可能性もある」と、同県XXX市内にある病院の精神科を紹介。病院へ向かう途中、容体が急変、二日後に死亡した。死因は神経性の「ギラン・バレー症候群」による呼吸筋まひだった。

 訴状では「ギラン・バレー症候群は、神経内科ではよく見掛けられる。特殊な病気ではない」とし、XXX病院とXX町の開業医が同症候群、あるいは神経性の症状を疑うことは十分できた、と主張。K町内の病院長は、呼吸困難になっていた患者を直接診察しなかったのは医師法に違反する、としている。

 女性の父親は「医師らが十分な診療をせず、誤診などの過失が重なったことは明らか。早く分かっていれば娘は助かったはず。『そのうち良くなる』と根拠のない期待を抱かせ、有効な診療の機会を奪ったのは、許されない」と訴える。

 XXX病院は「一回の診療だけで見抜くのは困難だった」と話している。

 ギラン・バレー症候群 多発性神経炎の一種。手足などに運動まひが起きる。原因は不明。呼吸筋のまひまで進行した場合、人工呼吸器をつけないと、死亡する例もまれにある。

記事の中には、ちょっと、つっこみたくなるような「?」と思える部分もありますが、まあ、その辺は流しておくとして、過換気と思った若い女性の最終結果が、ギランバレー症候群による呼吸筋麻痺ってのは、こりゃ、地雷以外の何者でもありませんね。私は、このようなパターンを一度も経験したことはありません。

>神経内科ではよく見掛けられる。特殊な病気ではない

いえ、特殊な病気だと思います。一般救急診療でそうそう遭遇しませんよ。
リンク先のデータから計算してみました。 年間罹患率 1/10000 死亡率0.05 よって、一医師が、ギランバレー症候群の患者に遭遇して、その患者が死亡するのは、単純計算で、200万人に1人ということになりました。 これでも、特殊な病気ではないのでしょうか??

>『そのうち良くなる』と根拠のない期待を抱かせ

う~ん、なるほど。 防衛医療的には、本人・家族説明も、Telling you the worst scenario がやはり必要ということですね。

>一回の診療だけで見抜くのは困難だった

これまた、ごもっともな発言。要は、初療の段階で、その困難さをいかに上手に本人・家族に伝えるかということですね。

この判決は、ちょっとフォローできてません。最終的な結果を知りたいものです。

さて、過換気症候群に潜む地雷の第二弾は、ずいぶん前の自検例をひとつ。(状況は個人を特定できないようにわざといろいろ変えています)

21歳女性  主訴 過呼吸、しんどい

当院初診の患者。心療内科に通院中らしい(詳細不明)。 上記主訴でホットラインが鳴った。担当したのは、3年目の内科レジデント。来院して過呼吸状態を確認。問診もろくにとれないので、ペーパーバックの応急処置をした後、他の救急患者を診察にてんてこ舞いの状況であった。レジデントの方針としては、ペーパーバックの反応が悪かったら、本格的に診察と検査に入るつもりであったという(後日の本人談)。さて、患者より、申告があった。「少し、良くなりましたので、帰ります」。担当医は、患者側から申告してきたので、大丈夫だろうとそのまま帰宅させた。

翌日、朝9時、心肺停止状態で当院救急部を再来した。来院時の初期調律はPEA(徐脈型)であった。その時のリーダは私だった。前日受診の若い患者がCPAとあっては、そうそうあきらめるわけにはいかない。 まず、来院直後のBSチェックで、血糖「Hi」を即効で確認、糖尿病ケトアシドーシスからの心停止とめぼしをつけ、懸命に蘇生した。高カリウム血症の治療併用しながら、途中で、VFに変わりだし、合計8回の除細動を経て、心拍再開した。その後、病棟の集中治療で、受け持ち医師達が懸命な治療を続け、続発した急性腎不全の山を乗り切ってくれた。最終的に独歩退院した。若干の記憶障害がでたりと脳にダメージは少し残ったが、社会生活は可能なレベルまでの回復であった。

さて、このケースは、何か手があったのだろうか? 私は最初を自分で見ていないので何もいえないし、言いたくない。
ただ、過呼吸をなめてはいけないというのは、確かだと思う。だからと言って、検査をしまくるのもなんかいけてない。適度なバランス感覚は必要だと思う。 救急外来・・・一例一例の経験が勉強の日々である。

