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え?と思った患者の訴え [救急医療]

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ここしばらく、総論的なエントリーが続いていましたので、本日は、日ごろの救急診療での平凡な一こまを書いてみたいと思います。

医療の判断のために利用する情報には、客観的な情報(血液データなど)、主観的な情報(患者、医師それぞれあり)、視覚的な情報(画像)、触覚的な情報(腹部触診など)、言語化し難い情報(いわゆる患者の発するオーラみたいなもの)などたくさんの種類があります。診療中には、それらの種々雑多な複数の情報が、リアルタイムで次から次へと入ってきます。そして、我々医療者は、それらの情報の質を、随時評価しながら、随時修正しながら、適宜、診断仮説も変更しながら、その現場に応じた最適解というものを探しにいくわけです。しかも、救急診療というのは、その作業に投入できる時間と資材が大変限られているという事情もあります。

私は、その難しさ、不確実性を、広く救急診療をうける方々に伝え、少しでもわかってほしいと思っています。

そんな日常診療には、「え???」「なんで・・・・・??」「どうして!!!」

私達医療者が、こんな反応をすることが、ごろごろしています。

本日の症例を通して、そんなことを皆様方に感じていただければと思います。

症例  81歳 男性 主訴 左側の腹痛

左側の腹痛という触れ込みで、救急車にて搬入された患者。当院には、術後イレウスで何度か入院歴がある患者だった。 ADLは自立との由。ここに、救急隊が我々に手渡してくれた観察メモの控えをそのまま再現してみよう。 

氏名  ○○○   生年月日  ××
住所  XXXXX
発生場所  自宅
主訴  左側の腹痛 嘔気  持続痛 圧痛あり
意識  清明
呼吸  18 正常呼吸音  正常呼吸様式
脈拍  97  体温 35.0
血圧  155/89
SPO2  95(ルーム)
現病歴および既往歴
本日 夜 1:30~  嘔吐2,3回  下痢なし 既往歴 胆嚢摘出(H4) 腸炎(H18) イレウス(H19)

午前9:30来院。 患者は、すでに到着時には、痛みは軽快傾向にあるようだった。本人に、痛みの部位を問うと、左上腹部のあたりを指し示す。だが、はっきりとした圧痛の所見はなかった。お腹は柔らかく、少なくとも左側に腹膜刺激症状はない。腹部正中に手術痕あり。やや膨満している感を認める。それを家族に問うと、その膨満についてはいつもこんな感じという。

以上が、来院しての一瞬のやり取りだ。すくなくとも、急性腹症として超緊急性のある状態ではなそうだ。

最近のイレウスの既往もあるし、開腹歴もある。我々の第一印象は、「イレウス」 だった。

カルテには、前回イレウスで入院時の退院時サマリーがはさんであった。それによると、H4年に胆嚢摘出術施行、その後5回ほど術後イレウスを繰り返していたとのこと。この入院時では、保存的加療で回復していた。

腹部レントゲン(立位)ができた。こんな感じだった。
図3.jpg

「やっぱりイレウスだな。絞扼性の路線は薄そうだが、CTでさらにチェックが必要だ。」

我々は、CT検査へと段取りを進めた。その際のCTをオーダする際の我々のコメント次の通り。
左側腹部痛、嘔気と嘔吐。Xp上二ボーあり。閉塞機転のチェックと絞扼性イレウスの除外をお願いします。

他の所見もだんだんとそろい始めた。WBC14000 CRP5.3 血液データ 他特記事項なし。 尿潜血(-)。cXp、ECGも特記事項なし。

さて、皆様は、この時点でどんな疾患を想起しますか? ちなみに、CTをみて、私達は、「ええ~、何でえ?」と思った次第です。

(5月13日 記)

(5月15日 追記)
たくさんのコメントをありがとうございます。いろんなご意見をいただきました。多数派のご意見が、尿路結石でした。確かに私も経験があります。イレウスと思ってCTを撮りにいったら、尿管膀胱移行部にしっかりと「石」が写っていたことが・・・。でも、そのときの反応は、「なあんだあ~~~、石かあ~~」ってなりません? 今回の症例のメッセージは、タイトルに込めていました。「え?っと思った患者の訴え」です。そういう意味で、元ライダー先生のコメントとそれを受けての環器内科研修中医先生のコメントの中に核心的なご指摘がございました。

