心電図変化に潜む地雷 [救急医療]
時間外診療や救急診療において、12誘導心電図を早期に確認することは、極めて重要だ。 それは、ST上昇型の心筋梗塞の早期診断につながることがあるからだ。そして、そのまますぐに治療戦略を考えることができる。従って、診療の戦略としては、本格的な問診を開始する前に、12誘導心電図を確認しておくことをお奨めする。 問診では絶対にわからないST上昇心筋梗塞の患者は少ないが存在する。
関連エントリー ⇒ 看護師の機転が救った命
しかし、心電図変化のみをよりどころにして、突っ走りすぎると、これまた恐ろしい地雷が待っている
こともある・・・・
本日は、こんなケースをお届けしてみようと思う。
救急医療最前線におけるピットフォール その回避手段と脱出法 のP29に記載されている症例を引用する。
(医学的内容は忠実に引用してありますが、文章表現は若干変更しております)
症例 54歳 女性 意識障害、胸が苦しい
プールで水泳中の出来事。水に浮かんで動かなくなっているところうを救出され、直ちに救急車で、病院へ搬入された。救急外来到着時の意識レベルは、JCSでⅠ群。
担当医 「 頭は痛いですか?」
患者 「 頭は痛くないですけど、胸が苦しいです」
身体診察においては、神経学的所見は認めなかった。
担当医は、患者の訴えを聞いて直ぐに、12誘導心電図をとった。
胸部誘導は下図の通り。 (四肢誘導のST変化ははっきりしない)
これを見た担当医は、慌てて、循環器医師をコールした。
そして、当然のごとく、緊急の血管造影が行なわれる運びとなった。
今日はここまでにします。 何か怖くないですか・・・この流れ???
(以上 9月13日 記)
(以下 9月14日 追記)
たくさんのコメントをありがとうございました。 解離の話題が随分と出ていましたが、はたして??。
では、続きです。
緊急の血管造影が、循環器医師達によって施行された。
正常の冠動脈(normal coronary )だった。
造影検査終了の直後・・・・・
「頭が痛い」と叫び、そのままあっという間に、意識消失、呼吸停止、瞳孔散大・・・・・。
あわてて頭部CTをとった。
くも膜下出血(SAH)だった。 恐ろしいSAHの再出血である。
ICU管理となったが、3日後、患者は死亡した。
この本の中では、この症例の紹介を通して、くも膜下出血発症時に、多彩な心電図変化をきたすことがあるということを教訓にしていた。
いったい何がおきているのだろう? 完全にその病態が解明されているわけでないが、SAHの二次性の心電図変化は、SAH発症時の高度なストレスによって発症したたこつぼ心筋症との関連が深いのではないかと私は思っている。 胸が苦しいというのは、たこつぼ発症と考えればそれなりに矛盾はしないのではなかろうか。
参考URL ⇒ http://www.jhf.or.jp/shinzo/mth/images/History-38-8.pdf
しかし、急性冠症候群(ACS)とくも膜下出血(SAH)の両者を、瞬時に検討し、適切な方向性を見出すことは、相当困難な臨床判断であることは言うまでもない。
実際、この両者を悩みながらも、なんとか対応した自験例を紹介する。
それは、過去に提示したこのエントリーである ⇒ たった一枚の心電図
アルコール中毒の患者で、意識障害での来院だったわけであるが、心電図は、STが見事に上昇していた。
実は、この症例、 当初のエントリーでは、話を単純化するためにあえて書かなかったのだが、
循環器を早期にコールしながら、私は頭のCTも撮ったのである。
そう、 意識障害が、SAHのためであり、ST上昇は、SAHの二次性変化の可能性も捨てきれないと判断したためである。循環器医師に、より安心して血管造影してほしかったという私の思いもあった。 幸い、CTは異常なしであった。その結果、私は、循環器医師達に、「SAHは無いようです」と自信をもって患者を申し送ることができた。
心電図変化ははっきりしているが、病歴が、意識障害があったなど、何か?と思える節がある場合は、心電図変化のみで突っ走らずに、思いとどまって、SAHの可能性を視野に入れておくことが、 SAHという地雷を回避すること、ひいては、それは患者さんへの適切な医療提供へと結びつくことになるかもしれない。
まとめます。
本日の教訓
怪しげな病歴+心電図変化のとき、SAHを考えてみよう。
ヒントをください。
とりあえずですが・・四肢誘導で、良く見るとI, aVlでSTがわずかにあがってるとかはないんですよねえ?・・
by 欧州まん (2007-09-14 00:19)
もし一過性の意識障害に加えて嘔吐や一過性の頭痛があればSAHによる心電図変化も考慮します。患者さんのなんともいえない表情とか結構気になります。でもやっぱり私も循環器科を呼びます。
by しへい (2007-09-14 03:26)
そういえば解離も考えないとですよね。縦隔・両側の脈・胸痛の移動なども確認します。難しいですねえ。
by しへい (2007-09-14 03:29)
ちょっと調べても出てこないんですが、StanfordAの解離で、左室のほうの冠動脈に虚血が及ぶと、電位的に後側ST上昇の反対で、V2-5のST低下にならないでしょうか?