教訓
過換気症候群にも、致死的疾患が隠れている可能性を一瞬は考える必要あり

コメント一覧
 防衛医療が過ぎるといわれるかもしれませんが,過換気症候群を疑った際にはペーパーバッグより何より先に血ガスを採っています.動脈採血が終わったらペーパーバッグを被せ,ナースを血ガス測定に走らせます.
 糖尿病性ケトアシドーシスをはじめ,何らかのアシドーシスで頻呼吸を来した場合は血ガスで一発鑑別できます.
 しかし,ギラン・バレーには参りますね.ハナっから念頭に置いていない限り100%見逃します.呼吸筋麻痺なら初診時に血ガスで所見がありそうですが,初診時にはおそらく呼吸筋麻痺はなかったのでしょうね.
written by 田舎の一般外科医 / 2007.05.19 22:06
過換気になった状態では誤診してしまう可能性あります。ギラン・バレーは一度だけ外来初診で遭遇し、神経内科へ紹介し確定診断に至りました。その方は呼吸筋麻痺を来たす前に来院されましたから、鑑別にすぐ挙げることが出来ました。

ギラン・バレーと聞くとついついゴルゴ13を思い出してしまいます。
written by Tai-chan / 2007.05.20 00:57
はじめまして。先週、過喚起で救急車で搬送されました。生まれて初めてのことでしたので、ホントに苦しかったです。でも、他の病気ではなかったのは幸いでした。

隣では、小さな男の子が泣いていて、先生は麻疹で緊急入院となることを親御さんに説明されてらっしゃいました。
written by J / 2007.05.20 01:14
田舎の一般外科医様

コメントありがとうございます。
確かに血ガスは確実ですが、採血後の痺れなどでもめた経験もあり、明らかな軽症者には慎重に判断しています。
written by なんちゃって救急医 / 2007.05.20 20:23
Tai-chan先生

コメントありがとうございます。過換気でギランバレーを疑うのは私にはできないと思います。今後気をつけることにします。
written by なんちゃって救急医 / 2007.05.20 20:25
J様

コメントありがとうございます。患者さん側からのご意見は、貴重です。他の病気ではなくて何よりでしたね。多くの医療者が、人体という予測困難な自然を相手に、悪い結果を回避しつつ努力をしてるんだということが少しでも伝われば本望です。どうか、マスコミの中立性を書いた医療不信を煽る報道に翻弄されないことを願っています。
written by なんちゃって救急医 / 2007.05.20 20:28
過換気症候群と診断されていたケトアシドーシスは最近経験しました。息苦しいということで、いわゆる多呼吸でした。ガスはとったのかな?とみてみると...まだとのことで...検査すると。pH 6.95, pCO 12, BE -35。血糖はhigh。うわっこれはマズイということで、生食全開、インスリン持続でなんとかなりました。元気に帰られましたが...。ちょっと遅れたら、アウトだったかもしれません。
written by いなか小児科医 / 2007.05.25 22:34
いなか小児科医様

コメントありがとうございます。
たしかにガスは大事ですね。
written by なんちゃって救急医 / 2007.05.26 21:26
初めてコメントさせていただきます。同じ領域で診療されている先輩のサイトからいつもいろいろなことを勉強させていただいております。ありがとうございます。

私も日本にいるときに救急隊がテンション低く「過換気なのですが・・・」と連れてきた患者さんでDKAのことがありました。過換気の患者さんに全てABGが必要か、私にはわかりませんが、過換気の既往があり「いつもと一緒」と患者さんがいERでまったく正常の呼吸になれば特に検査はしないと思います。ペーパーバックもやらず安心を促し経過観察します。

ギランバレーの件勉強になりました。ギランバレーの話はまれですが救急医が痛い経験をするものとしてレジデンシーの講義でたまに出てきます。つい最近福井の寺沢先生の症例帳を復習していて記載に気付きました。

今後もいろいろと勉強させていただければと存じます。


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コメントありがとうございます。
寺澤先生の本は、やはりバイブル的存在です。
あと生坂先生もお奨めです。
今後ともよろしくお願いします。

by なんちゃって救急医
written by しへい / 2007.05.31 14:41


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