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肺塞栓症という地雷 [救急医療]

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肺塞栓症という病気がある。静脈系にできた血栓が、大静脈→右心房→右心室→肺動脈 という血液の流れに添って、肺動脈で目詰まりを起こし、循環動態や呼吸状態に異常をきたす病気である。目詰まりの時間的、量的程度の差異により、症状は様々だ。無症状から突然死まで幅広い。私は、この疾患を時間外診療における地雷疾患としては「大関級の地雷疾患」と勝手に位置づけている。ちなみに、私にとっての地雷疾患の西と東の横綱は、クモ膜下出血と、大動脈緊急だ。これらについては、すでに当ブログの中で(警告出血脳梗塞というふれこみ)一度触れてある。ただ、肺塞栓症は、時間外来だけでなく、入院中の患者や、手術前後、検査前後に応じて発症するリスクもあり、入院病棟を預かる医療者にとっても地雷的なのだ。

この疾患の難しいところは、胸痛→心筋梗塞、頭痛→クモ膜下出血などの症状と疾患を直接的かつ代表的に結び付けられる症状がないのだ。つまり、(Aという症状)→肺塞栓なる代表的なAがないのだ。しいていえば、A=呼吸困難あたりかもしれないが、肺塞栓症を攻めるにあたっては、症状のみからでは、ほんと当てにならない。ちなみに、肺塞栓症の人たちの初期症状を列挙してみると、呼吸困難、胸痛、意識消失、心肺停止、低酸素血症、発熱、動悸、下腿の腫れ・・・・などなどである。う~ん、困ったものだ。

しかし、肺塞栓症の最悪の結果は、突然死である。よって、結果悪けりゃなんでも訴訟の風潮が強い昨今に当たっては、当然、肺塞栓症がらみの訴訟も多い。一例として、昨年ある地方紙に出た新聞記事をあげておく。

次に、自験例を示す。

45歳 女性  CPA心拍再開後

うつ病で加療中。やや肥満体系。ここ2~3日、調子悪く臥床状態であった。母親が心肺停止状態の患者を発見。119要請。救急隊が現場でCPA(心肺停止状態)を確認し、BLS(一次救命処置)開始したところ、心拍は再開。「薬物中毒」との第一報を入れ、当院搬入となった。

私は、現場のマネージメントをレジデントたちに任せ、母親から直接話を聞きはじめた。
母親
突然、ドスンという音がしたんです。そしたら、娘がトイレのドアの前で倒れていたんです」

「今日一日の娘さんの様子はどうだったんですか?」
母親
ずーと、寝ていました。うつ病の調子がわるいんです・・・」

これだけ聞いて、私は、「薬物中毒」の決め付けはまずいと思った。そして問診をいったん中断し、レジデントに指示を下した。
心エコーをすぐに用意しろ!」

ビンゴだった。すごい右心負荷だ(図)。安静臥床+肥満+突然発症+心肺停止+右心負荷という複合的な状況をもって、私は、肺塞栓症を確信したのである。決して、一所見のみで確信したというわけではない

循環器内科医にコンサルトして、経皮的補助人工心肺装置(PCPS)を装着の上、緊急肺血管造影検査が行われ、肺血栓塞栓症が確定した。直ちに、血栓溶解などの治療が施され、患者は一命をとりとめたものの、神経学的な後遺症は残り、後日、リハビリのため転院となった。


訴訟事例と自検例の検査における共通項は、何かといえば、「心エコー」検査である
循環動態が破綻するような重症の肺塞栓症は、右心系にものすごい負荷がかかっているので、その状態は、比較的容易に「心エコー」でつかめることができるのだ。

訴訟事例(医師敗訴)を追記します。読んでてつらくなりました。これも心エコーがキーになっています。(なお、訴訟事例に関するコメントはブログ公表を差し控えさせていただきます。)

肺塞栓 訴訟事例


医師として、
肺塞栓症から救える命を救ってあげることができるために、
結果論で肺塞栓を見逃したと訴えられないために、

教訓 
重症肺塞栓による地雷を踏まないためには、心エコーをうまく利用せよ

コメント一覧
こんにちは。
昨日こちらを発見しまして、たいへん勉強になる良いサイトだと感銘いたしております。
毎日お忙しいことと思いますが、このような救急症例のわかりやすいプレゼンテーションは、私のような、前線を離れた一開業医には、実にありがたいです。ぜひこれからも、続けてください。注目しております。
はるか昔になりますが、同僚(上司)の診ていたSLEの患者が易疲労感を訴え、聴診で明らかな2音の持続性分裂を認めて肺高血圧症を疑い、循内の先生に心エコーで確認してもらったことがあります。このケース、聴診所見はいかがだったでしょうか?
肺塞栓症は、脂肪吸引や下肢静脈硬化療法後にも、ときに起きるようですので、心エコー持たない身としては、関心があり、質問させていただきました。(自分、元皮膚科医で、現在美容外科です)
written by moto / 2007.04.07 14:06
moto様

コメントありがとうございます。聴診所見ですが、あいにく記憶にはございません。心電図は洞性頻拍でしたので、おそらく診断に有用な特徴的な聴診所見はなかったのではないかと思います。

written by なんちゃって救急医 / 2007.04.07 15:13
>なんちゃって救急医様
 心エコーは肺塞栓の診断手技として「悪くはない」ものですが静脈外科専門家としては補助的診断の一つと考えています。