by moto (2007-09-14 16:58)
あーごめんなさい。べつに解離考えなくても、左回旋枝の梗塞でもいいのかもしれません。
http://www.udatsu.vs1.jp/infarct.htm
「左回旋枝閉塞例のなかには,前胸部誘導のST低下のみを示す例があります。」
前壁のST低下のようでも、実は後壁のSTEMIだという地雷はどうでしょうか?
by moto (2007-09-14 17:14)
>moto先生
うむ~。単に梗塞だったら、前壁じゃなくても血管造影が地雷にならないと思うんですよね。
つか、バイタルはどうした、バイタルは・・・というツッコミを入れたい事例ですねw
1.解離
2.PAE(はっきり陰性Tではないし、水泳中というのが合わないな)
の順で考えたいです。
by 僻地外科医 (2007-09-14 18:25)
>欧州まん様
ヒントをください
>僻地外科医様
つか、バイタルはどうした、バイタルは・・
ええっと、そうですよね。バイタルですよねえ。
今回の症例は、引用元にはバイタルの記載はありませんでした。
ですが、ヒントというリクエストにもお答えして
勝手に、搬入時の血圧は、195/105 左右差なし としておきましょう。
これで重要なヒントとなるかと思います。
by 元なんちゃって救急医 (2007-09-14 18:33)
>moto先生
僕が最初のコメントしてたのは、その左回旋枝AMIじゃないよね?って確認したかったので、書いてみたものです。実際に、こういうので左回旋枝のAMIで、このように胸部誘導でSTが鏡面状に下がりっぱなしで、あとでよーく見るとI, aVlが微妙に上がっていた回旋枝のAMI例は経験したことがあります。(ただ、左回旋枝のAMIだとV5,6(特にV6で)STが微妙に上がっててもいいような気がしています。)
あとは大動脈解離で、大動脈弁近くまで避けて、フラップ状になり回旋枝の入り口をふさいだり・・というのも考えてもいいかもしれません。・・まあ聴診したらAR murmurが聞こえて、普通カテ前に心エコーでA弁見てから造影に行こうとするので・・ですが。
ただ、問診の”胸が苦しいです”ってのが引っかかります。(解離だと、かなり痛いと言われると思うんですが・・。)
肺梗塞も胸部誘導で所見がなくて、この心電図では・・。
by 欧州まん (2007-09-14 18:48)
すみません、ヒントと入れ違っちゃいました。
195/105左右差なし・・
うーん・・
A弁に達する大動脈解離かなあ・・。
by 欧州まん (2007-09-14 19:01)
胸部誘導だけのST低下?
