合併症を算数する(続編) [医療記事]
さて、前エントリーの続きです。 前エントリーをまだご覧になっていない方は、こちらからどうぞ →合併症を算数する
合併症の発生する確率をpとする。 ただしp<0.05
検査の試行回数をNとする。
このとき、すくなくとも一回は合併症が発生する確率をf(N)とする。
すると f(N) =1-(1-p)^N となる。
ここで、p → 0 のとき (1-p)^(-1/p) → e なる極限の関係を上式に利用することを考えるべく、式変形を行えば、次のようにできる。
f(N) = 1-{(1-p)^(-1/p)}^(-pN)
≒ 1- e^(-pN) ・・・・・・・・・・・・①
実は、この式変形プロセスは、二項分布をポアソン分布に近似する計算作業と同一でした。 自分で式をいじっているうちに気が付きました。 (参考URL)
まあ、それはそれとして、①式からは、おもしろいことがわかります。
試行回数を確率の逆数(=1/p)だけ、おこなうと、 ①式より、その確率は常に一定で、その値は、1-1/e=0.632 となります。
よって、 確率1/100のものを100回行った場合、 確率1/500のものを500回おこなった場合、確率1/1000のものを1000回行った場合、確率1/10000のものを10000回行った場合、いずれの場合においても、合併症に遭遇する確率は63%ということになります。
公式化できます。
合併症を発症する確率がpである検査を、1/p回行った場合、
63%の確率で、少なくとも一回は合併症に遭遇する。
では、次に、ほぼ100%合併症に当たってしまう確率を考えます。 ここでは、99%で計算します。
①より、 99/100=1-e^(-pN) ⇔ e^(-pN)=10^(-2) ⇔ Ln (e^(-pN)) =Ln ( 10^(-2)) ⇔ -pN = -2Ln 10 ⇔ N = 2Ln 10 / p = 4.6/p ≒5/p
よって、 確率1/100のものを500回行った場合、 確率1/500のものを2500回おこなった場合、確率1/1000のものを5000回行った場合、確率1/10000のものを50000回行った場合、いずれの場合においても、合併症に遭遇する確率は99%ということになります。 (※より厳密に計算しておけば99.3%)
これも公式化できます。
合併症を発症する確率がpである検査を、5/p回行った場合、
99%の確率で、少なくとも一回は合併症に遭遇する。
以上の公式より、前エントリーの問題の解答は簡単ですね。
当院の循環器科では、冠動脈造影検査(心臓カテーテル検査)を施行するにあたり、脳血管障害など重篤な合併症が生じる確率は、1/1000(=0.1%)と説明して患者の同意を得ている。さて、当循環器科で、1000例の検査を施行したとき、重篤な合併症が少なくとも一件は生じる確率は何%であろうか? また、いったいこの施設で何例くらいを施行した場合に、少なくとも一件は合併症が生じる確率が99%にまで到達するであろうか
解答 1000例の検査で、63% 、 4600回(≒5000回)の検査で99% (moto先生が正解を出してくださいました)
これを使えば、日ごろ行っている検査の合併症が、医療者側にとってどれくらいの確率で降りかかってくるかを身をもって知ることが出来ますね。
例えば、 (当院の同意書を一部参考)
・大腸ポリープ切除術での大きな合併症 0.15% ⇒ 667例で63%、3333例で99%
・内視鏡(上、下)検査での大きな合併症 0.018% ⇒ 5555例で63%、27777例で99%
・気管支鏡検査で処置を要するような出血 0.3% ⇒ 333例で63%、1667例で99%
・気管支鏡検査で死亡する 0.01% ⇒ 10000例で63%、50000例で99%
・ERCPでの大きな合併症 0.1% ⇒ 1000例で63%、5000例で99%
・ERCPで死亡する 0.007% ⇒ 14285例で63%、71428例で99%
・造影剤の重い副作用 0.1% ⇒ 1000例で63%、5000例で99%
・造影剤で死亡する 0.001% ⇒ 10万例で63%、50万例で99%
・H19サマージャンボ1等(2億円) 0.00001% ⇒ 1000万回で63%、5000万回で99%
いかがでしたでしょうか? 一回あたりの確率が低くても、繰り返して行えば、これだけ確率が増えてくる感覚をわかっていただけでしょうか?
では、最後は、自分のお好きな数字を入れてみてください。
・訴えられる確率 X% ⇒ 100/X 人の診察で63%、500/X人の診察で99%
先生の考え方は、職業被爆や職業軍人のリスク管理には応用済み
非常に小さいリスクでも管理しようとしてますね
我々も、自分の身を守ることを真剣に考える時期です。ハイ
by Med_Law (2007-08-24 22:01)
指導医「医者は、10万回の診察に1回の割合いで患者に訴えられる。これを地雷という。」
研修医「先生はこれまでに何回診察して何回訴えられたんですか?」
指導医「医者になって15年、週2回の外来で50人くらい診るから、年間5200人、7万8千回の診察だ。まだ訴えられていない。」
研修医「それじゃ、そろそろヤバいんじゃないですか?」
指導医「そうだな・・そろそろ身を引くか。あとはよろしく」
研修医「任せてください。ぼくは、今年医者になったばかりですから、まだ一人で診察したのは、10回くらいしかありません。確率からかんがえて、10万回に1回の地雷を踏むなんてことは、まずありえないでしょう。」
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いや、ブラックジョーク?です(^^;。地雷を踏む確率は指導医でも研修医でも変わらず10万回に1回。むしろ、経験少ない分、研修医のほうが高いでしょう。
しかし、経験増えるほど地雷が怖くなってくるってのはありますでしょうね。見えてくるからかな?
by moto (2007-08-24 22:45)
当方では、患者さんにお話いたします時「……というわけで、死亡する可能性がX分の1ほどある検査です。とは言っても、実際に○○さんがX人いらっしゃるわけではありませんから、生じたら1分の1ということになりますが(にっこり)」とさせていただいておりました。
医療従事者サイドで考えれば逆に…、ということですね。汗が…
有害事象が1)薬物アレルギーによるショック、2)輸血を要する大出血、3)腎不全、4)感染症、5)麻痺、6)急性心筋梗塞、7)緊急手術
などとした場合、各々の確率・事象の独立性などでまた確率があがってきそうですね。
by 匿名希望 (2007-08-25 01:30)
>Med_Law 様
職業軍人にどういう応用がされてるのでしょうか?戦死する確率かな?
>moto様
指導医「そうだな・・そろそろ身を引くか。あとはよろしく」
私の気持ちが代弁されてますよ、先生・・・・
>匿名希望様
>医療従事者サイドで考えれば逆に…、ということですね。汗が…
これが私が今回のエントリーで最も伝えたかったことです。
by 元なんちゃって救急医 (2007-08-26 19:03)