では、続けます。

CTができた。これである。
図4.jpg

私と研修医Iとで、このCTを眺めた。

I先生「あれ、なんかイレウスっぽくないな? 腸管の拡張がそうでもない」

私「おい、これなんや? 燃えてんで、ここ。」

I先生「あれ、ホントですねえ。でも、左っすよ、左。痛いのは。先生」

私「右側、触った?」

I先生「はい、お腹が出てる人でしたけど、触りましたよ。痛そうでなかったです」
   「それに、本人も奥さんも救急隊も皆、左って言ってましたよ」

私「まあ、いい。とにかく、この燃えてるところを狙ってもう一度腹を確認しよう

I先生「はい、ちょっと丁寧にみてきます」

しばらくして、I先生が戻ってきた。

I先生「先生!先生! 所見あります。かなりそけい靭帯に近いところまで注意して
    しっかり触りにいくと、ありました。ありました。 リバウンドが!
    あんまりお腹が出てるし、左という先入観が強かったから、右側の診察
    が注意深くできてなかったのかもしれません」

私「 ええ~、それで何で左の訴えやねん。わからんなあ????
   心か部痛でアッペはよくあるけどなあ。左でもあるのかなあ???」

臨床の現場では、このように、わからないことは、ごろごろしている。それが日常である。
だから、私達は、そこはそれ以上は深く考えずに、画像所見を最重要所見と判断して、診察を進めた。

私 「憩室炎?虫垂炎? ちょっとわかりにくいね
   ただ、虫垂炎→限局性イレウス→写真で二ボーあり のストーリーは合うね」

I先生 「腹水も出てますよ(注:この写真は出していません)。外科ですね、これ。」

私 「そうだな。外科の先生にも相談しよう。」

外科の先生も放射線科の先生の読影も、はっきりと腫大した虫垂を画像上特定するには至らなかったが、虫垂炎を強く疑い、開腹の方針となった。救急外来から直のオペ出しとなった。

結果、虫垂炎だった。虫垂は、小腸・S状結腸と高度に癒着していた。手術所見としては、phlegmonous。その後の病理レポートでは、壁全層の壊死を伴った高度の炎症細胞浸潤ありで、gangrenousとなっていた。つまり、いつ穿孔してもおかしくない虫垂炎だったのだ。

結局、この患者の訴えは、むしろ問題の本質から遠ざける因子となってしまっていた。患者の訴える痛みの場所 「左側」にとらわれれば、とらわれるほど、それは顕著になっていっただろう。臨床判断というものは、AHA蘇生のガイドラインで言うところの、気管挿管の確認のコンセプトに似ているところがあると私は思う。つまり、一つの所見だけで、100%断定したり、100%否定してはいけないということ。複数の情報を総合的に考え、バランスよく判断することが、現場の臨床判断として重要だと思う。

ちなみに、見逃し症例から学ぶ日常診療のピットフォール 生坂政臣先生著 医学書院 P90には、こんな記載がある。

腹部が膨満している場合、浅い触診では圧痛が誘発されなかったり、圧痛部位がMcBurney点などから離れた所に存在する可能性も留意する

なるほどである。今回の症例は、腹部内臓脂肪で元々腹部が膨満気味の人であった。最初の段階では、誰もが左側の腹痛であると信じて疑わなかったなどの要因があった。 だから、CTを見る前の腹部診察では、右下腹部の所見を見出すことができなかっただろうと思う。 

結果だけをしって、我々のこの初療の一連の流れを知らない人の中には、こう言い放つ人もいるだろう。

最初から、きちんと腹を診察していたら、右下腹部の所見はわかったはずだ。

と。

こういう言い分こそが、まさに、後知恵バイアスである。 一般に、医事紛争の中では、双方の主張がぶつかりあうわけだが、患者側の言い分の中に、いかに後知恵バイアスに基づいた主張が多いことか! 参考エントリ-(後知恵バイアスについて) 本当に腸炎でいいですか? 