肢誘導でもST低下していれば三枝病変、LMT病変を真っ先に疑います。
胸部誘導でV5V6よりもV3V4がST低下が著明なのは・・・
やっぱり三枝病変、LMT<特にLMTに1票>
こんなST低下をみせられたら真っ青になって循環器を呼びます。
by Rホーリック (2007-09-14 19:08)
moto先生の所に遊びに来ている放射線科医です。血圧に左右差が無い。というヒントは解離が無名(腕頭)動脈分岐より近位までにしか生じていないということの裏づけとなうのでしょうか?
by ツネツネ (2007-09-14 20:20)
ぐはぁ・・・。
これは核爆弾級の地雷だ・・・汗
この状況からSAHを想定できる医者は「極めて希」だと思います。
(ヒントを見たあとならA型解離は否定。でもSAHは想定しにくすぎます)
>欧州まん先生、ツネツネ先生
おっしゃるどちらの場合でも血圧は低く出ると思います。
ちなみに「全然胸が痛くない」A型解離の経験有りです・・・汗
by 僻地外科医 (2007-09-15 03:06)
A型解離の場合についての追加
欧州まん先生とツネツネ先生がおっしゃっているのはA型解離でもDeBakeyII型解離のことだと思います。しかし、どちらのケースでもST変化が来る部位までの解離ならタンポナーデは必発だと思います。190台の血圧が出る可能性はほとんど無いでしょう。
by 僻地外科医 (2007-09-15 03:17)
>僻地外科医先生
いや・・実はうまいことA弁が裂けてもタンポナーデなしの症例ってそこそこありますよ。(怖い経験しちゃったことがありまして・・)そんで血圧もしっかり180台とか。血管の裂け方がある側面部分的で、臍上のあたりからA弁まで裂けていって・・って経験したことがありますね。(おそらくDeBakeyⅢaから始まって、あとでIに広がっていったけど、左右差がそんなに出なかった症例とか)
でも、解離のときはやっぱり結構主訴に”痛み”が強いきがしますねえ。そういう意味では、この問題は・・”苦しい”でしたから・・難しかったです。タコツボ心筋炎に持っていこうってのなら・・・それなりに納得ですかねえ・・。
by 欧州まん (2007-09-15 03:57)
勉強になりました。いつもありがとうございます。
今後も楽しみにしております。今度私のブログで紹介させていただいて宜しいでしょうか。
by しへい (2007-09-15 10:15)
これも結果論であって、CT撮っている最中にVf→御臨終となったら、主訴が『胸が苦しい』では、さて言い訳が利くかどうか?
施設にもよるだろうが、救急外来にCTが設置されていない病院では、このような症例の失敗は繰り返されることでしょう
実をいうと胸部Xpの診断よりCT診断の方が楽なので、MDCTが救急外来に据えてあれば、怪しい人は頭から骨盤まで単純CTでScanしてから考えるという、これまでの診断・治療アルゴリズムとは異なったアプローチも可能になるでしょうね。
医療資源の無駄遣い?
効率と安全性は必ずしも両立しませんから、稀な症例に正しく対応するためには、残りの多くの症例で無駄打ちするしかありません
by Med_Law (2007-09-15 12:02)
私の施設の人たちはSAHに限らず脳卒中時のST変化をcerebral T waveと呼んでいます。結局カテーテル等で証明しない限りはなんとも家なのだろうと思いますが。たこつぼ心筋症はapical ballooningとかTakotsuboとかいわれてこっちでも結構意識されています。SAHに限らず内視鏡中に起きてみたり気胸と合併してみたり中毒に合併してみたり結構惑わせてくれますね。
by しへい (2007-09-15 12:42)
>欧州まん先生
>いや・・実はうまいことA弁が裂けてもタンポナーデなしの症例ってそこそこありますよ。
これは私は経験ありませんでした。勉強になります。ありがとうございました。
by 僻地外科医 (2007-09-15 18:02)
>しへい様
今度私のブログで紹介させていただいて宜しいでしょうか。
ご紹介ありがたいお話です。こちらこそ、お願いします。
by 元なんちゃって救急医 (2007-09-15 18:27)
>Med_Law 様
医療資源の無駄遣い?
効率と安全性は必ずしも両立しませんから
そうなんですよ。これなんです。
If リスク ⇒ 0, コスト ⇒ ∞
が大前提であり、医療も、どこかでリスクの線引きをしないといけません。
医師たたきの論調は、この線引きを許してくれません。
だから、自己防衛が必然とならざるを得ないんですよね。
by 元なんちゃって救急医 (2007-09-15 18:33)