 肺塞栓の恐ろしいところは心エコーでディテクト出来ない軽度の肺塞栓が二次血栓形成により一気に死に至るケースが希ではないことです。心エコーでディテクト出来ないケースではやはりFDPがもっとも有用です(当然今回のケースではやってらしたと思いますが)。なお、聴診所見ではほぼディテクトは不可能です。

>moto様
 静脈外科の専門家を自認している身としては下肢静脈瘤の(薬剤)硬化療法はお薦めできません。私は下肢静脈瘤手術を日本でもっとも数多くやっている施設に勤務しておりましたが、そちらの検討で硬化療法の再発率は3年50%と言うとてつもない数字が出ております。reticular typeのみであるとか、残存した微小なreticular type or regmental typeに硬化療法をやるのは良いと思いますが、saphenous typeに硬化療法をやるのはお薦めできません。現在レーザー硬化療法もありますが、これは長期成績がまだ出ておりません(保険適応もありませんし)

 なお、下肢鬱滞性潰瘍が存在する場合にはsaphenous vein(major or minor)の逆流だけではなく、交通枝不全も存在するケースが多数有りますのでご注意下さい。
written by 僻地外科医 / 2007.04.09 22:26
僻地外科医様

専門家としてのアドバイス感謝いたします。
なるほどFDPですか。私の施設では、DDを多用しております。これは、感度が高く特異度はそうでもないので、DD高値の場合には、心エコーで問題がなかろうとも造影CTまでして診断を攻めにいっております。DDが低値を確認できた場合は、除外可能となる(∵感度高い)ので、「よかった~、仕事が増えなくて~」なんていいながら、PTEを鑑別リストの末席に回すようにしています。
written by なんちゃって救急医 / 2007.04.09 22:33
>なんちゃって救急医様

 以前モトケンブログでlevel3先生からご指摘があったのですが、D-dimerはDIC以外での保険適応はないそうです。当院ではもともとFDPでしたのでさして気を留めていなかったのですが・・・。ご注意いただいた方がよろしいかと。FDPも感度は非常に高く特異度の低い検査という意味ではD-dimerと変わりません。
written by 僻地外科医 / 2007.04.10 09:03
僻地外科医様

ご指摘ありがとうございました。今後の参考とさせていただきます。
written by なんちゃって救急医 / 2007.04.10 15:17
皆様ごくろうさまです。非常に役に立つ議論ありがとうございます。地雷は除去不可能なくらいちらばめられていますね。適切な回避方法を勉強させていただきます。
written by doctor-d / 2007.04.11 11:59
doctor-d様

コメントありがとうございます。そういっていただけるとまたがんばろうという気になります。

written by なんちゃって救急医 / 2007.04.11 16:22

 

 

 


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コメント 3

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ぱっくん

はじめまして、突然しつれいします。
ちょっとお聞きしたいことがあり、コメントさせていただきます。
先日、知人が突然死してしまいました。
朝、いつも通りに朝食の準備をしていて突然「苦しい、息ができない」と言ってたおれこみ、救急車で搬送されましたが病院に着いた時にはすでに心肺停止状態だったそうです。
救命処置及ばず他界してしまいました。
亡くなる前日まで仕事もいつも通りこなし(事務職です)、お孫さんの七五三のお参りにも行き・・・
病院の先生の説明では「肺梗塞」とのことでしたが、普通に日常生活をしていて肺に塞栓が急に発生するものでしょうか?
高血圧の持病があったので、カルブロックとメインテートを服用していたそうです。
10月に健康診断を受けた時には特に注意する項目もなかったらしいのですが・・・
「エコノミー症候群」みたいな状態だったのかも、とも思いましたがいくら事務職といっても全く動かないで一日中座ってるわけじゃないですし・・・
素人の質問でわかりづらいとおもいますが、ご回答くだされば幸いです。
by ぱっくん (2009-11-08 15:55) 

僻地外科医

>病院の先生の説明では「肺梗塞」とのことでしたが、普通に日常生活をしていて肺に塞栓が急に発生するものでしょうか?

 普通の日常生活をしていても肺梗塞を突然発症することはあり得ます。特に下肢静脈瘤を持っているような患者さんではリスクが高く、必ずしもエコノミークラス症候群のように同じ姿勢でずっと・・・と言うことが無くても起きえます。特に起床直後は脱水傾向となりますので血栓形成のリスクは高く、症状的にも肺梗塞(肺動脈血栓症で肺が壊死したもの)で矛盾無いと思います。
by 僻地外科医 (2009-12-06 18:13) 

ぱっくん

僻地外科医様、ご回答ありがとうございます。
下肢静脈瘤は持っていたと思います。
ただ家族や同僚からすると「何の前触れもなく」というのが
正直なきもちで、看取ってくださったドクターの説明をきいても納得しかねているのが現状です。
変な言い方ですが、死因が「心筋梗塞」と言われていたら皆納得していたとおもいます。
「肺梗塞」という病名があることさえしらなかったのですから。
しかし納得如何にかかわらず、そういういわゆる「突然死」の可能性は
だれにでもあるものなんですね。
ご回答、ほんとうにありがとうございました。
by ぱっくん (2009-12-12 00:07) 

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