メディア関係者の人に、医事紛争の増加という社会的弊害を減らすための私の二つの提案を聞いてほしい。

1.患者遺族側の悲嘆のプロセスのさなかにある遺族の感情を報道しない 
2.人間の認知には、元来「後知恵バイアス」という認知の特性があることを広く報道する

まとめます。 今回の症例は、患者の訴えと非常に結びつきにくいところに問題の本質がありました。種々の情報を総合的に考え、そして判断するセンスが求められます。腹痛患者を診察するときには、常に虫垂炎を想定しておく必要があることを改めて考えさせられる症例でした。特に腹部が膨満している人の理学所見を拾う場合には、よりいっそうの注意が必要ということも我々に教えてくれました。
そんな症例でした。

本日の教訓
腹痛患者は、常に虫垂炎を念頭に置こう。右も左も関係なく。

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コメント 16

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ミヤテツ

膵炎かと思いましたが、救急の血液検査ならアミラーゼは入っていると思うので、どうかなと思います。アミラーゼの上がらないやつもありますけど。
他は、CTを見てなんでなので潰瘍穿孔とか、KUBが下まで写ってないので尿閉とか。
XPでは脊柱の変形が目立つので圧迫骨折による腰痛、尿閉、腹痛などか?

by ミヤテツ (2008-05-13 16:42) 

DYP

消化性潰瘍穿孔でしょうか?
by DYP (2008-05-13 18:06) 

なんちゃって放射線科医

はじめまして。
ブログを拝見し、勉強させていただいています。

尿管結石はいかがでしょうか。
by なんちゃって放射線科医 (2008-05-13 18:30) 

島医者

いつも、楽しく勉強させていただいています。
私も尿路結石に1票です。
持続性の痛み・尿潜血(-)は尿路結石にあいませんが、尿路結石の痛みで一時的な腸管麻痺になりレントゲン上ニボー像を呈することがあると思います。一度、研修医時代に経験したのですが、いかがでしょう??

by 島医者 (2008-05-13 22:09) 

pulmonary

イレウスはありそうですねぇ。
癒着性でないとすれば・・・
症状的に絞扼性はなさそう。
大腿・鼠径ヘルニアの嵌頓なんかでしょうか。
男性ですので閉鎖孔ヘルニアは考えにくいかな。
あとは2次性にイレウスっぽくなる膵炎や尿路結石、憩室炎などでしょうか。

Xp写真をみると、何か右側が痛そうな体勢ですね。
(もともと変形しているだけか・・・)

by pulmonary (2008-05-13 23:24) 

moto

まず、WBC・CRPが高いのだから、感染症疑ってみますよね。虫垂炎・憩室炎・S状結腸穿孔とか。
で、左上腹部痛だが、腹膜刺激症状はない。X線立位でフリーエアはなくて、イレウス思わせるガス像はある・・
で、CTとって「なんで??」とびっくりする、
びっくり→腫瘍とか動脈瘤とか、よほどのものですね。
で、当てに行きますが、結腸間膜内に穿破した糞便腫瘤じゃないかな?これなら、炎症反応高いわりに腹部症状少なく、CTでびっくり、って3つの条件満たします。
どうでしょうか?
by moto (2008-05-13 23:26) 

ウロトド

はじめまして。
ウロの目からみると、血尿があれば尿管結石の診断に非常に有用な証拠の一つではありますが、血尿がないからといって結石の否定は出来ません。
発症が未明であり、イレウスを伴うのは珍しいと思いますが結石かなあと思いますね。CTで一発で判りますし。もし結石なら炎症所見から見ると腎盂腎炎を起こしかけているかもしれませんね。数時間後に悪寒戦慄や発熱というエピソードを伴うかもしれません。
ただ1:30~というのが嘔吐だけなのか、腹痛あるいは背部痛もあったのか?ちょっと判りかねるところがありますが。
尿管結石と憩室炎など消化管病変は診察室レベルでは時にとても鑑別が難しくて、CT撮らないと判らないことが多く、自分もなりたての頃結石と憩室炎を誤診しかけたことがあります。逆もあるのではないでしょうか。
by ウロトド (2008-05-13 23:54) 

元勤務医

自分自身の経験では一番注意しなければならない疾患としては大動脈解離などの大血管障害があると思います。加えて老人の炎症反応上昇では常に誤嚥性肺炎を鑑別する必要があると思います。いずれにしても尿管結石、すい炎を含めていろいろな疾患が可能性としては考えられるケースですね。
by 元勤務医 (2008-05-14 03:48) 

oldDr

自分の専門にこじつけて申し訳ないのですが、急性腹症で腹部CTを撮り、胸膜炎や肺炎、肺血栓塞栓症(梗塞)を指摘されてまわされてくることは結構あります。腹部Xpで欠けているのですがやや左横隔膜が上がっているような感じです。
by oldDr (2008-05-14 08:45) 

HHR

高齢者は病態の割に訴えが乏しいことは良く経験します。
私もmoto先生のご意見に賛成で、腸間膜方向へ穿破した糞便腫瘤に1票です。同様の所見で、この疾患を経験したことがあります。
以前経験した時は夜間に救急外来に来院され(2次救急病院)、来院時は症状が軽いため、朝を待ってCTを撮ろうと考えました。しかし朝方から急激に全身状態が悪くなり、緊急CT、緊急手術、という経過になりました。危うく手遅れになるところだったと冷や汗をかいたものです。

by HHR (2008-05-14 09:17) 

元ライダー

消化管疾患らしいので参加します。
CTで予想していない腫瘤が見つかれば「ええ~、何でえ?」ではなくて「何じゃこりゃ?」ですね。「ええ~、何でえ?」という反応は他の所見と合わない時の反応。ということは血液データや理学所見に比べてCT所見が重症で、「こんな画像なのに、なんでこんなに他の所見に乏しいの?」というのが「ええ~、何でえ?」という反応なのではないかと。
これを踏まえると、
胃が右方に変位しているように見える(左から圧排されているのか?嘔吐の原因?)。そこ(胃の左外側)に限局して病変があれば肋骨下だから腹膜刺激症状に乏しい。炎症所見もある。そう考えると、結腸穿孔で糞便は腹腔内癒着のため左上腹部(肋骨下)に限局している病態・・かな?
by 元ライダー (2008-05-14 10:59) 

B

腸管は慢性的に動きが悪いんでしょうかね。

自分の経験的に、左側腹部痛だと尿路・呼吸器疾患に流れちゃいます。
体温35度もなんだか嫌な感じだし、腹痛 → 嘔吐の順なのか気になりますね。
by B (2008-05-14 11:38) 

循環器内科研修中医

症状以外は似ているかも、というような症例を最近経験したので参加させて頂きます。
元ライダーさんのを勝手に引用させて頂きますが、
『CTで予想していない腫瘤が見つかれば「ええ~、何でえ?」ではなくて「何じゃこりゃ?」ですね。「ええ~、何でえ?」という反応は他の所見と合わない時の反応。ということは血液データや理学所見に比べてCT所見が重症で、「こんな画像なのに、なんでこんなに他の所見に乏しいの?」というのが「ええ~、何でえ?」という反応なのではないかと。』ということから、左腹部痛なのになんで?というのもありかと思いまして、虫垂炎から波及した膿瘍、というのはいかがでしょうか?経験した症例の症状は正中の腹痛でしたが、、、。
あとは、肝膿瘍とか。左の症状なのに右に病変?なんで?という感じです。右胸水があるようなXpと思われますし。
所見・データからSIRSになっていますし膿瘍を考えがちになってしまう今日この頃です。


by 循環器内科研修中医 (2008-05-14 21:49) 

2年目研修医

尿路結石!痛みで腸管の動きが鈍くなってニボーが見えることもあるし、
エコーをぱっとあててみたいですね。

横隔膜下にFreeAirもないしPneumobiliaもないし
ECGもSinusRhysmだし。
腎臓の双手診やCVAのKnockPainはどうだったんでしょうか?
by 2年目研修医 (2008-05-15 01:34) 

おとぼけ

石でズブイレウスはよくありますよねー。
でも左って言われたらやっぱり左に病変があるものだと思ってしまいます。

昔、移動盲腸で、病変が胆嚢の裏側にもぐりこんでいたことがありました。
Mcburney圧痛もなくてreboundも薄くてまさかappeとは。。。
胆石持ちの患者さんだったのですが、どうも胆嚢炎らしくなくて
変だなぁとは思ってました。
外科医によるとオペはかなり大変だったみたいです。


by おとぼけ (2008-05-15 10:34) 

なんちゃって救急医

>おとぼけ先生

胆嚢の裏側ですか! それもすごいですねえ。
ほんと、アッペは、いろんな顔があるものです。
by なんちゃって救急医 (2008-05-15 20:37) 

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